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憤怒の代行者  作者: KKSY
32/38

032

 伏線まみれの回第二段!

 なお、明かされるのはまだ先の模様。

 死霊術師の葬儀が終わって数ヵ月余り。勇者達は、バラバラだった。


***


 遡る事数ヵ月、死霊術師の死を聞かされた勇者神藤(しんどう)祐介(ゆうすけ)は塞ぎ込んでいた。


 懊悩とした日々を送る祐介。


 彼の頭を駆け巡るのは後悔と慚愧ばかり。

 なんで、どうして。

 ごめん、すまない。


 城で与えられた自室、大きすぎる寝台で胎児の様に体を丸めている。

 そんな祐介を見つめる少女がひとり。


 白銀に輝く美しい髪に、将来を約束された美貌を兼ね持つ少女はレンと呼ばれている。

 そんな容姿とは裏腹に、その瞳は何処までも虚空で、なんの感情も宿していない。光のない双眸で祐介を見つめ、真似するように体を丸めていた。


 最初の汚れは何処へやら、レンは小さなドレスを着込んでいるが、皺がつく事も気にしていない。気にする事が出来ない。

 少女の心は死んでいる。


 祐介が少女を見付けた時、既に野蛮人の慰みものにされていた。


 それから自分が少女を世話すると決め、引き取ったのだが、今は無理だった。

 己の事でさえままならない。少なくとも、心の整理が出来るまでは、何かをする意欲もない。

 無気力感が四肢を縛り、こうして起きている事さえ億劫なのだから。


(いっそ、眠ったままなら良かったのに)


 そう思う程に、祐介は沈んでいる。


 そうしている内にも時間は進み、壁掛けの時計がポーンと鳴る。


 散歩の時間だった。


***


 ファスト大陸が魔王に落とされ、実質世界第一位の国家へと成り上がったレイリス王国。首都タスキンもかなりのもので、セコオド大陸の土地を贅沢に使った広大な都である。


 市場に出れば凄まじい喧騒が飛び交い、活気溢れる場所。

 祐介も初めは鼻息荒く見て回っていたが、今では胸踊る思いすら湧かない。


 全てがセピア色だった。


 道行くひとも、大通りを行く馬車も、何もかもが色の抜け落ちた情景。


 少女レンを拾った頃はまだ良かった。世界に色彩があり、送られる刺激に新鮮味があった。これなら少女にも刺激を与え、死んだ心に何かしらの影響があるかもしれない。そんな希望も今では遠い過去のもの。


(刺激なんて、ないじゃんか)


 全てがふわふわ雲の上。掴んでは消え行く霧と同じく、なんの情動も湧かない。全てが虚しい、ただそれだけである。


 良くならない、良くなる筈もない。


 自分もまた、似たような状態になる事でようやく理解する。


(どうでもいい)


 そういう事である。


 神藤祐介がこんなにも心を病んでいる理由は、死霊術師の死と、もうひとつ。

 彼の心を引き裂く出来事があったのだ。


 それは、ひとりの少年によってもたらされた。

 過去の少年は、勇者を指差し声高々に言った。


「あっ! ひと殺し!」


 母親と連れ立った子供のひと言は、酷く響いた。声変わりをしていない少年の声は高く、声量も大きかった。だから響いてしまった。


 祐介も大人である。動揺しながらも、それを押し隠し、理性を総動員して詳しい話を聞き出した。


 曰く、顔がそっくりだった。

 曰く、凄く怖い顔だった。

 曰く、凄く悲しそうな顔だった。

 曰く、凄く怒った顔だった。

 曰く、泣いていた。

 曰く、黒くて大きな剣を持っていた。

 曰く、目が合った。

 曰く、とても優しげだった。

 曰く、忽然と消えてしまった。


 目撃者は少年の他にも数名居た。その全員が神藤祐介に間違いないと答えた。


 それは、勇者の心にひびを入れるに、充分な衝撃だった。


 適当な屋台を見て回り、塩の利いた串焼きを食べては残った串を道の脇へ捨てる。

 道の脇には串の他に、紙コップなどが捨てられている。

 ゴミを集めて小銭に換える者達が居るらしく、なんの力もない勇者に出来る精一杯の施し。


 ふと、力とはなんだろう、と考える。


 筋力、魔力、権力。

 ひとを救う為に必要なものは、恐らく権力だ。

 祐介に足りていない力だった。


 力押しでどうにか出来るなら、こんなにも苦悩しない。

 勇者にはなんの権限もない。ただ民衆からありがたがられるだけで、それをどうこうできる訳ではない。


 何も出来ない。何も救えない。


 無力な自分が嫌になる。


 最近では、心なしか勇者達の関係がぎこちなくなってきている。


 元々、浜辺(はまべ)拓斗(たくと)を中心として集まったグループだった。中心人物は既に亡く、辛うじて纏めていた祐介も、今はこの有り様。空中分解するのも、時間の問題である。


