18 夜に残された問い(第3部・始)
書き直す場合があります。ご了承下さい。
アストラフ皇国の皇帝、ヴァロス・アステリ・アストラフは、つい先ほどまで腕に抱いていた――自分の娘だと名乗った幼女を降ろした。
小さな背が廊下の奥へと消えていくのを、ただ黙って見送る。
そして踵を返し、賓客室へ向かった。
扉を開けると、そこには護衛騎士と、全身を震わせ顔色を青くした公爵夫妻が並んで座っていた。
ヴァロスは何も言わぬまま歩み寄り、彼らの正面に腰を下ろすと、足を組む。
「俺の娘を、ここまで育ててくれたこと――感謝する」
言葉だけを聞けば礼に見えた。
だが、その声音は地を這うように低く、冷たかった。
「……だが、先ほどの様子を見るに。あの子が俺の子であると、お前たちは知っていたようだ」
静かに、しかし逃げ場を与えぬ声で続ける。
「だから、たった一つだけ聞いてやる」
「俺の娘を帝国へ戻さず――自分たちの娘にしようとしたのは、なぜだ」
その瞬間、賓客室の空気が張り詰めた。
沈黙が落ちる。
ヴァロスはさらに表情を冷やし、淡々と告げた。
「何故だ、と聞いている」
「俺の問いを無視するとは……随分と肝が据わっているな」
一瞬、護衛騎士アクシオスを一瞥し、命じる。
「……話す価値もない。始末しろ」
「はっ」
公爵夫妻の悲鳴が背後で上がる。
ヴァロスは振り返ることなく賓客室を後にした。
そして――
自分には似合わない中庭へと足を運び、夜空の下で立ち止まる。
脳裏に浮かんだのは、先ほどの幼女と同じ銀髪を持つ女。
サファイアの瞳をした、目を引く美しい踊り子。
彼女が生きていた頃、こう告げたことがあった。
『陛下。大変申し訳ないのですが……私は、子を成す気がありません』
唐突なその言葉に、かつての自分は確かこう返した。
『安心しろ。俺も、お前との子を成す気はない』
すると彼女は、皇帝を前にしても戯けた笑みを浮かべ、こう言ったのだ。
『あら、そうだったんですか?
陛下は私のことがお好きなようでしたから、てっきり子を成すおつもりなのかと。
……同じ考えで安心しました。ありがとうございます』
「……イソロリピア」
ヴァロスは、夜に溶けるように呟く。
「お前は、子を成す気はないと言っていたはずだろう」
返ることのない問いは、
月明かりの下、静かに夜の闇へと消えていった。




