036 魔王様、語る
火山の山頂には、不死鳥が棲むと云われている。
始めは誰もが鼻で笑い、信じていなかった。けれど、ここ数十年でその認識は大きく変わったのだ。
ファスト大陸各地で、燃える羽が確認された。それを御神体として発足したのが不死教という教団。
不死鳥の羽を崇め奉る事で、寿命が伸びる。若さが保てる。禿げない。などの触れ込みで信者を集め、現在ではかなりの支持を獲得している。
そして数年前、温泉街のある火山に不死鳥の姿が確認され、不死教は温泉街に拠点を移したのは有名な話である。
「と、まぁ、あそこに居る人達に関してはこんな感じです」
一通り少年による説明を受け、それをそのままロランに伝えると。
「ちょっくら入信してくる。最近抜け毛が多くてよぉ」
と言い残し、誰も引き留める事なくロランは熱心に勧誘している怪しい集団もとい不死教に向かってトコトコと歩いていく。怒声と罵声が響き、数分で戻ってきた。
「あんにゃろう共、肌の色で馬鹿にしやがって! これは生まれつきなんだよちきしょ!」
どうやら入信を断られたようだ。
こうなる事を予期していた魔王様と侍女は屋台で温泉饅頭なるものを食し、肝の小さい少年は飛び火しないよう気配を出来る限り消している。「俺はミノムシ俺はミノムシ俺はミノムシ」と呪詛の様な呟きが聞こえるが、言葉を理解していないロランは勿論、魔王様と侍女がこれに構う事はなかった。
場所によって効能が違うのか、温泉宿は複数存在している。それに伴い、湿気と熱気もかなりのもので、着実に魔王様を苛々させていた。
超絶不機嫌ですよオーラを醸し出す魔王様の耳に、やたらと大きな声が響いてくる。
「さあさあ! ここにおわすは街一番の力自慢! もしもこの男に勝つ事が出来たなら、これまでの稼ぎを丸ごとプレゼント! さあ、我こそはと思う者はおりますかな!?」
そんな誘い文句に挑発された腕に自信のある冒険者が名乗り出て、参加費を払って樽に肘をつける。
どうやら勝負方法はシンプルな腕相撲の模様。
相対するはこの街一番の力自慢。二の腕がこれでもかと発達している大男。魔王様やロランよりは小ぶりだが、異常に大きな上半身の見た目は両者を軽く凌駕している。
肉体改造でもしていると言われたら信じるしかないだろう。
呆気なく冒険者が転がされ、次なる犠牲者が名を挙げる。
そうして連続で十名程敗れると、流石に自信がなくなったのか、囃し立てていた野次馬から名前が挙がらなくなる。
日々同じ様に稼いできたのか、潮時だと感じた客呼びが声を張り上げる為に息を吸う。そこへ、魔王様がキャンを投げた。
空を翔る(?)キャンの表情は「あは~」と穏やかそのもの。悟りを開いた仏よろしく頭を掴まれた瞬間には覚悟完了。
シュタッ、と樽の上に両足を揃えて着地し、優雅にお辞儀をする。
野次馬は突然何事かと驚愕する。驚きのあまりに頭から行っていたのに何故着地出来たとか、そもそもあの勢いで樽を転がさずに乗れるのかとか、細かい所を見逃している。魔王様的には実に都合が良い。
「突如の乱入、無作法ですが失礼します」
軽やかに地に舞い降り、参加費である硬貨を指で弾いて客呼びに投げ渡す。樽に肘をつけて、凜と澄ました眼差しに、あいつは誰だと魔王様が首を傾げた。
「おいおい、大丈夫なのかあ? あの嬢ちゃん」
とそこへ、無礼にも魔王様の肩へ手を置き、キャンの心配をする赤色肌の武人。彼はキャンをただ者ではないと見抜いているが、見た目からそれほど膂力が有るとは思えないでいる。
そんなロランに対し、魔王様は鼻で笑った。
「魔族を見た目で判断するでない」
紡がれた言葉に、ロランだけでなく、近くで聞いていた少年も疑問符を浮かべた。
魔王様の視線の向こうには、鮮やかな血の色の双眸を爛々と輝かせ、酷薄な笑みを見せる眷族がいた。返り血で彩られたような侍女服を着込み、栗色と赤色が妙に混ざった髪色はまるで頭から血を被ったかの様で、野次馬にも客呼びにも、そして街一番の力自慢でさえも、不吉の象徴か何かに見えている。
見た目からして、超不気味である。
「……魔族を見た目で判断するでない」
魔王様は指の骨を鳴らした。南無三。
結果発表。
街一番の力自慢は全治三ヶ月の重傷を負った。
温泉街に大穴が空いた。
とある侍女が有名になった。
ひとつの都市伝説が生まれた。
「都市じゃないのに都市伝説とはこれ如何に?」
魔王様の理不尽なアイアンクローを受け涙目なキャンが言う。すると、魔王様は古い記憶を呼び覚ます様に唸った。
「とある学院ではな、七不思議なのに不思議が六つしかない不思議があるぞ?」
「それ何処の話ですか……?」
「セコオド大陸にある魔術学院。固有能力『芸術家』に目覚めた魔王が遊びで潜入した時の話だ」
「何やってるんですか……」
「さぁな。ただ――」
魔王様は何かを言おうとし、苦笑して止めた。
「いや、よそう。昔話も退屈であろう」
侍女はくすりと微笑する。
「いいえ、楽しいですよ。魔王様と違って、私は記憶を引き継ぐ術を持ちませんから。過去の魔王様がどんな生き方をしたのか、とても興味があります」
「そうか?」
「そうです」
「そうか。ならば、語るとしよう。あれはな――」
それは、ひとりの少女との出逢いの物語。ひとりの少女が研究者を志、夢を遂げ、世界中の人々から犯罪者の烙印を捺されたちょっとした物語。
語る内に、魔王様の胸中には物悲しい何かが蟠っていった。当時の魔王が抱いた想いの欠片。それは、確かに魔王様にこびりついている。怒りも、悲しみも、寂しさも、憎しみも、それ等全てが魔王を形作る要素であり、忌々しいものであった。
「……人間は愚かです。それで、その人は何を研究していたんですか?」
「それは思い出せん。記憶にロックが掛かっている事を鑑みるに、過去の魔王が彼女の遺志を汲み取ったのだろう」
「過去の魔王様がそんな事を……! 意外です、魔王様がひとの意を汲むなんて」
「意外、か。……そうだな、意外だ」
何故か、魔王様は寂しそうな顔をした。
結局、魔王様と侍女は生まれ変わり、別人なのだ。記憶を引き継ぐ魔王様には当時の懐かしさがあるが、侍女にはない。そうするに至るまでの過程を、侍女は知らないのだから仕方がないのかもしれない。
魔王は、決して他人の為に行動しない。恵みを与えない、慈悲を与えない。それ等全ては自身の為に使う。ただ自己を満足させる為に、ただ自分が満たされる為だけに力を振るい、知識を活用する。
――それが、魔王と言う存在である。
固有能力『芸術家』、描いた絵に魂を吹き込む程度の能力。
魔王第16代目に発現せし能力である。
彼はベレー帽と伊達眼鏡を掛け、これ見よがしに羽ペンを見せびらかしていたという。
なお、羽ペンに使われていた羽は不死鳥の物で、彼は記憶に鍵を掛ける前、その羽を消滅させた。
そうするだけの理由が、魔王にはあったのである。




