四冊目 優希の力
図書館を出た優希は近くの林に来ていた。
適当な高さの木を見つけて太い枝の上で幹に身をゆだねる。
上の枝や木の葉の間から真っ青な空と綿あめのような雲が見えていた。
この木がある位置からもう少し向こうに行くと、優希が迷い込んだ森がある。
あやかしの森……確か、このあたりではそのように呼ばれていたはずだ。
「おーい! そんなところで何をしとるんじゃ!」
本の内容について考えようとしたところで直下から声がかかった。
優希がいかにもものぐさそうなしぐさで下を見れば、そこには初老の男性がこちらに向けて手を振っているのが見えた。
「どうかしましたか?」
「どうしたもなにも、落ちたらどうするんじゃ!」
男性には悪気はないと思うが、優希は思わずため息をついてしまう。
「私は大丈夫ですよ。ご心配なく」
「そんなこと言って、落ちても知らんぞ!」
下で声を張り上げている男性はすごく頑固なのかもしれない。
このまま、ほおっておけばあきらめて去るという気配もなかったため、あまり気は進まなかったが、安全であるということを証明することにした。
優希は、身をよじって男性の方に転がる。
何を考えているかというより前に思わず目をつむってしまう。
地上から枝までかなりの高さがある。
おそらく、落ちた暁には無傷では済まないだろう。
だが、いつまでたっても人が落下した音は聞こえてこない。男性が恐る恐る目を開けてみるが、目の前に少女の姿はなかった。
「どこ見てるんですか? こっちですよ、こっちよ」
その声に反応するように男性がこっそりと頭を上げていけば、少女が立っていた。
ただ、立っているということではない。彼女は、“空中に”立っているのだ。もちろん、彼女の足元に床などあるわけない。
「私。こう見えて森人なんですよ。そして、これが私の能力なので問題ありません」
実をいうと、これは本来の目的とは全く違い、単に能力を応用しているだけなのだが、そんなことをいちいち説明する必要はない。
優希は、その場が安全であることを示すように手を大きく広げる。
「もしかしたら、空中歩行か?」
何かを思い出すようにしていた男性の口から具体的な能力名が出たことに若干の驚きを含みつつ、優希は冷静に答えを返した。
「正確に言うと違うますけど、まぁそれと同系統の能力と考えていただいて結構です」
そういうと、足元の見えない床を操作するかのごとく、階段でも降りるように徐々に地上へと降りて行った。
「それにしても、ここを通る人がいるなんて珍しいですね」
これまで、よくこの林に来ていたが、この場所を通る人はかなり少ない。
だからこそ優希は、思考をまとめるときここに来るし、人が通ったとしても優希の姿を見つける人はいない。
ここまで来ると、ある一つの可能性が見えてくる。
「もしかして、あなたも森人?」
可能性としてはかなり濃いかもしれない。
森人の中には、自分の周辺にある障害物を完璧に把握できる人間や視界が異常に広い人間など、優希の姿を見つけるのにそう苦労しない能力を持った人間もざらにいるはずだ。
そうでなければ、この男性はずっと真上の木を見ながら歩いていたということになる。
偶然、ここで空を見上げただけではないかと疑われがちだが、その方法では発見できないのだ。
詳しい原理は、能力を使っている優希自身も理解得来ていないのだが、実をいうとこの床、ある一定の角度を保ちながらある一定の速度で見続けながら移動しないと発見できないようになっている。
そのためにレーちゃんですら、その方法で優希の居場所を特定するしかない。
これ以外の方法を挙げるならば、この能力は姿を消せても気配は消せないため、周りにある障害物などを把握できる人間や視界が異常に広く、意識しなくても一定の角度を保てる人間ならば簡単に居場所を突き止められるのだ。
「ほっほっほっ残念ながらはずれじゃ。そんなことよりも道を尋ねてええかの?」
あまり、優希の反応を気にしていないようにふるまう男性にペースを崩されそうだと考えながら、地面に降り立つ。
「それで? どこに行きたいんですか?」
珍しく、能力を大盤振る舞いした優希は疲れ切った表情で男性に尋ねる。
「図書館へ行こうとして迷っていたんじゃ。道を教えてくれないかの?」
この人は来館者だったのか。と優希は内心ため息をつく。
どうせ、こうこうこう行くんですよと説明したところで、レーちゃんが来館者がいると知らせに来るのが目に見えている。
今一度、気を上り下りするのもめんどくさかったため、優希は男性を図書館まで案内することにした。
「こっちですよ。ついてきてください」
そう言って、優希は図書館の方に向けて歩き出した。
その時、男性の顔に不気味な笑みが浮かんでいることに気づくことなどなく……




