第466話 捕らわれの咲良
△▼△▼△▼△▼△▼
「シルヴァーノ。森にいたネズミは始末してきた」
「ああ? シルヴァーノ隊長だろう?」
「……シルヴァーノ隊長、敵の放っていた斥候は全て潰した」
「へっ、ちょろいもんだなあオイ」
「……」
シルヴァーノらが拠点へと攻め込む前。
森を行軍していた時点のシルヴァーノは、事が上手く運ぶと妄信していた。
ヨルクの報告にある通り、敵の斥候を潰したおかげで直前まで見つかることなく進軍出来たのだ。
しかし思い描いていた絵が狂い始めたのは、実際に拠点に攻めこみ始めてからだった。
「クソッ! あの砦の防御、どうなってやがる!!」
シルヴァーノが自信満々に放っていた上級の"雷魔法"と"轟雷魔法"は、結局結界を破ることができなかった。
結果として、ただただシルヴァーノの魔力が失われただけだ。
そしてその魔力の喪失は、後のエスティルーナとのタイマンでも尾を引きずることになる。
(チッ、魔力の消耗が激しくてこれ以上"魔闘術"を維持できねえ)
かつて北条が信也達に教えたシルヴァーノの厄介な点。
その中でも、信也達が戦った時には最後まで使われることのなかったスキルがあった。
そのスキルの名前は"魔闘術"。
闘気を纏って戦う"纏気術"と、魔力を纏って戦う"纏魔術"。
どちらも身体能力を大いに向上させるスキルだが、双方を同時に発動させることは非常に難しい。
それを同時に発動させ、普通に"纏気術"や"纏魔術"を使用するより大きく身体能力を上げるのが"魔闘術"のスキルであり、これはゼンダーソンですら持っていない強力なスキルだった。
しかし"纏魔術"にせよ"魔闘術"にせよ、発動させ続けるには魔力を消費し続ける必要がある。
だというのにシルヴァーノは最初拠点に向かって魔法を連発していた為、エスティルーナより先に魔力が尽きかけていた。
「シルヴァーノ殿、撤退だ! 兵よ、後方へ退けえええい!!」
そんなシルヴァーノの下に聞こえてきた副官グリーヴァの声。
"魔闘術"で戦っている間はシルヴァーノが押していたのだが、エスティルーナも"纏魔術"を使い防御気味に戦っていたので、押し切ることができずにいた。
「……チィッ!」
周囲の戦況を見渡したシルヴァーノは、歯を食いしばって撤退を決意。
そして拠点を抜け出たシルヴァーノは、自軍に襲い掛かる魔物たちを目撃する。
「クソ雑魚共がああぁあ!!」
自軍が翻弄される様子を見て怒声を上げるシルヴァーノだったが、消耗した今のシルヴァーノにそれらの魔物を倒す余力はなかった。
一体だけ狼系の魔物にそれなりのダメージを与えることはできたが、ちょっと戦っただけでもその魔物のランクがBランク級であることが分かった。
そしてよく見れば同等の力を持つ魔物が他に何体も暴れているのだ。
傲岸不遜なシルヴァーノといえど、今の状況で魔物たちを全て倒すとは言い切れなかった。
そのような状況であったが、シルヴァーノは敵の魔物や魔物と一緒に襲い掛かってきた人間と戦う。
それは仲間を逃がす為の殿になったというのではなく、ただ単にムシャクシャした気持ちを発散させる為だった。
それでもシルヴァーノが暴れまわったおかげで、貴族派軍の被害は抑えられる結果となる。
森へと逃げ切ったのはおおよそ三百程。
攻め込む前の、意気揚々とした空気とは真逆のどんよりとした空気の中、森の奥へと逃げていく。
「……シルヴァーノ殿。森へと逃れた我が軍の数は三百八名となりました」
「……」
剣呑な雰囲気を隠そうともしないシルヴァーノ。
森へと逃げてからしばらくは休みもなく歩き通しだったのだが、あれから数時間が経過してすっかり陽も暮れていた。
悠長に休んでいる暇はないのだが、シルヴァーノは問題なくても他の兵士の体力が持たない。
「本日はこの場所で野営とします。当直をたて、夜襲に警戒をしつついざという時のために――」
「好きにしろ」
「は、はぁ……?」
報告を続けるグリーヴァに、背を向けて去っていくシルヴァーノ。
困惑したような声がその背に虚しく届く。
最早隊長としての役目も放棄し、シルヴァーノが向かうのはベネティス辺境伯から監視役としてつけられたヨルクの所だった。
「女はどこだ?」
「……あっちの天幕に縛って放り込んである」
「そうか」
ヨルクから居場所を聞き出したシルヴァーノは、そのまま天幕の方へ向かおうとする。
「待て。確かにあの女は厄介な魔術士だったが、生きたまま捕らえる必要があったのか?」
「強引に奴隷に仕立て上げれば戦力になる」
「それはそうかもしれないが、あの場には第二王子の姿もあった。攫うならあっちの方だろう」
「何が言いたい?」
「あの女を捕らえさせたのは単なるお前の私怨――」
ヨルクがそこまで言い終えた瞬間。
瞬時に迫ったシルヴァーノが、短剣をヨルクの口に突きたてる。
