031 友よ、永遠なれ
行き付けの酒場で、木製のテーブルに座り、バグングは上機嫌に酒を煽る。
そこは魔王と出会った酒場。
真っ昼間から酒の臭いを漂わせる老人を、店長は何か変なものでも見たかのように凝視している。
「ご機嫌ですね」
「ご機嫌もご機嫌よ! だぁ~っはっはっはっはっは!」
これは既に手を付けられないと悟り、店長は触らぬ神に祟りなしとばかりにすごすごと奥に引っ込む。
酔っ払いの相手は嫌なようだ。
一・二回会っただけで、何故こんなにも気に入るのか、バグング自身にも分からないが、波長が会うのだろう。
(あんちゃんとはなんでか、うまくやってけそうな気がするんだよな)
ひとの気持ちなど、こんなものである。
威圧され、失神し、外は弾かれ、それ等の所業に思う所がないと言えば嘘になる。だが、嫌悪よりも好意が勝った。ただそれだけのこと。
「さあてめぇ等じゃんじゃん飲めえ! 今日は俺の奢りだ!」
その言葉に、酒場に居た同業者達は歓喜する。
口笛を吹き、大袈裟に拍手をし、囃し立てる。
本当はここに魔王も居て欲しかったが、無理は言えない。彼は誘っても断るタイプだ。気長に仲を深めていくしかないだろう。
魔王の事を話す気はない。個人的に気に入った、というのもあるが、それ以外にも重要な事がある。彼の存在を隠すに値するものだ。
(もしかしたら、あんちゃんに付いていけばアイツにも逢えるかもな)
益体もない考えが過った。そんな簡単に逢えるのなら苦労はしない。
どんちゃん騒ぎをしては殴り合いに発展し、衛兵を呼ばれて平謝りし、罵り合い、また殴る。以下繰り返し。
まるで昔の自分のような光景に、バグングは目を細める。
老人には妻が居た。
自分よりも遥かに強く、喧嘩ばかりしていた最愛の妻が居た。
老人は今でも後悔している。
もっと早くに気付いていれば、彼女を手にかける事も無かったのかもしれない、と。
彼女の最期の言葉はよく覚えている。
何度も忘れようとし、結局忘れられずに居る、衝撃ばかりの言葉。
思い出す度に苦笑する。
無駄遣いしたら殺す、は無いだろう、と。
だが、最後まで彼女らしかった。
喩え、別人だったとしても。
夜が更け、酔い潰れた冒険者を叩き起こす店長に支払いを済ませ、バグングは外に出る。そのまま街路を歩いた。
蒸し暑い夏の夜。満天の星空にくっきり浮かぶ満月。
月光に照らされ、浮かぶ輪郭があった。
それは、二メートルを超える筋骨隆々な巨漢。赤い線の走った黒い鎧を着込み、背には赤黒のマント、更に身の丈を越える大剣がある。
光を反射し、輝く赤い瞳。
そこまで確認して、老人は悲しそうに顔を歪める。
「あんちゃん……」
その赤い双眸は、殺意に溢れている。
「こういう再会は好きじゃねぇな~」
背から大剣が抜かれた。上段に構え、ひと振りで終わらす気なのだと悟る。
「出来れば仲良くしたかったよ、おいちゃん」
魔王は喋らず、沈黙を続ける。待っているという事は、最期の言葉を聞いてやるという意思表示なのだろう。
「一緒に行こうとも考えたんだぜ?」
「――それは無理だ」
返事があった。
「貴様はもう、汚染されている」
息が詰まった。
なんとか呼吸を繰り返し、諦めの境地に達したのか緊張はない。
「そ、っか。俺が俺じゃなくなるのも、そう遠くないのか」
「身に覚えは」
「妻を殺した時」
「そうか」
目を閉じる。
言い残した事は沢山あるが、これで良い。粘ると、決意が鈍りそうだった。
泣きそうな想いを堪え、最後に脳裏を過ったのは、妻の顔。
(ミリアナは、こんな気持ちだったのかねぇ)
死ねない理由は、もう無かった。
翌朝、老人の遺体が発見され、犯人の捜索が為されたが、決死の捜索も実を結ばず、事件は迷宮入りした。
老人の死に涙した者は数知れず、
老人の死を悼む者の中に、魔王の姿は無かった。
「魔王様」
「なんだ」
曇天の空、墓地へ埋められる老人を遠くから目にしながら、魔王様は応える。
「あの方を好きだったんですか?」
「好きか嫌いかで言うのなら、まぁ、嫌いではないとも」
「他に方法があったら良かったんですけど……」
「お前もあやつを気に入っていたのだな」
「喋りませんでしたけど、人間の中では結構」
「そうか。……もしも俺に『憤怒の代行者』ではなく『死霊術』が宿っていたのなら、別の方法もあったのかもしれんな」
墓地では、老人の墓石の前で泣き崩れる中年の姿がある。恐らくは息子なのだろう。彼の後ろでは妻であろう女性が涙を滲ませ、その子供である孫が空気にあてられたのか暗い表情を浮かべている。
一頻り遠くから眺めて、魔王様は踵を返した。
「行くか」
「はい。貴方の行く先になら、何処までも」
「うむ」
墓地に背を向け、魔王様は行く。
老人へ別れを告げながら。
「さらばだ。我が友よ」
次回、勇者出ます。