***


 散歩を終え、城へ戻る。隣にはレンが居るが、その様子は手を引かれるというよりも引っ張られると表現した方が正しいだろう。


 城へ入ると、二種類の視線に出迎えられる。


 軽蔑と、憐憫。


 塞ぎ込む祐介を勇者らしくないと責める軽蔑の視線と、そんな祐介を思い憐憫の眼差しを向けるもの。

 それすらも、今の祐介にはどうでも良かった。


「ねぇ」


 廊下の途中で引き留められる。見ると、高坂(こうさか)(みなみ)がそこに居た。


 健康的な小麦肌をきらびやかなローブの下に隠し、ショートボブは短いストレートに落ち着いている。


 祐介の目は、きらびやかなローブに止まった。


「……何それ?」


「無駄に重いローブ」


「や、そうじゃなくて、どしたの?」


「貰ったのよ。功績を讃えるとかなんとかで。そういうアンタは貰ってない様ね」


「……聞いてない」


「でしょうね。王国が方針を変えたわ。使えない勇者を無理に動かすより、使える勇者を使う事にしたみたい」


「――――っは」


 言葉の意味が脳に染み渡ると同時に、乾いた笑いが出た。

 荒んだ眼差しを、南へと向ける。


「じゃあ俺は使えない方か。だろうな。友達が死んで、へたってる奴なんて要らないだろうさ」


「そうね」


 祐介の自虐を、南は静かに肯定する。

 ぐつぐつと煮え立つものを感じた。


「……南は、南はなんでそんな平然としていられるんだ?」


 苛立ちを必死に押し隠しながら訊ねる。

 質問を聞き、南は顎に手を置いて思案顔になる。頻りに首を傾げては、「違うか」と小さく呟いている。あれこれと悩み、己の本心を探っている様は、自分を見失っているように見えた。

 答えが見つかったのか、南はひとつ頷く。


「どっかぶっ壊れたんじゃない?」


 何処か投げやりな口調に、裕介の眉間に皺が寄る。


「なんだよそれ、他人事みたいに」


「もう他人事だもの」


 食い気味被せられ、裕介に言葉を失った。


 唖然としている内に、南は自分の掌を見つめる。

 その瞳が何を映しているのか、祐介には分からない。それでも、良くないものを感じた。

 何かを言おうと心が逸り、何も言えずに口をつぐむ。

 自分の事すら儘ならないのに、何を言えるのかと、躊躇ったのだ。


 そうしている内に、南は訥々と語り始める。


「あの戦いが終わってさ、捕まえた奴に言われた事があるのよ。この悪魔め、って。そんでさ、あぁ、良いな、それ。って思ったんだ。拓斗もよく言われてたし、お揃いじゃん、ってさ、嬉しくてさ。んで、悲しくなった」


