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憤怒の代行者  作者: KKSY
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029 戦天使は訳も知らず

 地下特有のひんやりとした空気の中、四人の男女が集い下らないやり取りを展開し、装飾品と化した赤き龍が荒ぶる。


 そんな彼等彼女等を部屋の出口からひっそりと眺め、戦天使は剣を握る手から力を抜いた。


 それはいつか見た光景と重なっていて、今と昔の境遇を思い出し、その落差に泣きそうな想いをなんとか堪える。


(魔王は敵。倒すべき敵。殺すべき敵)


 通路の影で踞り、そう自分に言い聞かせる。


 いつかの光景など忘れろ。

 あの魔王は既に別物だ。

 自身の愛した魔王はもう居ない。


 魔王とは絶対者だ。何度も何度も生まれ変わり、記憶を引き継いで現れ出る。


 幾度もの剣を交わし、数え切れない程の言葉を交わし、数多の死を受け入れてきた。

 だが、

 こんなにも最低な気分で対峙するのは初めてだった。


 立ち上がり、剣を握る手に改めて力を込める。


 白い翼を引き伸ばしたかのような剣に、左腕にくくりつけた小さな円盾。戦天使専用の鎧装備を身に纏い、少女は部屋へと躍り出る。

 何処までも加速する体で身を捻り、大きく剣を引いて必殺の一撃を放つ為に溜める。


「ぬ?」


(気付かれた)


 出来るだけ音を出さないようにと心掛けたが、やはり甘かったらしい。


 片眉を上げながら振り返る魔王と視線が交差する。

 それも一瞬の事。魔王の手は背の大剣へと伸びている。

 やはり速い。流石だ。


 ふたりの距離が縮まる。互いの距離は三メートル圏内。剣の切っ先で魔王の首を落とすには充分な距離である。


「――ヌァアッ!」


 これでもかと溜められた一撃は、鋭く洗練されている。

 本来打撃系の武器で相手をする硬い甲殻を持つ魔物だろうと、問答無用で一閃の元に切り伏せる必殺の一撃。


 鎧相手でも関係なく切り裂く一撃が、間違いなく弾かれた。

 弾かれ、上がる腕。無防備に宙を泳ぐ自分の体。そして返す刃で仕留めようと迫る凶刃。


 このまま行けば、戦天使の上半身と下半身はおさらばするだろう。だが、そうはならない。


 戦天使の体が空中で停止、いや滞空する。


 その背からは何処かコミカルチックな一対の翼が生えている。

 これでもかと広げ突撃の勢いを殺しきったのだ。

 当然それだけでかわし切れる程魔王の大剣は短くない。


 地を蹴って、大剣を飛び越える様にして身を捻る。


「むっ」


 目測をずらされ、魔王による一撃は空振りに終わる。

 それでも、大気を巻き込んで唸る大剣の余波まではやり過ごす事が出来なかった。


 四肢をもがれるような突風を浴びせられ、吹き飛ぶ体は壁へ激突する直前で止まる。

 その過程で起きた圧迫感に気が滅入るが、気にしては居られない。


 激しい移動によって掻き乱された大気がぶわっと四散する。

 黒曜石の壁から空気が爆散するような音が響き、拳大の石が吹き飛ばされた。


「避けられるとはな」


 腹に直接鉛でも詰められた様な重圧。

 たった一言喋るだけで、体に枷を嵌められた様な錯覚に陥る。


「それはこちらの台詞だ。魔王」


 気丈さを保つ事も精一杯。虚勢を張る為に不敵な笑みを浮かべて見るも、少しでも気を抜けば膝が砕けてしまいそうだ。


 相も変わらず、初代から相手を屈服させようとしてくる威圧感は健在か、と自嘲する。


 先代の魔王が目的を成し遂げ、代替わりした新たな魔王は長い眠りに就いていた。

 少しは腑抜けたかと思っていたが、全然である。


 少し遅れて、侍女と老人が愕然とした様子で瞠目する。どうやら先程の切り合いが見えなかったようだ。

 ただひとり、ダンジョンマスターだけは何やら意外そうであるが、その目は虎視眈々と好機を窺う獣そのもので、実に分かりやすい。


 幾ら仲が良くなろうが、気を許せる間柄になろうが、心の拠り所としようが、敵を殺す。その意志をありありと見せ付けられて、たぎる闘志があった。


「聞こう。神に仕えし傀儡よ。貴様は何故ダンジョンを利用する」


「魔王が知る意味はない」


「あるな。この俺は神を殺す為に在る。故に、目的を問い質すのは道理であろう」


 まさにその通り。

 頭は回らないクセに一人前に理詰めで迫るとは、今代の魔王は余りにも似すぎている。


 魔王は魔族を導き、神を殺す者。それに間違いはない。

 理論武装ではやり込めない。


「その通りだな。だが、わざわざ語る必要もない」


 翼の様な剣を構える。一対の翼を広げて、爪先に力を込めた。


「……ただひとつ。語るのであれば」


 地を抉る勢いで蹴り出し、爆発的な推進力の元、戦天使は魔王に肉薄する。

 火花と共に剣が交差し、すれ違い様に一言囁く。


「主が変わったのだ」


 翼を広げてブレーキを掛け、地面すれすれに降下し足を切り払う。が、魔王は跳躍でかわした。


「どういう事だ」


 落下の勢いそのままに、顔を潰そうと足を揃える魔王だが、戦天使には翼がある。そこが空中である以上、彼女は自由自在な機動を取れる。

 低空のまま回避運動と共に体を捻っては踵を魔王の極悪顔に叩き込むが、頭突きで相殺しないで貰いたいと切に思う。


 反動を利用して体勢を正し、迫る刃を下がる事でやり過ごす。


「どうもこうもない。事実、やり口が変わっている。貴様も気付いている筈だ」


「確かに、な!」


 踏み込み、一条の槍と化した魔王を円盾で受け止める。

 ギシギシと骨が軋み、筋肉の筋が悲鳴を上げる程のタックル。


「彼女をこの手で殺せないのは実に惜しいが」


 空中でこれでもかと踏ん張るが、少しずつ押し込まれ始め、そして。


「この俺の存在理由に変わりはない!」


 ある時を境に、堰を切ったような加速。止められず、戦天使は壁と魔王に押し潰されかけた。


 折れた肋骨が肺にでも刺さったのか、胃液の変わりにどろりとした血の塊を吐き出す。

 なおも魔王は力を込めているのか、圧迫感が増している。このままではいずれ体の真ん中から押し潰されるだろう。


「ぐっ、ぁ――、ぬぐぅ!!」


 頼りの翼は壁に埋もれ、地に付いていない足はバタバタと空を蹴るだけに終わる。抵抗のしようがなく、息苦しさは増すばかりだ。


 気が遠く成り始め、苦しさは何処かへと消えていく。

 走馬灯の様に記憶が掘り返され、先程の光景繋がりか、生まれた瞬間の出来事が想起される。


 それは、温かな情景。

 魔王が居て、女神が居て、ふたりに温かく迎え入れられる。

 戦天使はただただ困惑するばかりで、子供の様にはしゃぐ女神を面倒臭げに叱り、たしなめる魔王は、それでも楽しそうで、釣られてくすりと微笑んだ時間。


(嗚呼……こんな時も、あ、ったなぁ)


 喪われた時間は、何度望もうと戻ってはこない。


 薄れ行く意識の中、戦天使に残るのはいつも小さな疑問。


 ――私達は、

 何故殺し合わなければならないのか――

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