020 魔王様、うだうだする
ダンジョン前の町へと入り、馬屋へと借りた馬を預ける。
そこで魔王様は管理人へと尋ねた。
「ひとつ聞くが、馬を持ち逃げされる事はないのか?」
「あんた田舎からでも来たのかい?」
管理人は苦笑し、親切に何故盗難されないのかを説明する。
「借りる時に名前を書いた筈だろう? で、いつまでに返せとか言われた筈だ」
二枚で一対のタグを馬の耳に付け、片割れを魔王様に渡しながら管理人は続ける。
「期限を過ぎればブラックリスト行き、そんで冒険者組合からも指名手配されるのさ。しかも賞金つきで」
「偽名や代行だった場合は?」
因みに借りた馬はキャン名義である。
「偽名はない、住民票や冒険者組合からの身分証明書が借りる時に必要だろう? もし出来るなら高度な偽装工作が必要になるだろうし、そんな手間をかけるなら素直に返した方が安上がりだろう。金でも時間でもリスクでも。
代行はそもそもないな。今言ったみたいにリスクがあるし、大抵のやつは自分でやれって突っぱねるだろうよ」
そう言い終え、管理人は魔王様へ訝しそうに目を向けるが、魔王様がなんとも言えない表情で隣に佇むキャンへ視線をやったお陰か、管理人は「ああ」と納得した。
ついで、二人の危機管理能力の低さが心配になったのか、お節介な一言。
「気を付けなよ? あんた等みたいなカップルでも、盗難されて片方が逮捕! なんて事も多いからな」
「カップルじゃありません。そんな畏れ多い」
ずいっと顔を近づけて、「お前正気か?」と目で訴える侍女。
そんな事もあり管理人は魔王様を箱入り嫡男か何かかと勘違いするのだが、おおよそその通りなのであながち間違いでもない。
疑問点がある魔王様は顎に手をやったままで二人のやり取りには気がついていない。キャンはほっと安堵する。
「指名手配されると言ったが、冒険者組合の支部間でのやり取りには何を使っているのか、分かるか?」
「あ、あぁ、そんな事か」
爛々と輝く赤黒い瞳の迫力に腰を引きながら、管理人はなんでもない事のように告げる。
「過去の勇者様が技術革命したかなんだか知らないが、魔導具で通達とかしているらしい。最近では紙に書いた内容を送るなんて事も出来るみたいだがな」
「……キャン、冒険者組合、その支部の総数は?」
突然の問い掛け、しかしキャンは即座に答える。
「この国だけでも三百を超えています」
***
借りた宿の一室で、魔王様は鎧を脱ぎ捨てて寝台にダイブした後はひたすらうだうだしていた。嫌になる気持ちを体全体で表現するように手足をバタバタさせては、「うが~」と呻いてある。
壁際で粛々と佇むキャンだが、毎度の事ではあるが、流石にその光景にドン引きしている。
意を決して、バッタンバッタンドルフィンキックを虚空に向けて放っている魔王様に尋ねた。
「魔王様? 一体どうされたので?」
ピタッと停止。そして頭だけ動かして体は微動ださせないという器用な奇行を行い。深い深い溜め息を吐いた。暗黒色の吐息だ。
「……三百とか、最悪国家間で連絡取れるじゃん。情報網ないじゃん。気づかないじゃん。エクリプスに攻め込まれるじゃん。終わるじゃん。ダメじゃん。うだうだしないとやってられん」
エクリプスとは魔族の島の名称だ。何かしらの名前がないと不便なので、仕方なく、渋々、嫌々魔王様が命名した。未だ名前に関してはタブーなのである。
サタンとかださいと思っていても口には出していないのだから。
「エクリプス出たのにキャンの腕は四本にならないし、四脚の異形にならないし、天使の残り香がその辺から臭ってくるし」
再び溜め息。今度のは紫色の吐息だ。毒々しい。
余程参っているのか、寝台の上でバタフライを始める始末。ふざけているのか真面目なのか分からないのでキャンは止めて欲しい心境。眉根を軽く寄せて、小さく吐息。
「私は一体どういう存在なのかと激しく問いたい。って、天使?」
さらっと流しかけたがなんとか食い付く。ここを逃すと説明を面倒がってまともに取り合って貰えないのはよく、よーっく知っているのでさっさと問を投げる。
魔王様は億劫そうに、暴れていた元気は何処に言ったのやらと思える程緩慢な動きで顔をキャンに向ける。
突然くわっと目を見開いたかと思えば、次第にぬーんと閉じていく。
「ちょっとちょっと! やる気出してくださいよ魔王様! ほら、説明説明!」
「魔王、やる気、ない。ほにゃ~」
「あんたそんなキャラじゃないだろお!」
その名の通りきゃんきゃんと喚き散らすが、ぐうたらモードの魔王様はなんのその、これ程までに無益なやり取りが今まであっただろうか?
