021 侍女、悪ふざけをする
茶番回。
街道を馬が走る。その背に二メートル超えの男と、小柄ながらも女との二人乗り。風を切るように地を駆ける馬の健脚ぶりに魔王様は舌を巻く思いだ。
「この馬買い取るか」
「愛着が湧いているっ!?」
かなりオーバーに愕然とするキャン。
一日に満たない付き合いながらも、魔王様は借りた馬を気に入っていた。恐らく有象無象の馬の中からでも特定出来るだろう。魔王様ならきっとやる。
「うむ。決めた。俺は決めたぞ、キャンよ」
何故か決然とした様子で、魔王様は言ってのける。
「この疾風怒濤を買い取る!」
「疾風怒濤!? 名前ですかっ?」
魔王様の意味不明なネーミングセンスに驚愕しつつ、それはない、絶対ない、と首を左右に振る。しかし、一度こうと決めたら貫き通すのが魔王様。ネーミングセンス? 何それ美味しいの?
「良いではないか疾風怒濤。なっ、そうだな疾風怒濤?」
ぺしぺしと体を叩かれ同意を求められても、馬としては困るだけなのだが、そんな事は関係ない。轡を噛まされているので嘶く事も出来ない。
が、無言は肯定であると何処かの誰かが言っていた。
「うむ。決まりだな」
「決まってません、何も決まってませんよ!」
満足げに頷いて笑みを見せる魔王様。そんな意味不明な名前を付けられる馬が可哀想だと断固阻止するべくキャンは喚く。
魔王様の赤黒い瞳が爛々と輝いた。
「キャンよ。黙れ。疾風怒濤はもう決まりだ。異論は認めん」
「横暴だあ――――!」
そんなこんなを経て疾風怒濤で名前決定。描写する際の四字熟語選びで大変迷惑な馬の誕生である。
おめでとう疾風怒濤! ありがとう疾風怒濤! さようなら疾風怒濤! 紛らわしいぞ疾風怒濤!
「…………」
異論は認めないと強く主張され、侍女としてはもう何も言えない。
なので素直な感想を口にする。
「それでも疾風怒濤はないと思いますよ」
尤もである。間違いなく誰もがそう思うだろう。
そこまで言われると、流石の魔王様でも自信がなくなるのか、次々と考えていた名前候補を呟いていく。
「ウオノメ、ゲロシャブ、ペペロンチーノ、アビリルラビン」
「疾風怒濤で良いです」
これは酷いの一言。魔王様にネーミングセンスは皆無。特に最後の適当さは群を抜いている。何をどうすればそんな言葉が名前として浮かぶのかと問いたい。激しく問いたい。そんな思いで一杯だった。
依頼にあった村に着いたのは、それから半時してからだった。
農村なのか、畑と田んぼが多く、昼をだいぶ過ぎている筈なのに畑仕事をしている村人が多い。敵意がない事をアピールすべく、目が合う度ににこやかに手を振る。
その間、キャンはなんとも言えない顔をしていた。
魔族の態勢が整うまで目立つ訳にはいかないとは言え、敬愛する魔王様が人間なんぞに媚を売るような行いをする目にすると、どうしようもない殺意が煮えたぎる。
村人を威圧しないようにと馬を降り、田畑に挟まれた畦道を並んで歩くふたり。
村全体、その外側には狼などを筆頭にした野性動物が入れないよう柵が打ち込まれている。近くの樹は伐採されており、見通しは良い方だ。
天気は曇りで蒸し暑いが、雲が薄いのか日差しがないだけで充分に明るい。
「さて、依頼にあった配達先は……」
依頼の紙と一緒に折り畳まれていた地図は、子供が書いたのか殴り書きのようで、大変分かりづらい。その横、小さな余白に親が書いたであろう補足と目的地の目印が書き込まれている。ありがたい事だ。
そこで、当たり前のように依頼を遂行している自分に気づく魔王様。紙をキャンに投げ渡す。
「冒険者ではない俺が依頼をしてどうするっ!」
今の今まで無自覚に行っていたらしく、頭を抱えてショックを受ける仕草。ついで、ずいっと付き従うままのキャンに顔を近づける。
「キャン、良いか? キャンよ。これから俺は一切手を出さん。貴様が依頼を受け、遂行せよ。良いな?」
強く言い聞かせる。キャンの精神を快復させる為に冒険者にしたというのに、その全てを代行しては意味がないのだ。
「それでは――」
何故かキッと魔王様の赤黒い瞳を強く見つめ返し、キャンは言ってはならない事を口にする。
「それでは――、魔王様がヒモになってしまいます!!」
雷鳴が轟いた。それは、魔王様が衝撃に打ちひしがれる音だった。
よろよろと数歩後退し、わなわなと体を震わせる。瞠目し、信じられないと否定するように首を振る。
「あ、有り得んっ。この、この俺が、ヒモ、だと?」
脱力し、ガックリと膝をついて項垂れる。
侍女は涙を拭う仕草をしながら、慰めるように、
「魔王様。お辛いでしょうが、それが事実なのです。どうか、どうかお気を確かにっ。そして現実を見てくださいっ。いたいけなこの美っ少女に日銭を稼がせ、自分がその大事なお金を散財している事実に!」
「ぬがァあああああああーーーーーーー!!!」
魔王様は慟哭する。今まで無自覚に行ってきた数々の行いに後悔し、滂沱の涙を流す。滅ぼすと決めた神に懺悔し、どうしたらこの罪を償えるかをすがる思いで尋ねようとしたところで、すっと立ち上がる。
まるで何事もなかったかのように、涙の跡すらなくケロっとしている。
「そもそもこれが初依頼なのだがな」
「それを言っちゃおしまいですよ」
ははははは! と声を大にして笑い合う魔王様と侍女。そんなふたりを見つめるのは何処か呆れた様子の疾風怒濤と何事かと農作業をしていた村人数名。先程の悲愴感はなんだったのやら。
取り敢えずとして、今日の教訓は悪乗り大好き大魔人に悪ふざけを仕掛けてはいけない、だろう。
仕掛けたら最後、茶番が始まる事がここに証明された。
馬の入手、その切っ掛けが目的で、全く物語と関係のない話になってしまいました。
馬を気に入るってところでは意味を成しているんでしょうけど、うーむ。
そんな訳もあって短いです。何事もありません。




