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憤怒の代行者  作者: KKSY
30/38

030 老人、笑顔

 週2~3が精一杯。

 戦天使の体は光の粒となって消滅した。といっても、一時的に消えただけで、またすぐに復活するだろうが、問題ない。

 天使ごときに魔王様は殺せないのだから


「……」


 後に残ったのは抉れた壁と、僅かな寂寥感。寂寞たる想いが湧き上がり、首を傾げる。


 数瞬考え、過去の記憶に引っ張られたのだと悟る。

 何処かの魔王が戦天使と仲良くしたのだろうと結論付け、それ以上思考を巡らせなかった。

 今でさえ九割方記憶の整理を放棄しているのだ。何代前の魔王が仲良くしていたのかは知らない上に、記憶を掘り返すには莫大な時間が掛かる。不毛だ。


(神は殺す)


 何故殺すのかも分からず、


(それが俺の)


 何故争うのかも分からず、


(存在理由)


 根幹にある衝動に突き動かされる。


 力を抜いて、ふっ、と笑う。


「傀儡とは、良くもまあ言えたものだ」


 ひとつ、深く息を吐いて、振り返る。


 そこには誇らしげな侍女と、驚いてばかりの老人と、何処かつまらなそうなダンジョンマスターが居る。


「帰るか」


 ここですべき事は終わった。天使が居たのは思わぬ幸運だったが、これで神に存在が知られただろう。


 少し、急ぐ必要がある。




 帰りは楽だった。ダンジョンマスターが投影パネルを操作すると、彼を除いてみなが地上に出ていた。


 太陽の光が眩しい。


 ダンジョンマスターは簡単にダンジョンを離れられない。出る為にはポイントが掛かるようで、時間経過が湯水の如く消費すると聞いた。

 新たなダンジョンを創る為の種を用意し、更に外に出る為にもポイントを稼ぐ必要がある。

 彼の魔王軍への加入は、長い目で見るしかないだろう。


「……圧倒的人手不足」


 エルフの協力で、魔族の食糧事情は解消され、訓練する時間もそれなりに取れている。

 だが、彼等彼女等はまだ弱い。十倍の戦力差で以て来られたら蹂躙されるのは目に見えている。


 武芸に秀でた魔王様。その体はひとつ。一度に行ける場所もひとつ。

 魔族最強レイモスに並び立つ程は期待しないが、魔王軍団長マスキエルぐらいの実力者が欲しい。それも大量に。


 魔族の現状を改めて確認し、魔王様は額をトントンと叩く。頭が痛くなったようだ。


「バグング様!」


 若者の声が響く。


 魔王様が顔を上げて確認すると、五人一グループが四組程、魔王様達、正確にはバグングに迫っている。

 全員軽装ながらも鎧装備で、身軽さを意識したもの。恐らくダンジョンを調査する為に編成された者達だろう。


「……様ア?」


 胡乱げな眼差しを老人へ向ける。

 バグングはフルフェイス越しでも分かる程、不機嫌を露にした。


「様言うんじゃねえよわけぇーの!」


 カーッツ! と空気がびりびりと震える声量でバグングは怒声を上げる。


「もうダンジョンに異常はねぇ。念の為今日一杯は誰も入れんなよ! 明日からは通常通り普段通りいつも通りだ、分かったか!?」


「さ、サー・イエ・サー!」


 若者達は涙目で去っていった。

 折角装備を揃えて来たのに追い返される。哀れだ。

 彼等の背中からは、何処と無く哀愁が漂っている。ような気がした。

 気がしただけで、魔王様には関係ない。どうでもいい。


 そんな事よりも気になる事があった。


「……さまぁ?」


 訝しげに繰り返す。

 バグングは困ったようにフルフェイスで顔を隠して、諦めたように肩をこれでもかと大きく落とす。

 シールドを持ち上げて、魔王様と直で目を合わせた。そこに隔てる物は何もない。


「わしって四階級(サファイア)なのじゃ~」


