第十五話:暗殺指令
王都グランヴェルザ。豪奢な王城の奥深くにある玉座の間で、国王ヴィルヘルムは監視役からの魔導通信を受け、歓喜の笑みを浮かべていた。
「はははっ! あの小娘め、ついに尻尾を出したか! 国王の許可なく『戦の歌』を使うとは、国家反逆罪に等しい大罪である!
よし、ただちに死刑を――」
「お待ちください、陛下。それはあまりにも短絡的かと存じます」
玉座の間に響き渡る王の声を遮ったのは、静かだが威厳に満ちた声だった。
声の主は、王国の政を牛耳る宰相であり、国王と同等に近い権力を持つ重鎮、マクシミリアン公爵である。
「マクシミリアン……貴様、余の決定に逆らう気か?」
「事実を申し上げているまでです。アイリス様は、東の森で発生したスタンピードから町を守るために歌を使用されたと報告にあります。
もしあの辺境の町で魔物の群れを食い止められていなければ、被害は周辺の領地、ひいては王都にまで拡大していたやもしれません」
マクシミリアンは鋭い眼差しで王を見据え、淡々と理詰めをしていく。
「独断での歌の使用は確かに重罪。しかし、町一つを盾にしてスタンピードを食い止めた功績は、むしろ賛辞に値します。そのような状況でアイリス様を処刑してしまえば、どうなるか。
アイリス様を支持する貴族たちの反感を買い、民衆の暴動を招く恐れすらありますぞ」
「ぐっ……しかし、掟は掟だ!」
「そもそも、アイリス様の辺境への追放と塔への幽閉は『非公式』なもの。
公の場へアイリス様を出せという批判は、日に日に高まっております。今回の無断使用を口実とし、非公式だった『王都からの追放と塔への幽閉』を、正式な刑罰として公表する。それが最も反発の少ない、妥当な落とし所かと存じますが」
「ぐぬぬぬぬ……っ!」
正論で退路を塞がれたヴィルヘルム王は、忌々しげに玉座の肘掛けを叩いた。
「……よかろう。貴公の進言通りにしてやる」
マクシミリアンが恭しく一礼し、玉座の間を去っていく。彼は表向きこそ中立を装っているが、実は国の未来を案じ、アイリスのカリスマ性と慈愛の心に期待を寄せるアイリス派の筆頭であった。
◇◇◇
マクシミリアンが去った後、誰もいなくなった玉座の間で、王はギリッと歯を鳴らした。
「忌々しい。どいつもこいつも、あの化け物娘の味方ばかりしおって……」
王の疑心暗鬼は、すでに正常な判断力を奪っていた。
ヴィルヘルムは玉座の裏に潜んでいた『王国の影』――暗殺部隊の長を呼び寄せ、忌々しげに命じた。
「アイリスの元へ早急に部隊を向かわせろ。そして秘密裏に塔へ侵入し……秘密裏にアイリスを毒殺しろ。罪はアイリスの世話をしている侍女の誰かに被せればいい。あのマクシミリアンとて、侍女の裏切りによる暗殺であれば文句は言えまい。分かったな?」
「ハッ。御意のままに」
暗殺部隊の長は音もなく頭を下げ、闇の中へと溶けていった。
◇◇◇
だが王の安易な悪巧みなど、百戦錬磨の宰相マクシミリアンには筒抜けであった。
自室に戻った彼は、すぐさま厳重に封印された通信用の魔導具を取り出した。繋ぐ先は、かつて王城で共に働き、今は辺境で身を隠している『旧友』である。
『……おや、宰相閣下。スタンピードの事後処理で忙しい時に、王都から何の御用で?』
「ふん。相変わらずだな、セオドア。スタンピードを鎮めたのがお前たち夫婦と息子だという報告は上がっているぞ」
通信越しに響く、辺境の診療所にいるセオドアの声。
マクシミリアンは単刀直入に本題を切り出した。
「アイリス様に、王の暗殺部隊が差し向けられた。距離があるため到着まで数日の猶予はあるが、秘密裏に塔へ侵入し、毒殺した上で侍女に罪を被せる計画のようだ」
『……なるほど。王様はとうとう狂ってしまわれたか……』
セオドアは深くため息をついた。
本音を言えば、腐敗した今の王国になど二度と関わりたくはない。しかし、この国の将来を考えれば、あの狂った現国王よりも、民を想って歌を紡いだアイリスが次代の女王になるべきだとセオドアも考えていた。
「アイリス様を、お前たちの手で保護してほしい。頼めるか、セオドア」
『……分かった。対処しよう』
通信が切れる。
セオドアが振り返ると、そこには少し戸惑った表情のルークが立っていた。
「パパ……今の通信って。あの塔の女の子が、暗殺されるの……?」
ルークは彼女の名前も知らないし、何故塔の中で一人閉じこめられているのかすら知らない。
しかし、王都から暗殺部隊が差し向けられるなど、彼女がただならぬ高い身分にあることは状況から十分に察せられた。
「あの子が殺されるなんて嫌だ! 僕も行く! 僕も一緒に戦うよ!」
「ダメだ、ルーク。お前は置いていく」
普段の優しい父親からは想像もつかないほど、セオドアの拒絶は冷たく、そして断固たるものだった。
セオドアはルークを今の王国と関わらせたくなかった。
仮にアイリスが生き延びて玉座に就いたとしても、国がすぐに変わるわけではない。
彼女の周囲には常に政治的な思惑と暗殺の危険が付き纏う。そんな血みどろの世界に、愛する息子を巻き込みたくはなかったのだ。
「どうして!? 魔物だってあんなに倒せたじゃないか!」
「ルーク。今回は魔物とは違う。相手をするのは、訓練された人間だ」
セオドアはルークの目を真っ直ぐに見据え、静かに、しかし重い問いを投げかけた。
「ルーク。お前は、人を斬ることができるのか?」
「……え?」
ルークは息を呑んだ。
前世は平和な日本で生きた普通の子供だった。今世でも、剣の特訓は積んできたが、木や魔物を斬ったことしかなく、『人間を殺す』という生々しい覚悟など、一度もしたことがなかった。
「…………」
握りしめた拳が微かに震え、ルークはすぐに返事をすることができなかった。
「その一瞬の躊躇が、死を招く」
ルークの迷いを見透かしたように、セオドアは厳しく告げた。
「暗殺部隊は、躊躇なくお前の命を奪いに来る。お前が人を斬れないのなら、連れて行くことはできない。……ソフィア、行くぞ」
「ルーク……ごめんなさいね。パパとママに任せてちょうだい」
ソフィアが悲しげにルークの頭を撫で、二人は大急ぎで防具と杖を手に取り、診療所を出て行ってしまった。
その場に取り残されたルークは、自分の手のひらを見つめながら、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。
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