「…………」
思い当たる節しかない為キャンは哀しくなり黙り込んだ。
そんな元気のないキャンを見て、魔王様はがばっと勢いよく起き上がる。今までの彼女の苦労はなんだったのかと言うほど。ほんとになんだったんだ。
「キャンよ。気分転換に冒険者組合に行くぞ! そこで配達の依頼でも受けて町を散策しようではないか!」
キャンの首根っこを掴んで部屋を飛び出る魔王様。いつものように彼女に拒否権はない模様。哀れキャン、彼女はきっと死ぬまで振り回される。
魔王様とキャンがやって来たのはぱっと見の外観が酒場そのものの冒険者組合の窓口。支部を必要としないほど冒険者が少ないのか依頼主が居ないのか、恐らく後者。ダンジョンが近くにある事を考えると、冒険者が少ないなど有り得ない。
酒場に入ると、酒の匂いはするが酔っ払いの類いは居ない。飲食店も兼任しているのか、軽い食事ならばここで取れるだろう。二階は宿として部屋を貸し出しているのか、妙に奥まった所にある。
二人に気が付いたのか、カウンターの奥で接客する店長らしき人物が、人の良さそうな温和な笑みを浮かべる。白い歯を見せて、にかって感じだ。
「らっしゃい。飯か? 宿か?」
慣れた風に言いのける店長。その無骨な態度が気に入ったのか、魔王様も邪悪に笑みを浮かべる。にんまりって感じだ。
「依頼を貰いに来た。明日はダンジョンに向かう故、軽めのものを頼む。配達が良いのだが……。そうだな、馬もあるし、近くの村を行って戻ってくる事は可能だ」
素早く希望を言い、出来る事のアピールも忘れない。
外は暑く、鎧を着け直す気にもならなかったので普段着に大剣を背負った姿だ。キャンは侍女服が常なのでそのまま。ただしそのスカートの下には数え切れない程の刃が潜んでいる。
店長は目を白黒させたが、キャンが十階級冒険者の証を提示したお陰か、すぐに落ち着きを取り戻した。
「あ、あぁ。依頼か、依頼ね。……十階級だし、責任の伴う物は運ばせたくないが、そうだな」
懐から手帳を取り出し、十階級冒険者でも受けられる依頼を探しているのか目にも止まらぬ速さでページを捲っている。
その間、二人は暇する事になるのだが、今回は程よく時間を潰せそうだ。
「おいあんちゃん、良い女連れてるじゃねえの」
見ると、歳は五十程だろうか。顔に刻まれた深い皺は年の功を感じさせ、甲冑の上からでも分かる程がっしりと鍛えられた肉体は未だ活力にみなぎっている事が分かる。
腰には一本の剣と杖が吊ってあり、剣だけじゃなく魔術にも長けている事が窺える。
何処かからかうような声音は、新入りに世話を焼こうとする老人そのものだろう。
魔王様は鷹揚に頷いて同意する。
「うむ。キャンは良い女だ。やらんぞ?」
「ははは! いや俺にゃ先に逝っちまった妻が居るからな。浮気なんてした日にゃ枕元に化けて出てくる」
「成る程、ならば身は硬くしなければな。枕元だけじゃなく目の前に現れるかもしれん」
「うっひゃ、おっかねえ」
そんな事を言いながら、魔王様は極々自然に老人がひとりで座るテーブル席に腰掛ける。キャンにも視線で促し、彼女は軽く困惑しながらも従う。余りにも突然かつ自然過ぎて反応出来なかったのだ。
ついで、従業員に軽食を頼み、遅めの昼食を取る事にする。
老人の名はバグングと言う。元々は剣士らしかったのだが、嫁さんの形見である杖を見て、どうせだから魔術も磨こうと思い、今では立派な魔剣士であるらしい。
だが磨くのが遅かった事もあって、嫁さん程の魔術師にはなれなかった模様。それでも日に五度も魔術を行使出来るのだから人間にしては優秀である。
甲冑に何か魔術式を仕込んでいるのかと聞くと、バグングは首を横に振る。素の能力でまだまだ現役とは恐れ入った。といった様子で魔王様は老人を褒め称える。
馬が合うのか、魔王様と老人の舌は良く回り、話題には事欠かなかった。と言うのも、バグングが聞いてもいない事を語り始めるからなのだが、それはそれで貴重な情報で、魔王様は真剣そのもので傾聴していた。
頼んだ軽食と供に、依頼の紙が運ばれてきた。どうやら話が盛り上がっているのを見て店長が気を利かせたらしい。
