024 デュエルスタンバイ
どれ程落下したのだろうか。
途中で飽きて加速したというのに、未だ底が見えない。
「ねぇ魔王様? なんだかチリチリしません?」
「む。ちょっと燃えたか」
「燃えたかじゃありませんよ!?」
速度の出しすぎで空気摩擦で発火したらしい。
即座に防御魔術を展開すると、炎に包まれた大玉が赤い尾を引いて落下する光景が生まれた。
「ぅぅ……。この胸が飛びそうな浮遊感まだ続くんですか? そろそろ心臓が口からポロっと行きそうです」
「ポロっと出たら食ってやる」
「……口押さえてます」
悪戯小僧の様な笑みの中に、何処となく本気を感じて肝が出ないように押さえ付ける。
残念という顔をしながら「冗談だ」と述べる魔王様だが、全く冗談に聞こえなかったのは何故なのかと問いたい。口押さえてるから無理だが。
ふむと魔王様は眼下を見据える。
いい加減何処まで落ちるのだとうんざり気味で、更に加速しようかと企んでいる時だった。
半径三メートル圏内に地面が入った。
魔王様の取った行動は単純。防御魔術の強化である。
落下、衝撃、轟音。
硬い岩をゴリゴリと掘削するような騒音が耳朶を打ち鳴らし、耳鳴りと供にキャンは仰天する。
最終的に二十メートル程くり貫くように埋もれ、防御魔術を解除すれば積み重なった瓦礫が容赦なく降り注ぐだろう。
だが問題ない。我等が魔王様は大抵力業で解決する。
今回も例外ではない。
円形の防御魔術。まぁるい防御魔術。コロコロ転がせそうな防御魔術。
魔王様はニンマリと笑った。
嫌な予感がしたのか、キャンはぎゅっと魔王様にしがみつく。
瞬間、大玉が岩の甲殻を持つ地面から穿ち出た。
積み重なった瓦礫を漏れ無く吹き飛ばし、宙に浮かぶは魔王様の防御魔術。二メートル超えの魔王様をすっぽりと覆う大きな玉は高速回転を始めている。
それはもう、ギュルギュルと。
「ハーッハッハッハーッ! さあ、行くぞッ!」
地に付いた防御魔術は地面を抉りながら耳障りな高音を撒き散らし、壁に向かって突貫する。
黒曜石の壁は僅かだか抵抗した。
次第に赤熱し、摩擦によってどろりと溶け出すまではしっかりと受け止めていたのだ。
霞むほどに脚を動かす魔王様。激しく上下する視界に酔いながら、キャンは改めて主の無茶苦茶ぶりを再確認するのであった。
***
そこは、謂わば引き籠り部屋だった。
生活に必須な品を適当に揃え、世に溢れる有りとあらゆる娯楽の限りを集めた物が散乱する……。一言で言ってしまえば整理整頓の為されていない部屋。
全体的にモノトーンな色調。白だけだと明るく、黒一色だとそれはそれでくらいという考えから単色を交互に織り混ぜるという結論に辿り着いた。
これはこれで目が痛くなりそうな彩色だが、部屋の主は満足している。
不健康な肌艶、余り寝ていないのか目元には消えない隈が浮き上がり、頬がやや痩けている。ボサボサでくすんだ水色の髪は定期的に切っているのか短めである。
健康的な生活サイクルを送っていれば、立派な美丈夫になっていたであろう目鼻立ち。実に勿体無い。残念なイケメンとは彼の事に違いない。
着替えるのが面倒なのか、上下ひとつの服装。ワンピースめいたその服のせいか、病人のようである。
そして、彼こそは洞窟型ダンジョンを維持運営する者。
ダンジョンマスターである。
彼はごろりとふかふかな寝台に寝転がりながら、何処か億劫そうに投影パネルを弄っている。
現在ダンジョンに侵入中の魔王と侍女をモニターしているのだ。覗き、ダメ、ゼッタイ。
青白い光を放つスクリーンの奥には、今しがた魔王様がダンジョンマスターに訴えた後が映っている。
「代替わりなんてしてませんよ~、してたら僕は起きてないもの」
可能なら一年中惰眠を貪っていたい。
それが彼の望みである。なんてダメ人間なんだ。
ごろごろうだうだしていると、魔王と侍女に変化が起きた。
何故か全体的に赤くなった。紅いというほど鮮やかなものではない、何処かおどろおどろしい赤色。
「あれが魔王の持つ今回の固有能力か。まぁ見るからにパワーアップ系だし、魔王の中ではハズレ枠だね~」
