第一話:ルーク
※本日、19時30分にもう一話更新します。
痛みはない。
お父さんとお母さんは涙を流しているけれど、必死に笑顔を作って僕の事を見つめている。
口を動かして何かを話してくれているけれど、何故か僕の耳には何も聞こえてこない。
なんて言っているの?
何故、そんなに泣いているの?
なんだか、すごく眠くなってきたな……。
少し寝て、目が覚めたら、また外で遊べるかな……。
そうして、僕は十歳で死んだ。
◇◇◇
小学校三年生になったと同時くらいに、僕は両親から「病気になったから入院しないといけない」と言われた。
「すぐに良くなるよ」と慰められたけれど、月日はあっという間に過ぎ去り、気がつけば一年以上も病院のベッドの上にいた。
病院には僕と同じような子供たちがたくさんいて、すぐに友達になれた。
でも、突然いなくなる友達、突然病室が変わってしまった友達……再び再会できる友達は一人もいなかった。
病棟ですれ違う人たちは皆顔色が悪く、親たちは悲壮な顔をした人ばかりだった。
そんな中、僕の親だけは毎日欠かさず顔を出してくれ、常に笑顔で接してくれていた。
しかしある時、僕はお母さんが病院の廊下の角で、静かに涙をこぼしている姿を見てしまったのだ。
『ハルト、ごめんね……。元気な体で産んであげられなくて、本当にごめんね……っ』
自分を責めるように、そこに僕はいないのに、何度も何度も謝っていた。
何故泣いているのか、幼い僕にははっきりとは分からなかった。だけど、そのことをお母さんに聞くことは出来なかった。絶対に触れてはいけないことだと、子供ながらに感じてしまったからだ。
また一人、病室の友達がいなくなった。
僕はいつ、お家に帰ることができるんだろう……。
そんな叶わぬ願いを抱いたまま、僕の意識は永遠の眠りについた。
◇◇◇
次に目を覚ますと、僕は目映い光に包まれていた。
どこかへ向かってフワフワと進んでいる感覚がある。とても暖かく、優しい何かに包まれているようだ。
急に視界が真っ暗になり、長いトンネルをくぐるような感覚を抜けてゆっくりと目を開けると――そこには、青い瞳をした見知らぬ男の人と女の大人がいた。
二人は、とても嬉しそうな笑顔で僕のことを見つめている。
体を動かそうとしたが、何故かピクリとも動かない。喋ろうとしても言葉にならない。
頑張って目だけを動かして周囲を見回し、お父さんとお母さんを探した。しかし、視界に映し出された光景は、見慣れた白い病室ではなく、まるで絵本の中で見たようなピカピカで豪華なお部屋だった。
そこには、僕の大好きだったお父さんとお母さんが居ないことを察した。
そして何故か直感的に、「もう二度と会えないのだ」ということを理解してしまったのだ。
今までも、病室で泣きたいときは何度もあった。でも、親が悲しむから、いつもこっそりと声を出さずに泣いていた。
でも、もうあの優しい両親はいない。もう会えない……。
そう思った瞬間、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
「オギャアアア! オギャアアアアッ!」
溢れる涙と、自分の口から出た大きな泣き声を止めることは出来なかった。
青い瞳の男の人と女の人は僕が突然泣き出したことにびっくりしていたが、すぐに優しい笑顔に戻り、僕のことをぎゅっと抱きしめてくれた。
落ち着かせようと背中をトントンと叩いてくれる。
何故か分からないけれど、この二人に抱かれていると心がじんわりと温かくなり、とても落ち着いた。
それと同時に、前世のお父さんとお母さんに、何故か少しだけ申し訳なさも感じていた。
◇◇◇
数日が経つと、僕は今の状況をはっきりと理解できるようになっていた。
今の僕の体は、とても小さい。どうやら赤ちゃんの体らしい。
手は小さくて、足も短い。入院する前は外で元気に飛び跳ねていたけれど、今の僕には首を動かすことすら一苦労だ。上手く体を動かせない。
でも、だんだんと男の人と女の人が話す言葉が理解できるようになってきて、この二人が僕の新しい「パパ」と「ママ」だと言うことを理解した。
これはきっと、アニメや小説で見た『異世界転生』というやつなのだろう。そう自分を納得させるしかなかった。