出てきた食事は冷やしうどん。少量の薬味が数種類小皿に添えられている。
茹で時間の完璧なうどんはコシがあり、酸味のある薬味と供に食べるとなお美味い。旨味が煮詰められた出汁もしょっぱく、暑さを忘れさせる爽快な気分にさせられた。
「ではな主人、バグング」
お金を置いて、魔王様は席を立つ。キャンも続いた。
「お~う、またな若いの」
バグングは小さく手を振ると、店長と話し込み始める。これから受ける依頼の相談でもしているのかもしれない。
魔王様は手を振り返さない。振り向かずにそのまま酒場を後にした。一期一会の精神ではない。ただ単純に、どうでも良かったのだ。酒場で顔を合わせようが、何処か別の場所でばったり再会しようが、魔王様には関係ない。
人間は全て排除するのだから。
去っていく二人の後ろ姿を見送って、老人バグングは残念そうに吐息する。
男の方は礼儀正しくはなかったが、こちらを尊重していた。長い人生に敬意を払い、手放しで称賛してもらった。
たったそれだけの事だが、老人は嬉しく思ったのだ。
女の方は終始静かだったが、格好は侍女そのもの。立ち振舞いも男を最優先に置いていて、ひょっとしたら彼は良い所の出だったのかもしれない。
好奇心で声をかけたが、これは嬉しい出会いだった。
ついつい妻との冒険譚を語ってしまったが、男は嫌な顔ひとつせず真剣に聞き入ってくれていた。これほど喜ばしい事は早々ないだろう。
「機嫌が良いようですね」
敬語の言葉が老人の意識を戻す。
気付かぬ内に、物思いに耽っていたようだ。
からかうような声音は、何を考えていたのかをしっかり見抜いていたと分かる。
謝罪をひとつして、話を進める。
「で、魔王ってのは本当にテラリウス王国に来てんのかい。俺にゃいまいち分からんね」
「港町がまるごと消滅してるんです。そんな芸当、魔王以外には有り得ない。というのが王国の結論です」
「へっ! 勇者とかって奴なら出来そうじゃね?」
「聞かれたら殺されますよ」
「どんと来い」
はははと声をあげて笑う。
店長はさっと店内を見回して安堵した。
どうやら見張りは居なかったらしい。
勇者は一年以上前から消息を絶っている。何処かで死んだか、姿を隠しているのかは分からない。有り得ない可能性として、何者かに捕まり身動きが取れないか、
(はっ! 有り得んね)
自分で自分の考えを否定する。
先程の言葉は冗談ではない。勇者ならば港町のひとつやふたつ、簡単に消し飛ばせるだろう事を知っている。
テラリウス王国は、勇者を使い無人の島を消し飛ばす事で周辺国への威嚇としたのだから。
(……っち)
快然としていた気分が濁り、バグングは不機嫌を露にして木製のコップに注がれた水を一息に飲み干す。
「まっ、話は分かった。見つけたら賞金も出んだろ? 気が向いたら探してやんよ」
「お願いします。今全ての冒険者に知らせている最中なので、他の冒険者仲間を見掛けたら教えてやってください」
面倒なのか、疲れたように頭を掻きながら店長は言う。
確かに面倒だなと首肯する。
そこで引っ掛かるものを覚え、バグングは問い掛けた。
「それならなんであの嬢ちゃんに教えてやらなかったんだ?」
「十階級ですよ?」
何をバカな、といった様子だ。
「そんな、教えたら無茶してむざむざと命を手放しかねないですよ」
血気盛んな若者が身の丈に合わない事を仕出かす事例は後を絶えない。
そういう意味では、店長の判断は正しいと言える。
(う~ん、十階級……なのかねえ)
油断のない視線の置き方。侍女として護身術でも習っていたのか、重心は常に安定していた。十階級にしては、雰囲気に些細な違和感がある。
そこでふと、大した事ではないがひとつの疑問を思い出した。
視線を天井に向け、椅子の背もたれを軋ませて誰に聞かせるでもなく小さく口を開いた。
「あのあんちゃんはなん階級だったんかねえー」
名前も聞き忘れたし、という呟きは、客の訪問を告げる鈴の軽快な澄んだ音に掻き消され誰の耳にも届く事はなかった。
二千五百だと話が進まない。一万とかだと(個人的に)長い気がする。
よし、区切り良くで行きます。




