030 老人、笑顔
週2~3が精一杯。
戦天使の体は光の粒となって消滅した。といっても、一時的に消えただけで、またすぐに復活するだろうが、問題ない。
天使ごときに魔王様は殺せないのだから
「……」
後に残ったのは抉れた壁と、僅かな寂寥感。寂寞たる想いが湧き上がり、首を傾げる。
数瞬考え、過去の記憶に引っ張られたのだと悟る。
何処かの魔王が戦天使と仲良くしたのだろうと結論付け、それ以上思考を巡らせなかった。
今でさえ九割方記憶の整理を放棄しているのだ。何代前の魔王が仲良くしていたのかは知らない上に、記憶を掘り返すには莫大な時間が掛かる。不毛だ。
(神は殺す)
何故殺すのかも分からず、
(それが俺の)
何故争うのかも分からず、
(存在理由)
根幹にある衝動に突き動かされる。
力を抜いて、ふっ、と笑う。
「傀儡とは、良くもまあ言えたものだ」
ひとつ、深く息を吐いて、振り返る。
そこには誇らしげな侍女と、驚いてばかりの老人と、何処かつまらなそうなダンジョンマスターが居る。
「帰るか」
ここですべき事は終わった。天使が居たのは思わぬ幸運だったが、これで神に存在が知られただろう。
少し、急ぐ必要がある。
帰りは楽だった。ダンジョンマスターが投影パネルを操作すると、彼を除いてみなが地上に出ていた。
太陽の光が眩しい。
ダンジョンマスターは簡単にダンジョンを離れられない。出る為にはポイントが掛かるようで、時間経過が湯水の如く消費すると聞いた。
新たなダンジョンを創る為の種を用意し、更に外に出る為にもポイントを稼ぐ必要がある。
彼の魔王軍への加入は、長い目で見るしかないだろう。
「……圧倒的人手不足」
エルフの協力で、魔族の食糧事情は解消され、訓練する時間もそれなりに取れている。
だが、彼等彼女等はまだ弱い。十倍の戦力差で以て来られたら蹂躙されるのは目に見えている。
武芸に秀でた魔王様。その体はひとつ。一度に行ける場所もひとつ。
魔族最強レイモスに並び立つ程は期待しないが、魔王軍団長マスキエルぐらいの実力者が欲しい。それも大量に。
魔族の現状を改めて確認し、魔王様は額をトントンと叩く。頭が痛くなったようだ。
「バグング様!」
若者の声が響く。
魔王様が顔を上げて確認すると、五人一グループが四組程、魔王様達、正確にはバグングに迫っている。
全員軽装ながらも鎧装備で、身軽さを意識したもの。恐らくダンジョンを調査する為に編成された者達だろう。
「……様ア?」
胡乱げな眼差しを老人へ向ける。
バグングはフルフェイス越しでも分かる程、不機嫌を露にした。
「様言うんじゃねえよわけぇーの!」
カーッツ! と空気がびりびりと震える声量でバグングは怒声を上げる。
「もうダンジョンに異常はねぇ。念の為今日一杯は誰も入れんなよ! 明日からは通常通り普段通りいつも通りだ、分かったか!?」
「さ、サー・イエ・サー!」
若者達は涙目で去っていった。
折角装備を揃えて来たのに追い返される。哀れだ。
彼等の背中からは、何処と無く哀愁が漂っている。ような気がした。
気がしただけで、魔王様には関係ない。どうでもいい。
そんな事よりも気になる事があった。
「……さまぁ?」
訝しげに繰り返す。
バグングは困ったようにフルフェイスで顔を隠して、諦めたように肩をこれでもかと大きく落とす。
シールドを持ち上げて、魔王様と直で目を合わせた。そこに隔てる物は何もない。
「わしって四階級なのじゃ~」
「今更老人っぽいキャラ作りをするでない気持ち悪い」
「気持ち悪いはおいちゃん流石にないと思うんじゃ~」
「で、四階級だとどうなる? 何かあるのか?」
「あー、そういやあんちゃん冒険者じゃないんだったな」
うむ、と頷く。
ダンジョンで伝えた言葉を覚えているようだ。老人なのに。老人なのに。ボケてもいいお年頃なのに。
「バグングよ。何かボケろ」
「何言ってんだあんちゃん?」
魔王様の突然の無茶ぶりはスルーするとして、老人は続ける。
「四階級っつうとそうだな。まあ交易都市ぐらいの価値はあるんじゃねえの? 組合の価値基準はいまいち分からんが」
割りと重要。そんな立ち位置。
それで何か面倒な義務はあるのかと訊いたが、驚く事に何もないらしい。
元々は自由気儘な旅人で、変に義務を押し付ければ他所の国へと逃げてしまう。そんな理由から枷を付けていないそうだ。
その代わりとして、割りの良い仕事を優先して回されるようで、旅のついでに稼ぐ事が出来るとのこと。
旅する便利屋。そんな認識で大丈夫だろう。
つまりバグングは、そこ等の貴族よりも立場が上なのだ。
「……ほー」
胡散臭い。
「なんだその胡散臭そうな顔は」
バレた。
バレたところで、何かがある訳ではない。
魔王様は周囲を見回す。
今日はもう稼げないと悟るや、露店の店主は不満を露に片付けを始めている。
まだ今日という時間はあるので、何処かでまた開くのだろうが、有利な場所はもう取られているだろうし、稼げてもそこそこ止まりだろう。
ダンジョン前広場はやがて閑散とする。
ひとが居なくなったのだから当たり前なのだが、魔王様はその光景に見覚え、いや、既知感があった。
未だ瓦礫の撤去が進まず、立ち入り禁止となっている区画。
何も残っていない事を確認する為に立ち入り、そこの寂しさと酷く類似している。
(何もない。ひとも、物も、何も)
空っぽだった。
土地だけの、空っぽな場所。
まるで、魔族の未来のようで、ただただ不快だった。
(未来か)
天を仰ぐ。そこには青い空と、白い雲と、赤い太陽がある。
太陽が沈めば夜が来る。夜が明ければ朝が来る。朝が暮れれば月が出る。
決まりきったこの世の円環。繰り返される退屈な日々。刺激を求めて奔放に生きる。
それは果たして、未来と言えるのだろうか。
「魔王様?」
心配そうな侍女の声に、天に向けていた顔を下ろす。
「戻らんな」
キャンの赤くなってしまった髪をぐしぐしと撫で付ける。存外、栗色を気に入っていたとこの時初めて気付いた。
「う~……、私としては忠誠の証みたいなので嬉しいんですけど、嫌なら染めますよ?」
唸りながら乱れた髪を直しながらの提案、魔王様はとんでもないといった様子で、
「止さんか、髪が痛むだろう」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題だ」
「そういう問題なのか……」
そういう問題らしい。
気が抜けたのか、魔王様は欠伸を漏らした。朝早く起き、力の解放に、戦争ゲームではしゃぎ、戦天使と殺し合い、ダンジョンマスターとこれからの予定を擦り合わせ、短時間で濃密な内容をこなしている。
肉体的に疲れない魔王様だが、精神は疲労する。
宿に帰って、惰眠を貪りたい気分だった。
「ではなバグング」
その言葉を皮切りに、魔王様と侍女は歩き出す。
老人が僅かな寂しさを感じながら、その背に別れの挨拶を掛けようとする前に、魔王様は振り向いた。
そして、
「また会おう」
その言葉にバグングは無性に嬉しくなり、満面の笑みで頷いた。
「おう、またな!」