覇気のない間延びした声。何処か軽い調子の言葉を、部屋の隅でいじける女が咎める。
詰るような眼差しで、女が口を開いた。
「魔王にハズレなどあるものか。どいつもこいつも絶対者だ」
「そりゃ~ね。神様が自分を殺させる為につくった『王』だもんね」
で、と彼は続ける。
「君達は『神』と『王』の殺しあいに必要な駒、と。まったく、やになるよ」
モニターの中では今しがた魔王が十層からなる分厚い床をぶち抜いた場面。チャカチャカと弄って空間をループするようにしてから、だる~んと手足を寝台に投げ出してぐったりする。
鋭い視線を受け止めながら、然れどダンジョンマスターは覇気のない声音で呟く。
「空いた席って、奪われるものでしょ? 天使ちゃん」
天使と呼ばれた女が瞠目する。
女の姿は白を基調とした衣服に、軽装を纏ったもの。所謂ヴァルキリーやワルキューレと言った方が分かりやすい。
戦天使は苦虫を噛み潰したようなニガニガとした顔になり、ぷいっと背ける。
それが何も言うつもりはないという表れなのだと、二桁単位での付き合いのダンジョンマスターは分かっている。
まぁいいけどさ。
そう言おうとして、突然大地を揺らす轟音に遮られる。
「何々なんなん!?」
珍しく取り乱して、モニターを凝視する。
そこには、円形の防御魔術にすっぽりと覆われた魔王が、冗談みたいに脚を動かして高速回転を始めている光景があった。
「ループ空間を突破するとか、そんなんアリーっ!?」
急ぎ映像を逆再生して、原因の究明を開始。答えは至極簡単だった。
魔王は、ただ単純にループが間に合わない程の速度を以て空間を突破したのだ。
「な、なんて強引な……」
これはもう、唖然とするしかない。
更に魔王は壁をぶち抜こうと突貫を開始。高速回転する防御魔術との摩擦で黒曜石製の壁が赤熱を始める。次第に溶けて、突破された。
「無茶苦茶するな~」
笑みが浮かぶ。
端からみれば、魔王は何かを頼りに彼の元へと一直線に進んでいる。ループ空間や黒曜石の壁の突破方を見れば、出会ってしまえば彼に勝てる見込みはない。
だからこそ戦天使は疑問に思う。
何故彼は笑うのか、と。
答えは単純。
ダンジョンとは、侵入者対ダンジョンマスターの遊びの場。
強敵が向こうからやって来て、やる気を出さない遊び人は居ない。
人間は嫌いだ。それは昔から変わらない。
あいつ等は命を懸けた遊びを弄び、危険と分かれば軍隊を送り込んでくる最低最悪な対戦相手だ。
命を懸けた遊びに倫理観などは要らないというのに、人間は分かっていない。
だから表向きは浅く造り、長い時を掛けて溜め込んだダンジョンポイントで硬く分厚い地面の下に本拠地を設置した。
彼は、人間との接触を断ち切ったのだ。
そんな時に戦天使がやって来て、やれ人間に貢献しろ、やれ逆らえば命はない、などと嘯く始末。
何度も殺してやろうと思い、自分の戦闘力を思い出しては、脱力して寝台に身を投げる事四桁単位。
今でこそ長年の付き合いで気軽なやり取りが可能だが、彼の胸中には未だ衰えない殺意の怒りが灯っている。
「……さて、じゃあ第二ラウンドといきますかね」
気合いを入れて、鍛えてない貧弱な腹筋に頑張らせて上体を起こす。両腕を前にピンと伸ばしたまま、つった脇腹の痛みに涙目になる。
「~~~~つっ、つったっ。脇腹つった、ほあ~~~ッ!」
じんじんと広がっていく痛みにのたうち回り、遂には寝台から転げ落ちる。その際逆側に腰が捻れたお陰か、つった痛みが広がりを潜めた。残ったのはじくじくとした痛みだけ。
一連の出来事を静観していた戦天使は、何やってんだこいつみたいな顔になりながらも、聖属性の光を手に宿らせて近寄る。
「何をやってるんだ貴様は……。ろくに動いていないのにそんな事をするからだ」
屈みながらダンジョンマスターの脇腹に光を押し付けて、戦天使は治癒魔術を行使する。
痛みが引いていくのを確かめながら、涙目のまま彼は言う。
「かっこう付けたかったんや。いけると思ってもうたんや」
「何処の田舎者だ」