 掌を握ったり開いたりと繰り返しながら、南は続ける。


「むかついたから、そいつは殺したんだけど、そん時に短剣使ったのよね。初めてひとを殺したって思った」


 その時の感触を思い出しているのか、指を擦り合わせ始める。


 裕介は止めさせようと思うも、声が出なかった。恐れたのだ、南を。なんの感慨もない、無関心な語り口調に怯えた。


「戻ってきて、早美が死んでて、あーあって、特になんとも思わなかった」


 早美(はやみ)涼太(りょうた)は、死んだ死霊術士の名前だ。

 祐介との関係は薄かったが、拓斗とは趣味が合い、意気投合していた。高校からの付き合いで、南とも面識があった。


「それから今日まで、刺客? ってのが頻繁に来てたんだけど、知ってた?」


「っ。刺客、だって?」


「そっ、刺客。ボウガンで狙撃してくるのとか、暗殺者らしく夜道で襲撃して来たりとか、後は、真正面からとか、色々。他のにも来てたわよ? 勿論アンタにも」


 心臓が鷲掴みにされる思いだった。

 気づかぬ内に命を狙われていて、話振りから察するに、これまで、影ながら南が始末してきたのだろう。


「そんな、一体、何処から」


 口元を押さえ、吐き気を堪えながら訊く。声は震え、足元がぐらぐらと揺れている。

 命を護ると決め、安易に散らさないと定め、決意し、覚悟を固めた。しかし、今は儚く、脆い。

 ひとの悪意が、足を掴み、底無し沼に引き摺り込む。

 足掻く力も残っておらず、いつかは首もとまで沈みきる。


「っ!」


 じんわりと、背中に嫌な汗が浮かび、シャツを濡らしている。

 恐れが幻覚を生み、裕介は恐怖した。


 そんな祐介を見て、南はやれやれと溜め息を吐いた。

 祐介との付き合いが長い南は知っている。目標ばかりが高く、いつも達成出来ず、拓斗に泣き付いていたこのヘタレは、見た目よりも打たれ弱いのだと知っている。


 ふと視線を感じて、南は視線を下げる。そこにはレンがぽつんと居る。瞳に虚空を映す少女の眼差しから何かを感じ取り、何処かの誰かと同じ様なニンマリとした悪戯小僧の笑みを浮かべる。


 祐介を指差し、次いで自分の脇を指差し、そこをつつく仕草を繰り返す。


 心を壊した少女の視線は南と祐介を行ったり来たり、合点がいったのか、うんと頷いて、


「あびゃあ!?」


 奇声を発した祐介が何事かと脇腹に視線を向けると、そこには今しがた敏感な脇腹を刺激した体勢のレンが居た。


「え? なに? 今のレン? レンなの? マジで?」


 余りの意外っぷりに裕介は混乱した。


 そんな彼に構わず、脇腹突きを繰り返すレン。機械の様に単純作業を繰り返し、執拗に祐介の脇腹を狙う。

 心なしか、その目元は笑っているようで、狩人の様にキラリと輝くものがある。完全に獲物を狙う目だ。


「ちょ! やめやめ! やめさせ、みゃあ!?」


「あっはっはっはっはー。ノリの良さはピカイチね。これは仕込みがいがあるわ」


「変な事覚えさせんなーっ!」


 廊下で騒ぐ三人を、通り掛かった文官が疎ましげに見た為、彼等は祐介の部屋へと場所を変えた。

 いつレンに脇腹を突かれるか気が気でない裕介は少女を警戒しながら、先程の話を進めようとする。が、南はレンの耳元に顔を寄せ、


「やーめーい!」


「ちょっと、邪魔しないで」


「ひとが真面目に話を進めようとしてんのに脇に追いやるな!」


「そんな脇腹つつかれたからって、ねー?」


 南が首を傾げると、レンも真似して首を傾げた。


 頭に来た祐介がぽいっとレンを寝台に転がし、縁に腰掛ける。南の介入を断固として拒否する構えである。


 南は両手をひらひらと振って、大人しく木製の丸椅子に腰掛ける。その際に華美なローブが安産型の臀部に敷かれ、皺が寄るが、彼女は全く気にしていない。仕立てた職人が見たら泣き崩れるだろう。


