034 厄日
三千字です。
「ぶっ殺されるのとぶっ殺されるのとぶっ殺されるの、どれが良い?」
「全力の殺意!?」
首に赤き龍を巻き、全体的に赤い全身鎧を着込む我等が魔王様は、現在、荒ぶって居られる。
対する少年は安物の革装備を着込んでいて、魔王様の殺気に当てられて腰が引けていた。
魔王様の踏み込みは大地を揺らし、彼が発する声は大気を震わせる。爛々と輝く赤き双眸に殺る気をみなぎらせ、根に持つ魔王様は決して相手を赦したりはしない。
ファスト大陸を北上し、魔王様と侍女は火山の麓に居る。山の中腹に有名な温泉街が有ると聞き、足を運んだのだ。
その途中で、魔王様達は少年と遭遇した。
温泉街から出たところを野盗に狙われたらしく、山の坂道を駆け降りる事で逃走を試みた少年は、魔王様と侍女の乗る馬に思いっきり激突していた。
魔王様が、態々、買い取った愛馬に激突したのだ。
さくっと野盗の類いを切り伏せて、今に至る。
極悪人ですら裸足で逃げ出す魔王フェイス。血の滴る良い魔王様はそれはもう猟奇的である。ニヤリと笑えば殺人鬼と間違われるに違いない。
だが、野性味溢れる獰猛な笑みを浮かべる魔王様は、どちらかと言うと獲物を前にした肉食獣にしか見えない。
少年絶対ぶっ殺すマンと化した魔王様。
黒鉄の大剣をこれ見よがしにぶんぶん振る姿に、少年は四肢を切断され首を跳ばされる未来を幻視した。
なので、少年は必死に命乞いに走る。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 僕に出来る事であればなんでもしますので! 何かを盗めと言われれば何処へでも盗みに入ります! 何かを差し出せと言うならそりゃもうなんでも!」
恥もプライドも捨て去り、人間のクズと化した少年。そんな彼を冷ややかに見下ろし、地面に擦り付けているその後頭部に足を降ろして無情に告げる。
「貴様の命」
「ひぃぃいいいいいっ!?」
魔王様に慈悲の心はない。
「魔王様魔王様、生かした方が宜しいのでは?」
侍女が魔王様の左斜め後方から静かに告げる。
少年は希望の光を見出だし、這いつくばりながら移動。それに伴い魔王様の足もぐるりと動く。
すがり付こうとする少年の手を害虫でも踏み潰す様にごしゃっと踵でやり、呻く少年を無視する侍女。そこに罪悪感も何もない。ついでに言うなら慈悲の心もない。
「キャンよ。どういう事か説明しろ」
「はい。その人間は温泉街方面から来ました。なら知人が僅かながらも居るやも知れません」
「つまりどういう事だ」
「つまり、多少目立っても揉み消せるかも知れませんよ?」
「問題ない」
「魔王様は問題ないかも知れませんが、私が嫌なんです。目立っても良い事ないじゃないですか」
「お前が目立つと俺が胸を張れるではないか」
「なんですかそれ」
栗色と赤色の混ざったツインテールの片方をぺしんと魔王様に当て、不満と呆れを露にするキャン。
もう、と頬を膨らませてツインテールから手を離すと、みつあみにされ可愛らしいリボンまで付いている。
気付いたキャンはぎょっとして魔王様に食って掛かる。
「早業ですか!? いつもの神速とかで編んだんですか!? なんかもう器用すぎて逆に怖くなってきましたよ!?」
事実として一切痛みがなかった。それどころか全く気付かなかった上に見えてすらいない。
そして魔王様はなぜか得意気に胸を張る。
無駄なところで無駄に器用で無駄に洗練された無駄のない無駄な行いに憤慨する。
「それにこういうのは侍女の仕事ですぅーーーっ!!!」
キャン、魂の叫び。
未だに侍女らしい事をしていないキャン。
朝起きれば朝食の仕度が済んでいて、気付けば荷物の整理もされていて、程好く温められたタオルが用意されていて、目を離した隙にテントまで張られている始末。
至れり尽くせり、なんでもござれ。
キャンが侍女としての役目を果たせる日来るのだろうか。