新しいパパとママは、僕のことをとても、とても大切にしてくれた。
どうやら二人はこの世界で偉い貴族らしく、ひらひらのエプロンをした人が僕の世話をしようとやってくる。
しかし、すぐにママが飛んできて、エプロンの人から僕の世話を引き継いでしまうのだ。乳母らしきエプロンの人は、仕事を取られてとても困った顔をしていた。
パパは毎晩、僕にお話をしてくれた。
冒険もののお話や、不思議な生き物の話。僕は毎晩、パパの優しい声でその話を聞くのが一番の楽しみになっていた。
ある日のこと。僕はパパとママに連れられ、とても立派な馬車に乗って、巨大で立派なお城へと向かった。
お城の奥の豪華な部屋には、立派なお髭を蓄え、冠を被ったおじさんが玉座に座っていた。
(うわぁ、これが王様かー!)と、僕は心の中で感動していた。
王様とパパは何やら喋っている。
けれど、いつものパパのお話とは違い難しそうな言葉ばかりで、今の僕には何を言っているのか全く理解できなかった。
すると、王様の横に控えていたおじさんが歩み寄り、透明なガラスのボールを僕のおでこにそっと触れさせた。
ひんやりとした感触を感じた次の瞬間、おじさんはピクッと反応し、目に深い皺を寄せてひどく怖い顔になった。
おじさんは慌てた様子で王様に歩み寄り、何かを話している。
……あのボール、一体何だったんだろう?
「……魔力が、皆無だと?」
グランヴェルザ王国国王、ヴィルヘルムの声が謁見の間に冷たく響き渡った。
王の言葉に、赤子を抱いていた母親のソフィアは息を呑み、父親のセオドアは顔を強張らせた。
「お待ちください、何かの間違いではありませんか!? この子はソフィアが命懸けで産んでくれた大切な子です! それに、この世界に生きる命である以上、魔力が完全にないなど絶対にあり得ない。
どれほど少なくても必ず微量は宿るはずです。魔導具がエラーを起こしているとしか……!」
セオドアが必死に訴えかけたが、鑑定を行った宮廷魔術師は無慈悲に首を横に振った。
「間違いございません。この赤子の魔力量は『ゼロ』。魔法の素質など欠片も持ち合わせておりません。……それどころか、並の赤子より一回りも大きく、無駄に肉体ばかりが肥大化している。
これは貴族として、いや、魔法を至上とする我がグランヴェルザ王国において、決してあってはならない『恥』でございます」
ヴィルヘルム王は忌々しそうに、ソフィアの腕の中でキョトンとしている赤子――ルークを見下ろした。
「名門の家系から魔力を持たぬ無能が生まれたとなれば、他国に示しがつかん。セオドアよ、お前ほどの才を持つ者が、そのような欠陥品を生み出すとはな。……その子供を殺せ。
そして、妾でも何でも囲い、すぐに魔力に優れた新たな子を作れ」
冷酷な王命が下された。
しかし、セオドアとソフィアは即座にルークを庇うように抱きしめ、玉座に向かって鋭い視線を向けた。
「……お断りいたします」
「なんだと?」
「この子は、ソフィアが生死の境を彷徨ってようやく生まれてきてくれた、私達の愛しい息子です! 魔力がなかろうと、そんなことは関係ありません。
我が子を殺すなど、絶対にできません!」
セオドアが叫ぶ。ソフィアは涙を流し、ショックで声を発することもできない。
長年子供ができず苦しんできた彼女にとって、ルークは何にも代えがたい宝物だった。
セオドアは妻を庇うように前に出る。
「陛下。私達はただ、この子が健康に育ってくれればそれで良いのです。どうか、ご慈悲を!」
必死の懇願だったが、王の顔には微塵の同情も浮かばなかった。
「王命に逆らうというのだな。……よかろう。魔力なき恥晒しを庇うというのなら、貴様らも同罪だ。今日この時をもって爵位を剥奪し、貴族社会から追放する! 全財産を置いて、この城から立ち去れ!」
冷たい宣告が響く中、セオドアとソフィアは互いに顔を見合わせた。
その表情に、後悔は一切なかった。ただ愛しい我が子を腕に抱き、静かに、だが力強く頷き合う。
彼らにとって、失った地位や名誉など、この小さな愛するわが子に比べれば些末な問題に過ぎなかった。
――こうして、後に世界を揺るがすこととなる規格外の赤子とその家族は、王都を追放されたのだった。




