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第二十話:朝練?!

 暗殺者たちが音も立てずに灰となって消え去り、内通者も捕らえられた。


 そんな恐ろしい出来事がすぐそばで起きていたことなど露知らず、私は朝まで一度も目を覚ますことなく熟睡していた。

 いつもなら、得体の知れない不安や周囲の悪意に怯えて、夜中に何度も目を覚ましてしまうのに……。


「んん……」

 小鳥たちの心地よいさえずりで目を覚まし、私はゆっくりとベッドから起き上がった。


 部屋の窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が流れ込んでくる。庭、そして眼下に広がる街並みを眺め、何事もない平穏な朝を確認するのが私の日課――ルーティンだ。


 ふと視線を落とすと、塔の庭にうっすらと白い粉のようなものがばら撒かれているのが見えた。


(あら? あんなところに白い粉……。庭師の方が、殺虫剤か何かを撒いたのかしら?)

 不思議に思って首を傾げていると、後ろから声がした。


「おはようございます、アイリス様。お早起きなのですね」


「あ……おはようございます、ソフィア様」

 振り返ると、眠たそうな目を擦りながらソフィア様が起き上がってくるところだった。

 彼女は固い床に敷いた寝袋から這い出し、少し痛そうに肩や腰をさすっている。


 昨夜、私は「どうか私のベッドを使ってください」と勧めたし、「せめて一緒に寝ましょう」と食い下がったのだが、ソフィア様は「王女様と同衾するわけにはいきませんから」と笑顔で固辞し、本当に冷たい床で寝てしまったのだ。


 その後、二人で温かいお茶を淹れ、ささやかな朝食をとることにした。


「そういえばアイリス様。昨夜のうちに、例の暗殺者たちと内通者は無事に『処理』されましたからね」


「えっ……?」

 パンにジャムを塗っていた手が止まる。


「終わった……のですか?」


「ええ。ですが、また別の暗殺者が差し向けられる可能性もありますから、夫の結界はこのまましばらく残しておくことになりました。どうぞ安心してお過ごしくださいね」

 ニコニコと微笑みながら、ソフィア様はとんでもない報告をサラリと告げた。


 朝食が終わると、私たちは並んで窓辺に立ち、外の景色を眺めながらおしゃべりを楽しんだ。

 ふと、私の視線は自然と――ルーク様のお家の方角へと向いていた。

『千里眼』の視界の先には、毎朝のルーティンである木剣の素振りをしているルーク様の姿があった。


(今日も朝から鍛錬……本当に立派だわ)

 そう思って見つめていたのだが、どうも様子がおかしい。


 ルーク様の少し離れた場所で、メイドが頭を抱えるようにして、あわあわとパニックになっているのだ。


(んんん……?)


 よく見れば、ルーク様の服も顔も、泥と汗でひどく汚れている。そういえば、昨日の夜も彼はあそこで素振りをしていたはずだ。

 そして何より――彼が踏みしめている地面の土が、尋常ではないほど丸く抉れてクレーターのようになっているではないか。


 昨日の夜見たときは、あんなへこみは無かったはず……。ま、まさか。


「ソ、ソフィア様……」


「はい? どうかされましたか?」


「ルーク様は……まさか、昨日の夜からずっと、一睡もせずに素振りを続けていらっしゃるわけではありませんよね……?」

 私の問いかけに、ソフィア様は「あらあら」と上品に笑った。


「ルークったら。あの子、本当にストイックに鍛錬をこなす方ですから、つい熱中して……えっ?」

 言葉の途中で、ソフィア様の表情がピシリと固まった。


「ま、まさか……あの子、昨夜からずっと外に……!?」


「め、メイドさんが、泣きそうな顔で止めているように見えます……」


「ア、アイリス様! 私、ちょっと家に戻って確認してまいります!!」

 大慌てで振り返ったソフィア様は、ロングスカートの裾を軽く摘み上げて、淑女としての完璧なカーテシーを高速でこなした。


「それではごきげんよう!」

 言葉を残すや否や、彼女は信じられないほどの速さで扉を開け、ドタバタと慌ただしく部屋を去っていった。


 パタン、と扉が閉まる。


 ぽつんと一人、静かな部屋に取り残されてしまった。


「…………」

 急に静まり返った空間に、無性に寂しさが込み上げてくる。

 でも、不思議と悲しくはなかった。

 私にとって、昨日の夜から今日の朝にかけては、生まれて初めて人の温もりを感じられた、最高に幸せな時間だったのだ。


「……不謹慎だけど、暗殺者には少しだけ感謝したいくらいね」

 クスリと、自虐的な笑みがこぼれた。その時だ。


『アイリス様ー!!』

 窓の下から、大きな声が聞こえた。

 見下ろすと、塔の入り口を飛び出していったソフィア様が、こちらを見上げて大きく手を振っていた。


『また定期的にお邪魔いたしますからねー! お寂しい時は、いつでも呼んでくださいねー!』

 その声は、塔の最上階にいる私にもしっかりと届いた。

 胸の奥が、ぎゅっと温かくなる。


「はいっ……!!」

 私は窓から身を乗り出すようにして、遠ざかっていく彼女の背中に向けて、満面の笑みで大きく手を振り返した。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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 毎日22時頃に更新予定ですが、お盆まで忙しくなりそうなので、不定期更新かもしれません。

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