第463話 撤退
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「あの魔物……。ただ図体がデカイだけではないな」
増援が減ってきたことを疑問に思ったグリーヴァが一旦拠点から抜け出ると、そこには背後から奇襲をかけられた後続の兵の姿があった。
それによく見ると魔物だけでなく人間も混じっているようで、その僅かな手勢だけで、最早集団としての機能が維持できない程に後続集団はかき乱されている。
「…………」
無言で再び拠点内に戻ったグリーヴァは、ここでの戦いのメインと呼べる二人の戦いに目を向ける。
名目上の今回の派遣部隊の隊長であるシルヴァーノは、指揮官としての役目を果たさず、終始あの敵のAランク冒険者と死闘を続けている。
これで相手を討ち取っていたならまだしも、どう見ても状況はシルヴァーノの劣勢だ。
グリーヴァは三度目辺りで止めはしたのだが、頭に血が上ったシルヴァーノは最初、この拠点を守る結界を打ち破ろうと"雷魔法"や"轟雷魔法"を何度も撃ち込んでいた。
幾らAランクの冒険者とはいえ、あれほどの魔法を何度も使用すれば魔力の消耗もかなりあったはずだ。
しかしそれも結局は結界を打ち破ることもできず。
グリーヴァ自身まさかあれだけ強固な結界を張り巡らせているとは、想定の範囲外であった。
そうした状態での同格相手との戦い。
しかも相手は、こちらも恐らく高いランクと思われる女冒険者から、"神聖魔法"での回復を受けている。
シルヴァーノも最初は近くに待機していた神官から治癒魔法を受けていたのだが、それも最初のうちだけ。
すぐに魔物やゴーレムらに襲われて、シルヴァーノの回復手段は手持ちのポーションのみとなっていた。
「ここまで……か」
最後にグリーヴァの視線が捉えたのは、"格闘術"で戦う少女と謎のスライムの魔物の姿だった。
そのスライムは何故か人型を取りつつ、"格闘術"で兵士をなぎ倒している。
その動きやパワーは見た目以上に強力だ。
後方に控えている少女が召喚していた魔物もCランク位の強さだと思われるが、あの途中から参加してきた人型スライムは、Bランク以上の力があるかもしれない。
そしてそれは人型スライムだけでなく、格闘少女の方も同様だ。
このままでは無駄に命を散らすだけだろう。
ここが潮時だと判断したグリーヴァは、懐からとある魔法道具を取り出す。
「イルパ!」
小さな打ち上げ花火のような、筒状の形状をした魔法道具を天に向けたグリーヴァは、魔力を流しながら発動のキーワードを唱える。
すると筒の中から小さな光の玉が空へと飛びあがり……やがて一定の高さまで上がると消滅した。
「……あぁ? ……ま、まさか」
本来であれば空高く打ちあがった光の玉は、昼間でもそれとわかるほどの強い光とドーンという破裂音と共にまき散らすハズだったのだが、いくら待てどその効果が発動することがない。
そこでグリーヴァが思い出したのは、序盤あんだけシルヴァーノが魔法を撃ちこんだのに、結局破ることのできなかった結界の事だった。
(結界によって効果が無効化されたのか!)