パシン、とダンジョンマスターの尻をぶって立ち上がり、戦天使はやれやれと自分の腰に手を当てて吐息する。
そして、ダンジョンマスターが使っていた投影パネルを喚び出しては何かを操作した。
「行け! 我がモンスター部隊! 突貫だ!」
得意気に小鼻を膨らませ、ダンジョンポイントを使用してダンジョン専用モンスターを喚び出しては壁を突破する魔王にけしかける。
結果はお察し。見事高速回転する防御魔術に轢き潰されてミンチとなった。
「おいダンジョンマスター! もっと耐久力のあるモンスターはいないのか!」
「その前に、なんであんな見るからに結果が丸分かりの所へ突っ込ませるのかね。表でも罠に飛び込んで行ったし……」
起き上がる事を放棄したのか、ごろごろと床を転がりながら彼はモニターを見ている。
ダンジョンの権限は全て彼にある。
魔王が侵入して来た際に、騒ぐ戦天使にダンジョンモンスターの権限を譲渡した結果がフレンドリーファイヤ。
元々在った罠や新たに設置した罠の位置情報を伝えたというのに、意気揚々と突撃をかましては罠に引っ掛かる始末。
正直な感想は「使えね~」である。
「ではどうすると言うのだ! こんな規格外を殺せる手段があると!?」
頭に響く怒鳴り声を、耳を押さえる事でやり過ごし、彼は考える。
魔王が魔王のままなら、約束を思い出せずともそれを果たしてくれるだろう、と。
ならば、やる事は至極単純。
いつも通り、今まで通り、
「遊びますかね」
「はっ?」
意味が通じなかったらしい戦天使は、阿呆みたいに口を開けて、目を白黒させていた。
***
天使の臭いを辿って、真っ直ぐに壁をぶち抜いていると、広い空間に出た。
奥に長い長方形の空間。中心から向こう、恐らく出口、までが凹んでいて、闘技場を思わせる造り。
上から見下ろす為なのか、窪みの手前には台座がある。
眩い白い光が部屋全体を明るく照らしていて、今までの薄暗さはなんだったのだろうと思わず考えずにはいられない。
「ここは……?」
見回して、呟きを漏らすキャン。
用途不明の部屋で、警戒度を引き上げているのか、その小さな体から放たれている尋常ではない覇気は凡人を死に至らしめるだろう。
防御魔術を解除して、キャンを降ろす。
魔王様も辺りを見回して、他との違いに首を傾げた。
「そんなに警戒しなくてもいいよ~」
間延びした、覇気の欠けた声が出口から響く。
病衣のような服に身を包み、不健康な肌色をした男が居る。
妙なクセのあるくすんだ水色の髪を気だるそうに掻き、何処か軽い調子の声音が再び壁を反響しながら響いた。
「やっ。僕はダンジョンマスター。ここの維持運営をしている者だよ」
魔王様は腕を組み仁王立ちで応じる。
「我輩は魔王である。名はない!」
「サタン様ー?」
「黙るが良い栗色よ。その名は、ださいのだ」
久方ぶりに栗色呼びされたキャン。胸を押さえながらしょぼんぬする彼女を無視して、魔王様はダンジョンマスターと向き合う。
「まずは問おう。何故人間嫌いの貴様がむざむざダンジョン前に町を造らせている」
「まあ、単純に脅されたからー、かな? 個人的には命なんてどーでもいんだけどね。長生きしたし。でもほら? 痛いのやじゃん」
「天使か」
「正確には戦天使。戦闘に特化したおバカさんだよ」
出口の奥から女の声が響いたが、魔王様の所へ届く頃には既に意味のある音ではなくなっている。
「ならば通せ、と言いたいが、そうも行かんのだろう?」
「そうだね~。それじゃ、早速で悪いけど遊ぼっか」
「うむ?」
「別に変な事をする訳じゃないさ。勝ったら勝者、負けたら敗者。やるかい?」
顎に手を当てて思考を巡らす。といっても、複雑な事は力業で解決する魔王様だ。余り面倒な物事を読み解くにはかなりの時間が必要になる。
まずはやるやらないよりも先にルールがなんなのかを知らなければならない。
そう決めて、魔王様は訊ねた。
「遊びの内容は?」
ダンジョンマスターは遊び相手を見つけたような笑顔になる。
その目はこう語っていた。
『食いついた』と。
指を一本立てて説明する。
