第二十四話:崩壊の始まり
かつて王城で「最強」と謳われた天才魔導士夫婦――セオドアとソフィア。
彼らが息子ルークを庇い、王都から追放されてから、ちょうど一年の歳月が流れていた。
二人がいなくなった王都では今、民衆の不満が静かに、しかし確実に限界へと近づきつつあった。
グランヴェルザ王国は、優れた魔導具の開発・生産が盛んな国であり、諸外国への輸出品の大半を高度な魔導具が占めていた。
だが、その根幹技術のほとんどは、類まれなる魔法の才と知識を持つセオドアとソフィアの二人に依存していたのだ。
優秀な魔導具職人であり、研究開発のトップでもあった二人が抜けた穴は、残された者たちでは到底埋めきれるものではなかった。生産効率は落ち、新製品の開発は完全にストップ。品質の低下によって諸外国からの契約打ち切りが相次ぎ、『魔導具大国』という王国の評価はすでに過去のものとして消え去ろうとしていた。
さらに深刻なのは軍部である。
王都を守護する大規模な防御結界の術式もまた、セオドアの能力が強く関わっていた。彼という要を失った結界は徐々に魔力効率が低下しており、国の防衛を担う軍の上層部は、日々強まる結界の綻びに焦りを募らせていた。
国の根幹を支えていた二人が抜ければ、当然迎えるべき結末。
だが、すべてを見下す現国王ヴィルヘルムには、それが到底理解できていなかった。
「……セオドアとソフィアがいなくなったことで、国の経済が成り立たなくなりつつある、だと?」
豪奢な玉座の間。
報告に上がった文官を、ヴィルヘルム王は忌々しげに睨み下ろした。
「左様にございます。このままでは、我が国の魔導具産業はあと数年で完全に崩壊し、他国に後れを取ることになります。どうか、早急な対策を……」
「ええい、黙れ! たかが二人! たった二人の人間がいなくなったからといって、大国である我が国がどうこうなるわけがなかろう!」
激昂した王の怒声に、文官はビクリと肩を震わせて平伏した。
自らの手で追放を命じた手前、ヴィルヘルムは「彼らが必要不可欠であった」という事実を認めるわけにはいかないのだ。
「ならば、セオドアとソフィアを即刻連れ戻せ! 無能な息子はともかく、あの二人は我が国の財産だ。監視の者をつけていたのだろう!?」
「そ、それが……王都を出てすぐ、彼ら自身の開発した魔力隠蔽の魔導具によって姿をくらまされてしまい、現在も行方が掴めておらず……」
「己ッ、忌々しい……!」
ヴィルヘルムは苛立ちに任せて、玉座の肘掛けを強く叩いた。
「ともかく何とかしろ! 有能な魔導具職人をかき集めてこい! あの二人については、引き続き捜索を続けろ。地の果てまで探してでも王都へ引きずり戻すのだ!」
「は、ははっ!」
逃げるように玉座の間を退出していく文官と入れ替わるように、一人の男が深い影の中から音もなく姿を現した。
全身を黒装束で包んだ、王の抱える暗殺部隊を束ねる『長』である。
「……何用だ。アイリスの始末は終わったのか」
不機嫌極まりない声で問うヴィルヘルムに対し、長はギリッと奥歯を噛み締めて深く頭を下げた。
「……申し訳ございません、陛下。辺境の塔へ向かった六名の精鋭部隊からの通信が途絶えました。城に潜伏させていた内通者も捕らえられたとの報告が入っております」
「なんだと?」
ヴィルヘルムの目が、スッと細められた。
「余の直属である暗殺部隊が、あんな田舎の小城ごときで後れを取ったというのか? 失敗したなどという戯言は聞きたくないぞ」
「面目次第もございません……。しかし、派遣したのは我らが部隊の中でも最高ランクの者たち。結界を抜け、寝所へ向かったところまでは確認できております。それが、まるで文字通り『最初から存在しなかった』かのように、痕跡ひとつ残さず消え失せたのです」
長の言葉に、玉座の間の空気が一段と冷たくなった。
もはや年齢すら忘れた幽閉された小娘一人。少数の護衛しかいないはずの塔で、一体何が起きているというのか。
「……いったい、あの城には『誰』がいるというのだ」
ヴィルヘルムが忌々しげに呟くと、長は深々と頭を下げたまま、その瞳に暗い殺意を燃やした。
「今すぐ、あの城の内情を徹底的に調査させます。我が精鋭たちを消し去った者が何者であろうと……必ず、相応の償いをさせてやります」
王都の焦燥と、辺境の塔を取り巻く新たな不穏な影。
ルークたちが平穏な日常を過ごしているその裏で、悪意の渦は確実に彼らへと迫ろうとしていた。
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