019 侍女、おっぴろげる
町から馬を借り、魔王様とキャンは馬に乗って街道を北へ進む。
二メートル超えに金属鎧を着ている魔王様と、小柄ながらもキャンとの二人乗りで、それほど速く走らせてはいない。
それでも、風を切るように走っているのだから、良い馬を引き当てられたと魔王様は満足げである。
手綱を握る魔王様。キャンはその前に腰を落ち着け、構図としては腕の中に抱き込まれている状態。流れていく風景を眺めながら、乙女畑を脳内に展開している。
頭を叩いて正気に戻し、現在向かっているダンジョンの説明をする。
「記憶上では洞窟型のダンジョンなのだが、どうにも町から集めた情報とは齟齬がある」
「私としては何百年前の記憶ですかと激しくツッコミたいです」
「キャンよ。余り卑猥な事を口にするな」
「マジトーンで勘違いするの止めてください」
「すまん、わざとだ」
「でしょうね」
咳払いをしてキャンが仕切り直す。その際、太股をギュッとつねられた魔王様は愉快愉快と高笑い。
「で、具体的にはどう食い違っているんで?」
「ダンジョン前に町が出来ている」
「…………。え? それだけ?」
「うむ」
気構えて損した、といった様子のキャンを無視して、魔王様はより詳しく記憶を掘り起こす。
件のダンジョンを運営するダンジョンマスターは激しい人間嫌いだったはず。それが何故町などをみすみす造らせているのか。
何か意図があるのかもしれないが、記憶上の彼はそんな面倒な事をするはずがない。連日ダンジョンに押し入られる事は、ダンジョンマスターにとってはかなりのストレスなのだから。
言うなれば、連日吐くまで苦手な食べ物を無理矢理咀嚼させられる、だろうか。
ダンジョン前に町を造らせる。その異常性を、魔王様はよく理解した。
楽観的に構えているキャンが、何かに気づいたのか遠くを見据えるように目を細める。ついで、すんすんと何かを嗅ぐ仕草。
それは程なくして見えてきた。
男女の二人組が倒れている。背中から太陽光を反射して自己主張をする剣を生やして、夥しい血の池に沈んでいた。
「魔王様」
「うむ」
風に乗って漂ってくる腐敗臭がきついのか、不快そうにキャンは顔をしかめている。魔王様は真面目に頷いた。
遠目でも死んでいると分かる二人組を接近し、通り過ぎる。
馬が指示もしてないのに加速する。恐らく臭いが嫌なのだろう。
「今更だが、漁って金目の物を頂けば良かったな」
「そしたら別行動ですね!」
「キャン、貴様どれほど死臭が嫌なのだ」
「魔王様が一生眠り続ける事ぐらいに嫌ですっ!」
嫌の度合いが強すぎる。
肩をすくめる。
洞窟型のダンジョンは街道を西へ逸れた先、山道を登った山の中腹に位置している。
木々を伐採し、申し訳程度の整地で土地を確保したのだろうが、ダンジョン前の町は恐らく小規模だろう。
街道を逸れる。
山道へと入り、道の脇は整備されていない草地。雑草と樹が生い茂り、人の手が入った形跡はない。
日が傾いた関係で薄暗く、道行く人を不安にさせる情景だ。
手綱を操り、馬を減速させる。怯えているのか、乗馬する二人には馬の身震いが直に伝わっていた。
ガサガサと音を立てて藪が揺れる。何かが居るのは確実。既にこちらを認識しているに違いない。
魔王様に緊張はない。姿を現し、大剣の射程圏内に踏み込んで来るのなら一太刀の内に両断する気構え。
それはキャンも同様で、僅かにスカートをたくしあげている。
気配を探る。
ガサガサうるさい藪は無視し、吸気音と呼気音、そして足音に聴覚を集中させる。
(狼? にしては音が大きい)
歴代魔王の中でも近接戦闘に特化している魔王様の認識範囲は精々が半径三メートル。その範囲内ならば瞬時に対応が可能。レイモスとの鍛練で磨き抜かれた魔王様の技は、他の追随を許さない程。
得意ではない魔術すらも人類からしたら高水準で安定しているのだから絶望的だろう。
そんな魔王様だが、今のように相手の居場所を探る事は困難なのだ。
困難なだけで、不可能ではないのが魔王様の恐ろしいところ。
「キャン、右だ」
「はいっ」
応答し、キャンは引き絞られた弓から放たれる矢の如く、乗馬の体勢からとは思えぬ程の速度を以て弾かれるように飛び出す。
スカートをたくしあげ、陰に覆われた闇の中から刃物の山々が射出される。その数は数えるのも億劫な程で、毎秒十本は飛び出ている。
ギャリギャリと金属の擦れる音を響かせ、飛翔する剣、槍、斧。刃物という刃物が隙間なく射出され、目標に向かって吸い込まれるように突き刺さる。
何本も何本も、筆舌に尽くし難い程夥しく、明らかなオーバーキル。
三秒、つまり三十もの刃物が射出された辺りでキャンは摘まんでいるスカートの裾を放した。
残心。意識を集中させて、何事も起こらない事を確認すると、くるっと華麗に回って魔王様に笑顔を見せる。そして、弾んだ声で、
「ゴミ掃除終わりましたっ」
「うむ」
鷹揚に頷いて、魔王様は隠れ潜んでいた存在を確かめるように見据える。
目視は出来ないが、妙な感じがした。
馬を落ち着かせるように撫でながら、ふむと顎に手をやる。
果たして動物に危機感を覚えさせる存在が、人類の中に居るものなのだろうか。
そこまで思考して、「あっ」と声をあげる。その声音はやらかしたという感情が滲み出ていて、キャンを不安にさせた。
「……しまったな」
「どうしましたか?」
何処か居心地が悪そうにキャンが聞く。
「いや、些事だ。先を行こう」
深い吐息をひとつして、やれやれと肩をすくめながらそう言うと、キャンは晴れ晴れとした顔を浮かべる。
手綱を操り、馬を走らせる。
後に残ったのは蹄の跡と、草地に血塗れで横たわる魔物に変異した異形の存在だけだった。
程なくして、魔王様とキャンはダンジョン前の町に辿り着く。
そこで、魔王様は宿敵と邂逅する事となるのだが、それはまだ、先の話。
二人に人間に対する慈悲など有りません。