甚だ疑問である。
◇◆◇
「デストロイ?」
「の、ノーデストロイ」
斯くして、少年のどうでもいい命の危機は回避された。
変わりに温泉街の案内を任された少年の心臓は恐怖で大変な事になっているが、どうでもいいので割愛。
変に吹聴されて、今後の障害になるのなら、今ここで殺すべきなのだが……。
「おい」
「ひぃっ!? な、なんでしょうかっ!」
山の坂道を登りながら、少年は竦み上がり調子の外れた返事をする。
「我々は訳あって素性を秘匿している。故に、もしも我々の存在が噂として流れたのなら、その出所は貴様になる。そうなれば、俺は貴様諸共この国を滅ぼさねばならん。分かるな」
「わ、分かります。ものすっっっごく分かりますっ」
涙目で首をぶんぶんと縦に振る少年は、少し哀れだった。などと魔王様が思う筈もなく、こいつおもしれー程度の感想しか持たない。
対して、少年の胸中は混乱の最中である。
一個人に国を滅ぼせるとは到底思えない。非現実的で信じるに値しない。が、もしかしたらと思わせる迫力を相手は持っている。
少年は自分の運命を呪った。
こんな事なら野盗にボコられる方がマシだと嘆いた。
「キャンよ」
「はい」
「良い暇潰し道具が見付かったな」
「それは魔王様だけです」
キャンは呆れてそう言う。
魔王様の首に巻かれた赤き龍は我関せず無関心を貫き、魔王様の愛馬である疾風怒濤は訳も分からず嘶いた。
燦々と照り付ける日差し。
活火山であるが為に気温も高く、温泉街から漂ってくる湿気により蒸し暑さが倍増している。
自然、魔王様は首から赤き龍を愛馬の疾風怒濤に移し、鎧を脱いだ。夏季仕様となっている鎧の面積はそれほど広くはない。下着並みに外すのは容易だ。
赤い線の走った鎧を地面に起き。勝手に転がらない事を確認すると、黒鉄の大剣を引き抜いた。
この時点で、キャンは魔王様が何をしようとしているのかを察した。
そそくさと退避すると同時に、先導役の少年を引き留める。
「な、なんでしょうか?」
少年の声は震えていた。
「ちょっと左に二歩ずれてください」
「え? は? え?」
「いいから」
「はいっ!」
言われた通り、少年は左に二歩動いた。
瞬間、耳元で風を切る音が鳴り、硬質な物体が視線の遥か彼方に飛んでいった。そう漠然と認識すると、次いで突風に叩かれ体勢を崩した。
前のめりになりながら背後を見ると、そこには上半身下着姿で大剣をフルスイングした状態の魔王様。その足元は大きく抉れていた。まるで先端の尖った何かを振り抜かれたような抉れ方だった。
さー、と血の気が引いていく。
今しがた飛んでいったのはもしかしなくても鎧の上半身部分だろう。
さて、風を切る音はどっちの耳が拾ったのか、突風はどっちから吹き付けたのか。
どちらも右側からである。
更に付け足すと、先程まで少年の頭があった場所である。
動くのが遅かったら。
指示に従わなかったら。
もしも反抗していたら。
ありとあらゆるもしかしたらの可能性。
唯一の良心はキャンと呼ばれている侍女のみ。
マオウ様と呼ばれている男にとって、こちらの命など羽虫かその程度の価値しかない。
そう認識させられた。
まさに伝説にある魔王のごとき所業。
「……暑い。蒸し暑いぞ」
戻ってきた赤黒い霧をわしっと掴み、文句を垂れ流す魔王様。
困ったように揺れる赤黒い霧は、何かを思い付いたのか猛然と魔王様の手からするりと抜け出して首もとに巻き付いた。
そして、形作られるは赤と黒のボロマント。というよりも細長い布を適当に巻いたような形を取った。
「ふむ」
わしわしと手触りを確認し、キャンに向かって「どうだ」と見せびらかす。
「荒廃した大地を渡る旅人か何かですか?」
的確な評価、ありがとうございます。
更新出来ないのはあれです。やる気と気力と体力と根気と後やる気の問題です。ついでに時間。