「今更老人っぽいキャラ作りをするでない気持ち悪い」


「気持ち悪いはおいちゃん流石にないと思うんじゃ~」


「で、四階級(サファイア)だとどうなる? 何かあるのか?」


「あー、そういやあんちゃん冒険者じゃないんだったな」


 うむ、と頷く。

 ダンジョンで伝えた言葉を覚えているようだ。老人なのに。老人なのに。ボケてもいいお年頃なのに。


「バグングよ。何かボケろ」


「何言ってんだあんちゃん?」


 魔王様の突然の無茶ぶりはスルーするとして、老人は続ける。


四階級(サファイア)っつうとそうだな。まあ交易都市ぐらいの価値はあるんじゃねえの? 組合の価値基準はいまいち分からんが」


 割りと重要。そんな立ち位置。


 それで何か面倒な義務はあるのかと訊いたが、驚く事に何もないらしい。

 元々は自由気儘な旅人で、変に義務を押し付ければ他所の国へと逃げてしまう。そんな理由から枷を付けていないそうだ。

 その代わりとして、割りの良い仕事を優先して回されるようで、旅のついでに稼ぐ事が出来るとのこと。


 旅する便利屋。そんな認識で大丈夫だろう。


 つまりバグングは、そこ等の貴族よりも立場が上なのだ。


「……ほー」


 胡散臭い。


「なんだその胡散臭そうな顔は」


 バレた。


 バレたところで、何かがある訳ではない。

 魔王様は周囲を見回す。

 今日はもう稼げないと悟るや、露店の店主は不満を露に片付けを始めている。

 まだ今日という時間はあるので、何処かでまた開くのだろうが、有利な場所はもう取られているだろうし、稼げてもそこそこ止まりだろう。


 ダンジョン前広場はやがて閑散とする。

 ひとが居なくなったのだから当たり前なのだが、魔王様はその光景に見覚え、いや、既知感があった。


 未だ瓦礫の撤去が進まず、立ち入り禁止となっている区画。

 何も残っていない事を確認する為に立ち入り、そこの寂しさと酷く類似している。


(何もない。ひとも、物も、何も)


 空っぽだった。


 土地だけの、空っぽな場所。


 まるで、魔族の未来のようで、ただただ不快だった。


(未来か)


 天を仰ぐ。そこには青い空と、白い雲と、赤い太陽がある。


 太陽が沈めば夜が来る。夜が明ければ朝が来る。朝が暮れれば月が出る。


 決まりきったこの世の円環。繰り返される退屈な日々。刺激を求めて奔放に生きる。


 それは果たして、未来と言えるのだろうか。


「魔王様?」


 心配そうな侍女の声に、天に向けていた顔を下ろす。


「戻らんな」


 キャンの赤くなってしまった髪をぐしぐしと撫で付ける。存外、栗色を気に入っていたとこの時初めて気付いた。


「う~……、私としては忠誠の証みたいなので嬉しいんですけど、嫌なら染めますよ?」


 唸りながら乱れた髪を直しながらの提案、魔王様はとんでもないといった様子で、


()さんか、髪が痛むだろう」


「そういう問題ですか?」


「そういう問題だ」


「そういう問題なのか……」


 そういう問題らしい。


 気が抜けたのか、魔王様は欠伸を漏らした。朝早く起き、力の解放に、戦争ゲームではしゃぎ、戦天使と殺し合い、ダンジョンマスターとこれからの予定を擦り合わせ、短時間で濃密な内容をこなしている。

 肉体的に疲れない魔王様だが、精神は疲労する。


 宿に帰って、惰眠を貪りたい気分だった。


「ではなバグング」


 その言葉を皮切りに、魔王様と侍女は歩き出す。


 老人が僅かな寂しさを感じながら、その背に別れの挨拶を掛けようとする前に、魔王様は振り向いた。

 そして、


また(・・)会おう」


 その言葉にバグングは無性に嬉しくなり、満面の笑みで頷いた。


「おう、またな!」

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