第十六話:来訪者
ぞわりと、背筋を冷たいものが撫で上げた。冷たい塔の一室で、私は静かに目を開く。
『千里眼』の力が、遙か遠方から私に向けられた明確な【殺意】を捉えていた。
本来、『千里眼』が完全に覚醒していれば、誰が、どこで、どのように私を殺害しようとしているのか、その計画の全貌すらも見通すことができる。
けれど、今の私には「誰が」私に殺意を向けているのかまでは分からない。
その能力を完全に使いこなすには、心身ともに未熟すぎたのだから、仕方がないことでもある。
「……また、なのね」
ぽつりと、乾いた声が塔の部屋に響く。
誰が私を殺そうとしているのかは分からない。けれど、不思議と動揺はなかった。
なぜなら、私に向けられる殺意は、これが初めてではないからだ。
グランヴェルザ王国には、私のほかに四人の王位継承者がいる。
六つ上の第一王子。
四つ上の第二王子。
二つ上の第三王子。
そして一つ上の第四王子。
私は、五人兄妹の末っ子だ。
この国では、王の血を引く者の中から、現国王と貴族たちの投票によって次期国王が決定される。
私自身には玉座に座る気など欠片もない。だというのに、どういうわけか周囲は私を放っておいてくれないのだ。
『千里眼』を持ち、幼い頃から少しばかり物覚えが良かっただけの私を、貴族たちはこぞって「聡明にしてカリスマ性を持つ、次期女王の器」などと下馬評で吹聴して回った。
結果として待っていたのは、四人の兄たちからの執拗な嫌がらせだった。
優秀すぎる妹への嫉妬と、世継ぎ争いの焦り。
もちろん、『千里眼』を持つ私にとって、彼らの稚拙な嫌がらせや罠を回避することなど造作もないことだ。
けれど、私が涼しい顔で罠を避ければ避けるほど、彼らの目は私を「人間」としてではなく、「得体の知れない化け物」を見る目へと変わっていった。
お父様と同じように。
過去に数回、兄たちから向けられた本気の殺意を経験している。
だから今回も、「ああ、またお兄様たちの誰かが痺れを切らしたのかしら」と、どこか冷めた気持ちで受け止めていた。
──そんな時だった。
「…………え?」
唐突に、私の目の前に二人の男女が現れたのだ。
この塔は、厳重な結界と護衛によって守られているはず。それを易々と突破してくるなんて。
警戒して身構える私だったが、二人の姿を視界に収めた瞬間、ふわりと柔らかな感覚に包まれた。
落ち着いた知性を感じさせる男性と、おっとりとした空気を纏う美しい女性。
二人の間に流れる空気は、とても優しくて、温かい。
最近、どこかで見た記憶があるような……。でも、はっきりとは思い出せない。
(こんなに温かい雰囲気を持った人たちが……私を、殺しに来たの……?)
少しだけ、胸がズキリと痛んだ。
兄たちが差し向けた無骨な暗殺者には何も感じなかったのに、この優しい夫婦に命を奪われるのだとしたら、それはとても悲しいショックなことのように思えた。
私が身を固くしていると、男性のほうが静かに歩み寄り、上品な所作で跪いた。
「お初にお目にかかります、第一王女アイリス様。……いいえ、お久しぶりです、と言うべきでしょうか」
「え……?」
男性の言葉に、私は目を丸くする。
「以前お会いした時、アイリス様はまだほんの赤子でいらっしゃいましたから。覚えておられなくて当然です。私はセオドア。そしてこちらは妻のソフィアと申します」
「初めまして、アイリス様。ふふっ、こんなに大きく、お美しく成長されて……」
女性――ソフィアさんが、まるで自分の娘の成長を喜ぶように、愛慈しむような微笑みを向けてくる。
殺気は、微塵も感じられない。
むしろ、私を案じているような、そんな温かな感情。
セオドア、ソフィア……。その名前と、二人の顔立ち。そして、最近どこかで見たという記憶の糸が、一本に繋がった。
『千里眼』で、いつも私が眺めていたあの光景。
辺境の町で、大岩を跳び越え、規格外の身体能力で草原を駆け回っていた、あの眩しい少年。
(あ、あの時少年と共にスタンビートを止めた二人……お父様と、お母様!?)
私は咄嗟に、淑女としての仮面を取り繕うことすら忘れて、驚きの声を上げそうになっていた。
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