顔を真っ青にさせたグリーヴァは、仕方なく原始的な方法で撤退を呼び掛けることにする。
「シルヴァーノ殿、撤退だ! 兵よ、後方へ退けえええい!!」
劣勢にもかかわらず、戦いを止めようとしないシルヴァーノにグリーヴァが呼びかける。
「ア"ア"ァッ!?」
大分頭に血が上っていたシルヴァーノだったが、以前信也らと戦った時ほど激高してはいなかった。
だがそれでも周囲の戦況を殆ど気にしない位には昂っている。
グリーヴァの声に少し冷静になったシルヴァーノは、辺りを見渡す。
「……チィッ!」
すでに周辺の兵士たちは、隊長であるシルヴァーノの指示ではなく副隊長であるグリーヴァの指示によって撤退に入っている。
それに一時期は盛り返していた兵の数も、いつの間にかまた最初の頃のように数が減っていた。
その減った分がどこにいったかといえば、地面に横たわる無数の兵達を見れば納得出来るだろう。
「逃げるのか?」
「――ッ!! …………次は殺す」
エスティルーナの挑発の言葉に、歯を食いしばりながら撤退していくシルヴァーノ。
余裕そうな表情を見せるエスティルーナだが、実は体力的にはかなり厳しい状態だった。
元々弓と魔法をメインとするエスティルーナは、近接戦闘では剣と魔法で戦うシルヴァーノに劣る。
それでもレアスキルの"超加速"でごまかしながら戦っていたが、シルヴァーノの奥の手はそんなエスティルーナをも捉え、一時は危うい所まで追い詰められていた。
しかし途中でライオットらが参戦したことで、Bランク魔術士の後方援護が入るようになるとそれも一転。
とはいえ元々スタミナがネックだったエスティルーナは、序盤の"超加速"の乱用で大きく疲弊している。
結局はそのまま一進一退の攻防が繰り広げられることとなったのだが、それも終わりの時が来た。
波が引くように拠点内から逃げ出していく貴族派の兵士達。
その様子に、ヘトヘトになっていたムルーダやキカンスは大きく息を吐く。
「皆、無事か!?」
兵が引いて行ったのと時を同じくして、胸壁部分から降りてきた信也が東門前の激戦区へと駆けつける。
「ああ、なんとか生きてる……ぜ。おれを殺るならあと百人位は寄越さないとな」
息も絶え絶えといった感じでムルーダが答える。
「何言ってるのよ! もう限界って感じじゃない!」
そんなムルーダの強がりを、今にも泣きそうな表情でシィラが諫める。
「……見た所ムルーダとキカンスはもう限界のようだな。だが済まないが、二人はこの場に残って生き残りの兵の拘束を頼む。長尾は魔物を二体程護衛用にここに配置してくれ」
「は~い」
「ああ、了解だ」
辺りには貴族派の兵士達が無数に横たわっているが、その全てが死んでいる訳ではない。
虫の息ながら生きている者もそれなりに混じっていた。
「エスティルーナは西門の方の様子を見てきてくれないか? 突破はされていないようだが、心配だ。ついでにこちらの様子も伝えてきてくれ。それと三体ほど魔物を一緒につけてくれ」
「は~~い」
「分かった」
途中でグリーヴァが撤退の合図を出そうとしていたのだが、それは拠点を囲む結界によって無効化されてしまっている。
西門に詰めた兵達がまだ全滅していないのであれば、未だ撤退命令を知らずに激しい戦いが繰り広げられているだろう。
「残った俺たちは通用門から外に出る。向こうではナターシャや北条さんの従魔が暴れているのでそこに加勢する! ここで無茶だけはしないでくれよ?」
「は~~~い」
「りょーかいっす!」
「俺も一緒に向かおう。ほとんど戦っていないので、体力はまだ有り余っている」
ユリメイコンビやキリルらが頼もし気に信也の指示に応える。
そして残った者達は通用門を抜け、まだ局所的に行われていた戦闘に加勢していく。
「旦那達! 中の奴らは追い返したようだね!」
合流を果たした信也に、守衛のナターシャが声を掛けてくる。
「ああ。中に侵入した敵は制圧した。ただ西門の方が心配だ。突破されてはいないんだが、ここを片付けたらすぐに様子を見に向かう」
「了解! じゃ、さっさと片付けるとしようか」
男勝りなナターシャはそう言うと、勇ましい声を上げながら敵兵の下へと向かう。
そんなナターシャを見て信也も負けじと大声を張り上げる。
「深追いはするな! 手に負えない相手がいたら、無理せず後ろに下がるか、他の仲間と一緒に当たれ!」
叫びつつ、信也は少し離れた場所にいた兵士に"光魔法"を放つ。
すでに撤退に入っている貴族派の軍勢は、這う這うの体で拠点から森へと逃げ込んでいく。
『ジャガーノート』の面々はこれを深追いすることはせず、幾人か後処理を残した後に、拠点内を横断して西門へと救援に向かった。
ここで一旦十六章は終了となります。
本来は次の章と合わせて一つのつもりだったんですが、少し長くなってしまったので二つに区切りました。