「なんの話だっけ?」


「刺客が来たってところから」


「あー、それね。訊く前にデストロイしたから聞きそびれたわ」


「聞きそびれぇー? の前にデストロイってお前、タクの真似かぁ?」


「アイツの口癖はデストロイ案件だったっけ?」


「小学生の頃はよく殴られてたなー」


「アタシはお尻をひっぱたかれてたわよ」


「容赦なかったよな」


「教師泣かせの異名は伊達じゃないって事ね」


「名付け親ぁ~」


 指差して煽ると、南は腰に指していた指揮棒の様な杖を振るう。小さな空気の塊が射出され、祐介の指先に衝突してははぜる。


 裕介は突き指をした。


「いってぇーーっ!! 地味に! 地味に痛い!」


 痛みに悶え苦しみごろごろと転がる祐介。そんな彼を真似てレンもごろごろと転がる。暇なのだろう。


 窓を見据えれば、空は暗くなり始めていた。夕方を過ぎ、夜の時間が始まる。用事がある南としては、告げる事を告げて早く出たい。


 南の瞳に、冷酷な色が宿る。


 空気の変化を感じ取り、裕介は涙目で彼女を見る。


 転がったままだが、彼女には関係なかった。


「アタシのこれからを話しておくわ」


「これから、って」


 訳が分からず、おうむ返しに聞き返すも、彼女は取り合わない。余程慌てて居るのか、時間がないようだ。


「アタシはこれから沢山ひとを殺す。百や千じゃない、万を越える人数を殺す。殺して殺して殺し尽くす。これはアタシの八つ当たりであり、怒りの体現に他ならない。帰るつもりもない、助けるつもりもない。これからアンタ等を護れない程遠くへ行く。だから決めて」


「決めるって何をだよ」


「帰属する社会を」


 南は、祐介を真っ直ぐに見据えた。


「アタシはこれからファスト大陸との戦争に出る。この国はその為の準備をしている。今日は軍事会議があって、それに出る事になっている」


「待て! 戦争って、こんな早く!?」


「そう。だから決めて。戦争に出るか、この国を去るか」


 それは、究極の二択だった。


 レイリス王国は、大勢の生け贄を捧げて勇者を召喚した。志願者であるとは言え、多くの労働力を失った形である。勇者を召喚した暁には、魔王軍に打って出る。そう民衆に周知させてきていた。

