第二十三話:ファンサービス
「はぁ……ソフィア様、今度はいついらしてくださるのかしら……」
冷たい塔の最上階。私は窓辺に頬杖をつきながら、ひとりぼっちの部屋で小さくため息をついた。
昨日の今日で来てくださるわけがないとは分かっているけれど、一度知ってしまった「温かさ」を思うと、どうしようもなく待ち遠しくなってしまう。
そんな風に、ぽつねんと思いを馳せていた時のことだった。
『ウォォォォッ!!』
ふと、いつもは静まり返っているはずの城の訓練場の方から、地鳴りのような声が聞こえてきた。
(あら? 兵士たちの訓練かしら。ずいぶんと騒がしいけれど……)
何気なく『千里眼』の力を使い、遠く離れた訓練場へと視界を飛ばす。
そこにいたのは、非番のはずの兵士たちを含めた20人ほどの護衛隊。そして、優雅なコート姿のセオドア様と、ソフィア様。
さらにその中心には、見間違えようもない、あの少年の姿があった。
「えっ……ま、ま、まさか!?」
私は思わず窓枠にガタッと身を乗り出した。
「ル、ルーク様!? なぜ彼がこんなところに!?」
何故お城の訓練場にっ?!
状況を把握しようと視界を凝らすと、そこには異様な光景が広がっていた。
訓練場の中央で、木剣を持ったルーク様と、熊のように巨大な男――城の護衛隊の副隊長が対峙している。
どうやら決闘……ではなく、剣術の稽古が行われるらしい。
その後ろでは、なぜかソフィア様が杖を振り上げようとしていて、それをセオドア様が必死に羽交い締めにして止めている姿が見えた。
(ソフィア様、お怒りのようだけど……いったい何が?)
私は『千里眼』の視点を、ルーク様と対峙する副隊長へと向けた。
『千里眼』が捉えるのは物理的な視界だけではない。意識を集中させれば、対象の表層心理――いわゆる『心の声』のようなものまで読み取ることができるのだ。
『……ケッ。どうせ親の魔法で強化されてただけの甘ったれた坊ちゃんだろ。一丁前に木剣なんか構えやがって。怪我しない程度に、ちょっと痛い目を見せてやらぁ』
副隊長から漏れ出てくるのは、明確な悪意とまではいかないものの、あからさまな侮りと見下すような感情だった。
(この大男……ルーク様の本当の実力も知らないで、なんて失礼なことを!)
私は憤慨しつつも、同時にワクワクもしていた。
ルーク様のあの神速の剣技を、こんな特等席(?)で見られるなんて!
「いけぇーっ! ルーク様ぁっ!」
窓から身を乗り出しすぎて、今にも真っ逆さまに落ちてしまいそうなほどのめり込みながら、私はガン見した。
試合が始まった。
副隊長が、その丸太のような腕で乱暴に木剣を振り回す。
しかし、ルーク様は焦る様子もなく、涼しい顔でそのすべてをひらり、ひらりと最小限の動きで避けていく。
『な、なんだこのガキ!? ちょこまかとォッ!』
(ふふん、遅い遅い! ルーク様のスピードに敵うわけがありませんわ!)
苛立った副隊長が、ルール無用の体当たりを仕掛けた瞬間――。
(あ、後ろでソフィア様がまた杖を構えようとして、セオドア様に押さえつけられてますわ!)
ルーク様は、その巨大な突進を片手でふわりといなし、副隊長をあっさりと地面に叩き伏せたのだ。
そして、無防備になった頭部へ向けて、最速の剣を振り下ろす!
ドゴォォォンッ!!!
ルーク様の木剣が寸止めされた直後、凄まじい衝撃波で副隊長の鉄の兜がパカーンと真っ二つに割れた。
「キャーーーーーーーッ!! かっこいいぃぃぃっ!!」
私は部屋の中で、ひとり両手を振り上げ、ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねて拍手喝采した。
なんて見事な剣捌き。なんて完璧な体術。
もう、誰も彼を「子供だ」なんて馬鹿にできないはずだ。
大歓声に包まれる訓練場。
私がひとしきり飛び跳ねて、ハァハァと息を切らしながら再び窓から下を覗き込んだ、その時。
「あ……」
不意に、訓練場の中央にいたルーク様が、ふいっと顔を上げた。
そして、一直線にこちら――塔の最上階の窓辺にいる私を、その真っ直ぐな瞳で見つめ返してきたのだ。
(えっ!? 距離はかなりあるのに、まさか……目、目が合ってる!?)
ルーク様は少し驚いたように目を丸くした後。
照れくさそうな年相応の、とびきり可愛らしい笑顔ではにかんで、私に向けて両手を大きくブンブンと振ってくれた。
「ッッッ!?」
シュゥゥゥッーー!!
私の頭の中で、何かが沸騰して爆発する音がした。
(わ、わ、わわっ!! わたしに!? 今の、私に向けて手を振ってくださったの!? なにそれ、なにそれ! さっきまでの無双ぶりからの、あの可愛い笑顔!? これが噂に聞く『ふぁんさ』というものなの!?)
「あわわ、あわわわっ……!」
私は顔を真っ赤にしてパニックになり、手を振り返すのも忘れて、窓際で一人わたわたと謎の舞いを踊り続けるのだった。