慌てて短剣を歯で受け止めたヨルクであったが、歯で止めなければ短剣は喉元まで届いていたかもしれない。
「死にたくないならこれ以上口答えするな」
ヨルクも裏の組織に身を置くものとして、そんじょそこらの脅しに屈服することはない。
今も命の危険があったというのに、心は落ち着いたままだ。
だからこそ、冷静に頭の中で考えを巡らすこともできていた。
(……最早この男は完全に我らの手には負えぬ)
本陣に戻ったら、部下に命令してベネティス辺境伯にシルヴァーノの切り捨てを進言することを決めたヨルク。
しかし今はそうした心の内を見せず、素直に引き下がっていく。
「ここか」
シルヴァーノが一つの天幕に入っていく。
入口にはヨルクの部下の二人が見張りに立っていたが、シルヴァーノに対して咎めることなく中へと通す。
その天幕の中には一人の女冒険者。それも、シルヴァーノにとっては因縁のある相手――咲良が捕らわれていた。
「…………」
口を塞がれている訳ではないのだが、咲良はシルヴァーノが入ってきても何も口にすることはなかった。
キッと睨みつけるような視線を送っただけだ。
口は塞がれていないものの体を縛られ、後ろ手にされた手首の部分にも縄が結われている。
「ハハッ……」
そんな咲良の様子を見て、これまで剣呑だったシルヴァーノの表情に喜色が混じり始める。
「ハハハッ! ハハハハハハッ……!!」
自身の笑い声に触発されるかのように、高らかに笑い声を上げ続けるシルヴァーノ。
それはただ面白くて笑っているのとは違う、狂気が垣間見える笑いだった。
「いいザマだなあ。どんな気分なんだぁ?」
「……」
しかし咲良はシルヴァーノの問いに答えることなく、ギュッと口を結んだままだ。
「へぇ、そうかいそうかい」
そんな態度の咲良にも気にした様子もなく、徐に咲良に近づいたシルヴァーノは、その顔を思い切り殴りつける。
「――っ!」
「何か話す気にはなったか?」
「……」
「そうかそうか。ヘッヘッヘ、そうでねーとなあ」
嬉しそうにねちっこい声を上げるシルヴァーノ。
それからは適度に殴っては話しかけ、殴っては話しかけ、というループが続くが、一向に咲良は口を開こうとはしない。
すでに顔は無事な所がないほど青あざや出血で酷い有様となっているし、肋骨や足の骨など何か所も折られている。
シルヴァーノはこの手の行為に慣れており、治癒魔法でどれだけの状態なら治せるかについて熟知している。
後々咲良を奴隷として使う予定のシルヴァーノは、完全に壊しきらない程度に咲良を痛めつけていく。
▽△▽△▽
「ガハァッ……エハッ、ハァッハァ……」
最初にシルヴァーノが天幕に現れてから三時間ほどが経過した。
現在シルヴァーノの脇には一人の男が控えている。
彼は"神聖魔法"の使い手であり、咲良の生命力が尽きかける度に、治癒魔法を施していた。
「シルヴァーノ様。その、そろそろ私の魔力が限界なのですが……」
「……そうか。なら最後にありったけの治癒魔法を掛けていけ」
「ハ、ハハァ」
男は最後に限界まで治癒魔法を掛けていくと、そのまま天幕を辞していく。
「どうやら今日はここまでみてーだ。なら、最後にお前にも俺と同じ苦しみを味わわせてやろう」
そう言いながら、シルヴァーノは自身の顔や体の何か所かを覆っていた布を剥ぎ取る。
その下には、酷く焼けただれた火傷の痕が今もなお残っていた。
「どうだ? お前もこんな風に……いや。それ以上にこんがり焼いてやる。だが、やりすぎると消し炭になっちまうからなあ……。やっぱ加減し易さを考えると、これが一番か?」
シルヴァーノは雷系の魔法を得意としているが、他にも"風魔法"や"火魔法"を中級レベルで扱える。
そしてシルヴァーノが選択したのは初歩の初歩。【炎の矢】の魔法だった。
幾本も浮かべた【炎の矢】は、順番に左腕、右腕、首元、顔、左足、右足と順番に咲良に襲い掛かる。
「あぐぅっ! くぅぅっ……」
皮膚の焼ける臭いが咲良の鼻腔を通っていく。
すでに精神的に限界を迎えていた咲良は、ジワジワと体の各部が焼かれて行く間に遂に意識を失ってしまう。
「次は腹部だ」
だというのに、シルヴァーノは気にせず【炎の矢】を当て続けていく。
「次は右太腿」
「……」
しばらくの間、物言わぬ咲良に【炎の矢】を当て続けたシルヴァーノは、限界を見極めてようやく攻撃を止める。
「ま、こんなところか。ハハハッ! 中々上手い具合に焼けたではないか! 続きは明日だ。またこんがり焼いてやるから、楽しみに待っとけ」
とっくに意識を失っている咲良に、シルヴァーノの言葉は耳に入っていない。
満足気な様子で天幕を去っていくシルヴァーノの足取りは軽い。
その頭の中では、明日はどのように甚振ってやろうかという思考で塗り固められていた。