「ルールは至ってシンプル。お互いに同じダンジョンポイントを遣り繰りして、三回攻撃を当てれば勝利」
「ダンジョンポイント……。という事は罠とモンスターを駆使しろという事か」
「そういう事。んで、その台座は特製物でね。台座に乗っている者への攻撃を三回だけ肩代わりしてくれる。その度に、埋め込まれた宝石が砕ける。要はライフが減る」
「成る程、理解した。だが罠はどうする。貴様はダンジョン内ならば自由に設置が可能だぞ?」
「その辺はフィールド機能で設定するから大丈夫。ことゲームに関してはフェアだよ、僕」
つまり、これはルール有りの戦争ゲーム。
互いに定められたダンジョンポイントを遣り繰りし、モンスターを喚び出して部隊を整え、戦術を以て敵を殲滅する。
そこへダンジョン特有の罠が加わり、自由度の高いゲームが成立している。
ポイントの許す限り、なんでも有りなのだ。
「うむ。そのゲーム受けて立とう」
「流石魔王。思い切りがいい」
やる気が出てきたのか、ダンジョンマスターのテンションは高い。
鼻歌交じりに投影パネルを弄くり、部屋の窪み、長方形の空間に変化が起きる。
魔王様側に淡く赤い光が点り、対面でダンジョンマスター側にも淡く水色の光が点る。真ん中は中立地帯なのか、輝きはない。
恐らくは赤が魔王様陣営。先程言っていたフィールド機能で空間を区切ったのだろう。
「魔王様、大丈夫ですか?」
心配そうな侍女の声。
従者の前で、情けない姿は見せられないと魔王様は気合いを入れる。
「問題ない。さくっと勝ってくる」
台座に立つと、魔王様の手元に投影パネルが出現する。
与えられたダンジョンポイントはゴブリン換算で百体分。ライフが三である事を考慮すると、短期決戦になるだろう。
「ポイントは少なめにしたよ。ライフも少ないし、余り長くすると君自身が暴れそうだしね~」
そんな軽い声を丸っと無視して、魔王様は広大なフィールドにまず何を置くべきかで悩む。
防衛を重視するか、一気に畳み掛けるか。
「ゴブリンリーダーを一、ゴブリンアーチャーを五、ゴブリンライダー十!」
「何っ!」
呼び掛けに応じて召喚されるゴブリン達。
全体を統率する司令塔に、弓使い、そして犬に跨がるゴブリン。
その手に各々の武器を持ち、水色のフィールドに召喚された。
「ターン制じゃないんだ。まごついてる暇はないよ!」
彼の言う通り、戦争で相手の出方を見守るというのも変な話である。
慣れぬ手付きで投影パネルを操作し、何か良いものはないかと探る。
そして、とある項目で魔王様の手が止まった。
ダンジョンマスターのゴブリン達は中立地帯へ侵入を開始、ゴブリンライダーが中程で急停止し、ゴブリンアーチャーが弓に矢をつがえる。
ゴブリンリーダーの振り上げた手が降ろされるのを合図に、矢が放たれた。
迫る五の矢は放物線を描いて魔王様に殺到する。
このままではライフを全て砕かれ、魔王様の敗北が決定してしまう。
ダンジョンマスターは何もしない魔王様に落胆し、やっぱりハズレ枠だった、と嘆息した。
顔を上げて、魔王様を見る。
「――ッ!?」
邪悪に笑う、赤い眼光に射竦められた。
魔王様は迫る矢を見据えて、投影パネルを操作し、タイミングを合わせて目的のモンスターを召喚する。
「全ダンジョンポイントを使用し、いでよ! レッドスカイドラゴン!!」
眩い光が矢を掻き消す、消えた矢は硬質な音を立てて、虚しく地に落ちた。
赤い光が弾けるように四散する。
顕れ出るはとぐろを巻く龍。全長二十メートルを超える天空の王者が、その風格を見せ付ける。
大蛇の尾をしならせて、ゴブリンを薙ぎ払う。土煙が上がり、血肉が舞った。赤い鱗に覆われた長い体が血に濡れて、艶々と妖しく輝いた。
逞しい髭がゆらゆらと揺れて、王者の眼光が難を逃れたゴブリンリーダーの戦意を喪失させる。
「おっま! なんてもんを喚び出してんの!?」
強大な敵の出現に、ダンジョンマスターの悲痛な叫びが虚しく、然れどやけに響き良く木霊した。
レッドスカイドラゴンはゴブリン百体分程度では喚べませんが、そこは次回で説明入れます。




