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第二十五話:諜報活動

 アイリスが幽閉されている辺境の小城砦。それは王都の兵士たちの間で、通称『忘却の城』と呼ばれていた。


 王都で問題を起こした兵士が左遷させられる場所。出世コースから完全に外れ、世間から忘れ去られた者たちの行き着く先、出世の墓場。それがこの城に対する共通認識だった。


 だが、真実はまったく異なる。

 そこに配属されているのは、王国の腐敗や不正を防ごうとして逆に濡れ衣を着せられた正義感の強い者や、上官の不正に真っ向から抗議して疎まれた者。そして、剣の腕は一流でありながら、地方出身の田舎者であったり、魔力が低いというだけの理由で不遇な扱いを受けてきた者たちばかりだったのだ。


 彼らは皆、王国の実力者である宰相マクシミリアンが密かに救済し、「機が熟せば必ず王都へ呼び戻す」と約束して、辺境の地での再出発を手配した『燻る精鋭たち』であった。


 マクシミリアンは現国王ヴィルヘルムに対し、「追放された王女には、素行不良の出来損ないの護衛がお似合いでしょう」と表向きには進言し、王の目を欺きながらこの城に有能な人材をプールしていたのである。


◆◆◆


「……話が、まったく違うではないか」

 塔から少し離れた森の木の上。周囲の風景に完全に溶け込む隠密魔法を展開しながら、王都から派遣された暗殺部隊の諜報員は、単眼鏡越しに城の訓練場を見下ろし、舌打ちを漏らした。


 先日、この城へ向かった六人の精鋭が消息を絶った。その内情を調査すべく潜入した彼が目にしたのは、聞いていたような「腐敗にまみれ、やる気のない左遷兵の吹き溜まり」などではなかった。


 眼下の訓練場にいる護衛たちは、息の合った統率を見せ、誰もが精悍な顔つきで汗を流す『秘蔵の精鋭部隊』そのものだったのだ。

 だが、諜報員をさらに驚愕させたのは、その精鋭たちを率いている存在だった。


「なんだ、あの少年は……」

 彼らを率い、あろうことか訓練の指揮を執っていたのは、まだ10歳にも満たないであろう小さな少年だったのだ。


 屈強な護衛たちは、自分よりも遥かに年下の子供に対して不満を漏らすどころか、彼を「師」と仰ぐかのように真剣な眼差しを向け、積極的に教えを乞うている。


 さらに視線を移せば、数人いる魔法使いの兵士たちが、一組の男女の指導を受けている姿も確認できた。あの紳士と柔和な女性……。遠目からでも確認できる圧倒的な魔力。しかしあのレベルの魔力の持ち主は、国内でも数えるほどしか居ないはず……。


(消えた六人は、あの夫婦にやられたのか?だとしても、あの少年は……)


 諜報員がいぶかしんでいると、訓練場の中央で、少年と護衛たちによる立ち合いが始まった。

 驚くべきことに、その条件は『護衛三人 対 少年一人』だった。


(馬鹿な。いくら手練れの大人でも、三人を同時に相手取ることなど……)


 諜報員の思考は、直後に起きた光景によって呆気なく打ち砕かれた。

 護衛の三人は決して弱くはない。むしろ、三人とも自身の体に『肉体強化』の魔法をかけ、大人げないほどの全力で少年に斬りかかっていた。


 だが、少年はまるで後ろに目でもついているかのように、死角からの鋭い切り込みを最小限の首の傾げと足捌きだけでいなしていく。

 そして、三人の攻撃が交差したほんのわずかな隙を突き、少年が木剣を一閃させた。


 ドゴォッ!!


 重い衝撃音とともに、分厚い鎧を着込んだ三人の大人が、まるで木の葉のように一斉に後方へと吹き飛ばされ、地面を転がった。


「な……ッ!?」

 諜報員は単眼鏡を落としそうになりながら、息を呑んだ。

 あの少年からは、肉体強化の魔法の『揺らぎ』が一切感じられなかった。つまり、あの規格外のスピードとパワーは、魔法による補助を一切受けていない『純粋な生身の力』によるものだということだ。

 人間業ではない。あれは、人の形をした化け物だ。


(この情報を、一刻も早く持ち帰らねば……!)

 手元の石版に詳細なメモを走らせていた、その瞬間だった。


 ――ゾクッ。

 諜報員の全身の毛穴が開き、心臓が凍りつくような悪寒が走った。


 ふいに、訓練場の中央にいた少年が、くるりとこちらへ振り向いたのだ。

 距離にして数百メートル。強固な隠密魔法を展開しているにもかかわらず、少年の澄んだ瞳は、木の上に潜む諜報員の存在を「完全に」捉え、じっと見据えていた。


(見つかった……!?)


 一切の殺気はない。ただ見つめられているだけ。

 それなのに、諜報員は自分の喉元に冷たい刃を突きつけられているかのような、強烈な威圧感と死の恐怖を感じた。


「ヒッ……!!」

 情けない悲鳴を漏らし、諜報員は転げ落ちるように木から飛び降りた。

 振り返ることすらできず、ただひたすらに、あの化け物のような少年の視界から逃れるべく、王都へ向けて森の中を全力で逃走するのだった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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