第十四話:歌劇
ルークたちが魔物と交戦を始める少し前……
高い塔の窓辺。アイリスは手を胸の前で強く組み、祈りを込めて『戦の歌』を紡ぎ続けていた。
千里眼を通して見下ろす東門には、決死の覚悟を決めた町の人々が集結している。その中に、アイリスは信じられない人物の姿を見つけ、思わず目を見開いた。
「あの子……っ!?」
そこにいたのは、いつも遠くから眺めていた無邪気で優しい少年の姿ではなかった。
身の丈を超える巨大な大剣を背負い、立派な鎧を身に纏った彼は、まるで古い英雄譚から飛び出してきたヒーローそのものだった。
少し緊張しているのか、その横顔はいつになく硬い表情をしている。
(まさか……あの少年も、戦いに行くというの!?)
私と同じ位の歳なのに……。
アイリスがハッと息を呑んだその時、少年の肩に優しく手を置く二人の人物が見えた。揃いの豪奢なローブを着た、深い愛情を感じさせる男女。
「あのお二人が……彼のお父様と、お母様かしら」
緊張していた少年が、両親の顔を見てホッと柔らかい笑顔を見せる。
とても優しそうで、温かい親御さん。自分とは違う、親から無償の愛を注がれている少年の姿に、アイリスの胸の奥がほんの少しだけチクリと痛んだ。
けれど、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
「……っ」
アイリスはふと我に返り、慌てて自分の乱れたスカートを手で払い、風で散らばっていたプラチナブロンドの髪を指先でサッと整えた。
彼らが遠く離れた塔の上の自分を見ているはずがないと分かっているのに。なぜだか無意識に「少しでも綺麗な姿でいたい」と思ってしまう自分がいた。
(どうか、ご無事で……!)
アイリスは少年の無事を強く祈り、さらに『戦の歌』に気持ちを込めて、声を張り上げた。
直後、信じられない光景が繰り広げられた。
両親の魔法によって水晶のような球体に包まれた三人が、鳥のように空を飛翔し、魔物の大群のド真ん中へと降り立ったのだ。
「えっ……? あ、あれ……?」
そこから先は、アイリスの想像していた悲惨な「戦」とは全く違っていた。
降り注ぐ無数の隕石。大地を焼き尽くす爆炎。敵を一瞬で氷像に変える吹雪。そして、風のように戦場を駆け抜け、魔物の群れを文字通り「泣き別れ」にしていく少年の規格外の剣技。
それはもう、命懸けの死闘というよりは、圧倒的な力を見せつける一種の『エンターテインメント・ショー』のような状態だった。
「ふふっ……あははっ! すご……っ、本当にすごいわ、彼!」
張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、アイリスは思わず窓辺で声を上げて笑ってしまった。
魔物の大群が蜘蛛の子を散らすように逃げていく中、戦場跡で仲睦まじく笑い合う三人の姿が見える。お母様が大げさな魔法で少年の小さな傷を治し、お父様が少年の頭を撫でている。
その温かくて平和な光景に、アイリスは心の底から安堵の息を吐いた。
そして、無事に帰還の途につく彼らの姿へ向けて、窓辺からパチパチと嬉しそうに手を叩いて称賛を送ったのだった。
◆◆◆
町が歓喜に沸き、アイリスが塔の上で安堵の笑顔を浮かべていた、その裏側で。
「……」
塔の薄暗い階段の踊り場。影の中に、一人の男が静かに潜んでいた。
男は、国王ヴィルヘルムから直接派遣された、アイリスの専属監視役であった。彼は冷酷な瞳で塔の上階を見上げると、懐から黒い石板のような『通信の魔導具』を取り出した。
そして、一切の感情のない淡々とした声で、王都グランヴェルザへと報告の魔力を送る。
『――こちら監視役。第一王女アイリス様が、王の許可なく禁断の『戦の歌』を使用しました。これより、規定通りに国家反逆の罪として処理の指示を仰ぎます』
辺境の町を救った優しい歌声は、少女の運命を更なる残酷な運命へと引きずり込もうとしていた。
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