 結果は、十七人の勇者が召喚された。


 レイリス王国が、勝利を確信するのも仕方のない出来事だった。


「俺達が召喚される前から、もう、後には退けないって事か」


 これまで、勇者達には有りとあらゆる手で抱き込もうとする者達が居た。初めは、ただ自分達を利用しようとする薄汚い大人の所業。そう、思い込んでいた。

 彼等彼女等はただ、焦っていたのだ。戦力にならない勇者達に、失望し、絶望し、それでも退けず、民衆を煽った手前、最早開戦する道しか残っていない。


「……これ、他のみんなは?」


「もう聞いて回った。結果は、聞く?」


「いや、いい。日本人はさ、みんなって言葉に弱いからさ、聞いたら多分、自分で決めらんない」


「そっ」


 ひとりの勇者は姿勢を正し、膝に手を置き、俯いて熟考する。


 一分、二分、三分と時間が流れる。


 南は、ただ静かに答えを待っている。

 時間が掛かるのは知っている。即答する勇者も居れば、一時間ずっと考え込む勇者も居た。

 彼女はただ、思考を遮らない為に粛々と控えるのみ。


 時計台の秒針が律動を刻む。


 空はもう夜の帳が下りきり、満月が蒼く輝いている。


 五分、十分、時間が経過する。


 勇者は、顔をあげた。

 申し訳なさと、罪悪感を伴って。


「……」


 南は、そっと瞼を閉じ、開く。

 切り換えたのだ。残念に思う自分と、無関心な自分とを。


 ここは、喜ぶべき場面だと自分に言い聞かせ、席を立つ。


「お金の事なら心配しないで、向こう数ヵ月は生きていけるお金を工面してある」


 同時に、それだけの無理と無茶を押し通していた。


「レンの事もあるし、それが正解」


 だから、負い目を感じる必要はない。


「アンタは正しい答えを選んだ」


 出来ない目標を掲げ、無意味に傷付く事もない。


「戦時は、サンド大陸に行くと良い。あそこは砂漠の国だけど、資源は豊富にあるって聞いた。大抵の事なら、お金の力で押し通せばなんとかなるから」


 それじゃ、と南は祐介の部屋を辞する。


 廊下に出て、後ろ手で扉を閉めると同時に、疲労感がどっと押し寄せてきた。


「……今更、断られたくらいでショックを受けるなんてね」


 自嘲する。


 幾度も手を赤く染め、南の感覚は麻痺している。殺す事に罪悪感を覚えず、作業の様にひとを殺せる程に。


 刺客のほぼ全てが、ファスト大陸からの密偵である事は分かっている。殺さずに捕らえ、拷問にかけて吐かせたのだ。


 ただひとつ、不思議な事に、


「……魔族って、見た目人間なのよね」


 歩き出す。


 いつまでも止まっている余裕も時間も、レイリス王国にはない。


 既に港町は破壊され、船の出航が出来なくされている。


 防衛戦を築き、港町方面からいつ魔族が攻めてきても良いように準備は整えられた。


 時間はない。


 逸る想いを抑えつけ、早足で廊下を歩いていると、南はある男と出会した。


「おや、これはこれは魔導師どの。そんなに急いでどちらに?」


 南は思わず顔をしかめた。


 白衣を着たキツネ顔の男。歳は三十を過ぎているだろうに、その体型はひょろりと華奢だ。


 城から数キロ離れた地点に研究所を構え、有りとあらゆる人体実験を繰り返している変人。


 それが、目の前の男に対する態度を悪くさせる。


 南は素っ気なく答える。


「港町奪還作戦の会議よ。アンタも呼ばれていた筈だから知ってるでしょ」


「終わりましたよ?」


「……は?」


「今しがた全て終りました。内容は勇者達を薬で眠らせ、現地に投入するというなんとも嘆かわしい、作戦と呼ぶには忌避すら覚えるものです」


 首を左右に振り、眉をハの時に曲げる研究者。本心から嘆いているのか、声音には失望が色濃く載っている。


 そんな事には構わず、南は焦りを浮かべて目の前の男に掴み掛かった。


「それはいつ!? いつ実行されるの!? 答えなさい!」


「口止めされていましてね。貴女には伝えるなと、王直々に勅命されました」


 ギリッ、と奥歯を噛み締める。射殺さんばかりに研究者を睨み付け、南の思考は止まらない。


 他の勇者が国を出るのは早くても明日である。今日中にお金を渡し、急がせて明日。


 幸い件のお金は南の部屋にある。そこで妨害を受ける心配はない。


 ならば、ならば最悪を考えろ。最悪を考えた上で最善策を選択しろ。


「……そう、分かったわ」


 脱力して、研究者から手を離してよろよろと数歩離れる。


「と言うと?」


「えぇ、えぇ。よぅーっく分かったわ。アンタ等がアタシ等を道具としてしか、兵器としてか見ていないって事が良く理解できた」


 南の瞳に、狂気が宿る。


「壊してやる。全部全部壊してやる。この国もひとも魔族も魔王も世界も、それこそ神様だって全部全部壊し尽くしてやるッ!」


 一頻り叫び、哄笑する。調子の外れた笑い声は、聞く者を不安にさせるだろう。

 だが、目の前の男は普通からかけ離れた変人である。


 彼は困った様に頬をぽりぽりと掻き、そして、口角を吊り上げた。


「それでは、壊される前に私は私のやりたい事をしましょう。私、勇者の体に興味が有りましてね? 髪の毛先から細胞のひと欠片までホルマリン漬けにして研究したい。異世界の住人と我々、勇者化による影響はあるのか。嗚呼、嗚呼! 知りたいですね~、解き明かしたいですね~、研究したいですね~ッ!!」


「呆れた知識欲だこと。良いわ、なら協力しなさい」


「と言うと?」


「Win-Winの関係ってヤツよ。アタシは気に入らない全てを破壊したい。アナタは溢れ出る知識欲を満たしたい。アナタはアタシが必要とするものを受け渡す。アタシはアナタが知りたいものを受け渡す。どう?」


「ほほぅ?」


 それは、狂人と変人による悪魔の契約だった。

 互いが互いに一方的な利があり、一時的に満たされればそれで充分という、破滅的で刹那的な欲望の契約。


 世界の全てを壊したい、

 世界の全てを知りたい。


 相反するようで、その実がっちりと方向性が噛み合っているふたりの欲望は、引き合わせてはいけないものだった。




 最後に、研究者は南に見せたいものがあると告げ、自分の研究所へと招待した。


 そこで、南は見つける事となる。


 或いは、磁石のように引き合わされたのかも知れない。


 液体で満たされたカプセルの中に、少女が居た。


 あどけない顔立ち、背中まで伸びた栗色の髪。


 そして、目を引くのは背中から少し離れた所からある、コミカルチックな一対の翼。


 片方は白く、天使のような翼、

 片方は黒く、悪魔のような翼。


 南の目は、眠る少女をしっかりと捉え、不思議な力が働いているのか、視線を外す事が出来なかった。


(なんで今、拓斗を思い出す?)


 幼少の頃からの浜辺拓斗が脳裏にフラッシュバックし、南は頭痛を覚えた。


 薄く開いた少女の目と視線が合い、何かを訴えられた気がした。


 それがなんなのか、南には分からなかった。

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