014 侍女は見た
漢女街道をひた走る変態勇者は置いておき。
「レイモスよ。明日人間の領土に行こうと思うのだがついて来ないか」
「唐突にさらっと重大な事を言うなよ魔王。つか何しに行くんだ?」
「人材確保」
ただし方法は外道。
「んー……。や、いいや。打倒テメーを掲げる俺にそんな暇はねぇ」
「そうか。実に残念だ。…………本当に来ないのか」
「しつけぇ。ひとりが寂しいならキャン連れてけよキャン。鍛えてた頃の基準だがマスキエルよりは強いぞ」
「無論だ。こいつに拒否権はない」
後ろで「なんだか私だけ扱いが雑!」と嘆く侍女が居たが、魔王様は例の如く無視、レイモスは天を仰いだ。
「喜ぶべきか悲しむべきか、悩むなー」
「どうした」
「いんや」
レイモスは何処か吹っ切れた様子で、
「まっ、人間信じたい方を信じるって言うし、俺も都合の良い方を信じてみるってだけの話」
「うむ?」
「近すぎて遠い距離ってやつだ。これ以上は後ろの侍女がこえぇーからお暇させてもらおうかね。じゃな!」
そして、庭園には魔王様とキャン、キャサリンだけになった。
魔王様は首を傾げる。
「なんなのだ、あいつ」
港町まで走り、時刻は真昼。
畑の手入れをする魔族へ手を振り、歴代魔王の記憶を引き出して幾つかのアドバイスを与える。後は自分達で試行錯誤してもらうしかない。歴史ある魔王でも、畑に手をかける酔狂な者は居ない。居て暇潰し程度だ。
よく探せば役立つ記憶があるかも知れないが、自分の物ではない記憶を引き出す事は相当な負担なのだ。気を付けていなければ自分が誰だか分からなくなる程には。
魔王が魔王で在る事は変わらないが、名前に拘ったように魔王様は自分である事を大切にする人物である。
港町が復興されたと言っても、それは1区画のみ。魔族は少なく、それほど土地が必要ではないからだ。
船着き場で、元騎士団長マスキエルを見付ける。
彼も魔王様を見付け、笑顔を浮かべた。
「魔王様! お久し振りです」
港町はマスキエルに任せている。その関係で、二人が顔を合わせる数は減っていた。
だがそれでも、
「二日を久しいと言うのはどうかと思うぞマスキエルよ」
「それ違いますぞ魔王様。たった二日、されど二日。一日会えないだけで私の胸は張り裂けそうなのです!」
「そうか」
マスキエルは多少病んでいるようだ。
言ってしまうと、魔族全員が魔王様中毒になっているのだが、やはり魔王様は気にしない。彼の厚い忠誠も軽く流している。
魔王様は明日には人間の領土に行く旨を伝えると、マスキエルはこの世の終わりの様な顔をした。
「そんなっ! では私はこれから何を励みにみなを率いなければならないのですかっ!?」
「俺の為以外に何がある」
別のものがあるなら聞いてみたいといった様子である。
兎も角として、マスキエルの病みっぷりを当然魔王様は認知している。自分が人間の領土へ行けば情緒不安定に成るであろう彼になんの対策もなく伝えた訳ではない。
魔王様は懐からある物を取り出す。
マスキエルは瞠目した。彼はそれを指差し、声を震わせながら尋ねる。
「ま、魔王様、それは、もしや」
「うむ。この俺が丹精込めて編んだ魔王人形である!」
魔王様をデフォルメした様な人形。編みぐるみである。
因みに毛糸は魔王城の倉庫から発掘された。
「これを俺と思い、日夜の励みにしろ」
魔王人形を受け取り、マスキエルは大事そうに抱えると赤黒い瞳を爛々と輝かせる。
そして、力強く答えた。
「はっ!!」
…………余談だが、魔王人形を求めて魔族間で争奪戦が起こったが、それは魔王様の預かり知らぬ時に起こり、レイモスとロサンティーヌが頭を抱える事となる。勝者は言うまでもない。
そんな残念騎士団長は置いておき、キャンを伴い港町を散策する。途中、野うさぎの串焼きなどを腹に納めながら、時計台に登り、港町の全貌を眺める。
船着き場付近の復興は済み、魔族の住める土地となっている。工事の音が耳朶を打ち、ダメになった建物の崩れる音が聴こえてくる。農作業をする者達と目が合い、手を振る。
畑には潮の載った風でダメにならないよう工夫がなされている。太陽の光を遮らないよう、少し離れた位置に遮蔽物が立てられているのだ。
魔王城に眠っていた魔道具を貸し出してもこれである。魔族に余力はない。未だ非力な彼等彼女等には、己を磨く時間が圧倒的に不足している。
「……なんとかせねばな」
軍事力のない国など有り得ない。人類に知られれば、確実に総力を叩き込んでくるだろう。返り討ちに出来る自信はあるが、それまでに魔族が全滅しないとは限らない。
王には、民を導く義務と責任がある。国の存続に全霊を注ぎ、未来を守らねばならない。少なくとも魔王様はそう考えている。
初代から続く国の理想は、王の必要のない国。共和国という訳ではない。天辺に王を据え、民自らが考え、行動し、発展していく。そんな国を夢見ている。
それを先代は達成した。王の必要のない国が出来たのだ。
だから、次代の王は長い間誕生しなかった。
「キャンよ」
「はい」
見もせず、粛々と傍に仕えているだろう侍女を呼ぶ。期待通り、返事はすぐに返ってきた。
「その目にしかと焼き付けよ。この俺を、王の在り方を、往く先を、決断を。後ろから見ていろ」
――その在り方に疑問を抱くなら、いつでも刺すが良い。
そんな言葉が続いているように聞こえた
キャンは少しむくれた。魔王様の在り方を許容できない。そんな心の狭い女になったつもりはなかった。もしもそう映っているのなら、見返さなければならない。
何よりも、
「魔王様、私は付き従う者です。この身が滅びようと、この魂はいつ間でも貴方と供に在ります」
魔王様は微笑する。その気配はきちんとキャンに伝わった。
風が出てきた。
港町を見据える魔王様。黒い鎧に赤い線の入った全身鎧を着込み、風に靡く黒と赤のマント。背中に背負った大剣は、魔族全ての想いのようで、しっかりとその背に載っている。
何事にも屈さない不撓不屈の精神を持ち、ひとをひととも思わない傍若無人にして傲岸不遜、国の為に質実剛健を地で行く我等が魔王様。
こんな魔王に、付いて行かない魔族は居ない。
時刻は夕暮れ。太陽と月が混在する黄昏時。
茜色と紺色が空を二分し、一日の終わりを予感させる。
キャンは夕暮れが一番好きな時間だった。
空が赤く染まり、夜に侵食されるその様は、何処と無く、魔王様の力を彷彿とさせる。
太陽はまた昇る。夜の闇を払って、地を照らすのだ。
キャンの目には、魔王様が太陽の様に映っている。
いや、太陽が魔王様なのだ。
魔王様は、魔族の未来を明るく照らしているのだから。
魔王と言えば何を最初に想像するだろう。悪魔か、ツルハシか、それともぬわーーーか。
因みに自分は庶民なあの方です。




