第二話:辺境の町
※本日、21時30分にもう一話更新します。
王都にある広大な屋敷の門前。
見送りに集まった執事や侍女たちは、皆一様にポロポロと大粒の涙を流していた。
「旦那様、奥様……どうか、私共もお供させてくださいませ!」
「お願いです、ルーク坊ちゃまのお世話を、これからも私達に……っ」
すがりつく使用人たちに対し、セオドアは優しく、けれど諭すように首を横に振った。
「気持ちは嬉しいが、連れて行くことはできない。財産はすべて王家に没収され、残されたのはこの馬車と、一袋の金貨だけだ。とても君たち全員を養っていける状況ではないんだ」
「そんな……っ」
「でも心配はいらないよ。次にこの屋敷へ入る貴族には、君たちをそのまま雇い入れるよう頼んでいる。
大丈夫だよ、ここに居れば君たちが生活に困ることはない」
王家から理不尽な追放を受けたというのに、セオドアは自分たちのことよりも、残される使用人たちの行く末を一番に案じていた。
その優しさに、使用人たちの涙はさらに溢れ出す。
するとその中から、一人の若い侍女が一歩前へと進み出た。
「……私は、行きます。お給金など要りません。野宿でも構いません!」
「アンナ……」
彼女は、かつて身寄りがない孤児だったところをセオドアとソフィアに拾われ、侍女として育てられた少女だった。
「旦那様と奥様には、命を救っていただいた恩があります。それに、ルーク坊ちゃまのオムツを替えるのは、私の大事な役目ですから!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、彼女の瞳には強い決意が宿っていた。
その真っ直ぐな思いに、セオドアとソフィアは顔を見合わせ、やがて困ったように、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「……負けたよ。よろしく頼む、アンナ」
執事長をはじめとする他の使用人たちも、彼女と固い握手交わし、深く頭を下げた。
「アンナ、旦那様たちのことを頼んだぞ」
「任せてください!」
皆の温かい思いと願いを乗せて、一台の馬車が王都を出発した。
◇◇◇
馬車が王都から数キロほど離れた街道まで進んだ頃。
御者台に座るセオドアが、懐から小さな魔導具を取り出した。それに魔力を込めると、淡い光が馬車全体を包み込み、その姿がフッと風景に溶け込むように不可視となる。
山賊や追っ手、そして何より王都からの監視を完全に撒くための『存在隠匿の魔導具』だった。
「これでいい。……我々はもう二度と、あの王家には関わらない」
手綱を握るセオドアの横顔には、かつてないほど険しい拒絶の意志が浮かんでいた。
妻と子を平気で切り捨てるような国に、もはや未練など一欠片もない。
だが、その張り詰めた空気を、小さな笑い声が溶かした。
「あうー、あーっ!」
ソフィアの腕の中に抱かれたルークが、険しい顔をする父親を見つめ、無邪気にニコニコと笑いかけていたのだ。
その屈託のない笑顔を見た瞬間、セオドアの顔から険しさが抜け落ち、父親としての優しい顔に戻る。
「……あぁ、そうだな。お前がいれば、それだけで十分だ」
セオドアは馬車を進める。向かう先は、二人にとって思い出の地である、とある辺境の町だった。
◇◇◇
数日後、馬車は目的の町へと辿り着いた。
ルークはソフィアの腕の中から、興味津々に外の景色を眺めていた。
(なんだか、すごくのどかな町だな。……ん?)
ふと、町の隅の方に、高い壁に囲まれた大きなお城のような建物があるのが見えた。
特に目を引くのは、その一角に高く聳え立つ一本の塔だ。周囲の穏やかな町並みとは少し異質な、どこか冷たい雰囲気を放っているようにルークは感じた。
「旦那様、私たちはこれからどうやって生活を……?」
不安そうに尋ねるアンナに対し、セオドアは自分の指にはめられた指輪を見せた。ソフィアの指にも、同じものが光っている。
「まずは、身分を偽る。この指輪は私の特製の魔導具でね。これをはめている間は、たとえ旧知の友人に会ったとしても『以前どこかでお会いしましたか?』と、他人に認識されるようになっているんだ」
「えっ!? そんな凄い魔導具があるんですか!?」
「あぁ。もちろん、この指輪をはめてから出会った人たちとは、普通に親交を深めることができる。ここからは、ただの『セオドア』と『ソフィア』として生きていくのさ」
身元を隠す完璧な準備を整え、馬車は町の外れにある古ぼけた小さな小屋の前に到着した。
隙間風が吹き込みそうなそのボロ小屋を見て、アンナはポカンと口を開ける。
「だ、旦那様……いくらなんでも、ここで暮らすのは坊ちゃまのお体に障るかと……」
「ははは、大丈夫よアンナ。よく見ていて」
ソフィアがくすくすと笑いながら指を鳴らすと、ボロ小屋を覆っていた『隠匿の魔法』がシュルリと解除された。
すると、先ほどのボロ小屋が嘘のように消え去り、そこには木造りのしっかりとした、暖かみのある診療所風の建物が姿を現したのだ。
「ここは昔、私とソフィアでこっそり作った秘密の研究所でね。いつか貴族を引退したら、ここで薬士として静かに暮らすのが……私たちの昔からの夢だったんだ」
「ええ。少し予定より早くなっちゃったけどね」
セオドアとソフィアは、顔を見合わせて幸せそうに笑い合った。
「そういうことでしたら、お任せください! 坊ちゃまがハイハイしても大丈夫なように、隅から隅までピカピカに磨き上げますから!」
アンナは腕まくりをして、やる気満々で建物の中へと飛び込んでいった。
「よし、それじゃあ私は、町へ挨拶回りにでも行ってこようかな」
眩しい太陽の光が、新しい家を優しく照らしている。
暖かい両親の胸の中で、僕は小さな拳を握りしめた。




