第460話 拠点防衛 その1
王族三人にアリッサを合わせた計四人は、馬に乗って町から拠点へと駆けていく。
キリルは普段エルランド達の前では不安そうな顔を見せることはなかったが、エルランドを後ろに乗せ馬を操るキリルには焦りの表情が見られる。
それは、拠点に大分近づいた頃になって、遠くに人の集団らしき影が見えるようになったからだ。
「キリル兄! あれって……」
「心配するな。砦までは十分間に合うし、中なら安全だ」
キリルのその言葉はまるで自分に言い聞かせるかのようでもあった。
やがてキリルらが拠点の西門へと到着し中へと入ると、拠点内は大分慌ただしい雰囲気が漂っていた。
「アリッサ! それに王子らも無事で何より」
「うん。アウラ様がぁ、既に馬まで準備してたのですぐに戻ってこれましたぁ」
「そうか。こちらには先ほどエスティルーナも到着している。俺はここで指揮を取るので、アリッサは御三方を連れて避難所まで――」
「済まんが俺も戦力に加えてくれ」
拠点に付いて早々だが、急を要するということで信也が四人へと指示を出す。
しかしその言葉を遮って、キリルが自らも戦うと言い出した。
「しかしキリル王子。見た所敵の数は多く危険です!」
「俺はこれでもレベル五十を超えている。足手まといにはならないハズだ。指揮に関してもシンヤに従おう」
「キリル兄様……」
「キリル兄が出るなら僕も!」
リタが両手を合わせ縋るようにキリルを見つめる。
双子の兄のエルランドは、体を震わせながら自分も出ると訴える。
「お前達……、何度も言っているだろう? 心配はいらない。俺はきっと帰って来る! だから二人は安全な所で俺の帰りを待っていてくれ」
優しく語り掛けるキリルに、二人は渋々と引き下がっていく。
リタは純粋に心配をしているといった感じだが、エルランドの方は自分の力不足に歯噛みしていた。
そして二人はそのままアリッサに連れられて避難所へと向かう。
「ではキリル王子。俺は本区画南東の見張り塔に移ります。王子は東門前で待機……いえ、周りの指揮をお願いします」
「了解した!」
信也はこれまでのキリルとの交流の中で、彼が王族として様々な知識を学んでおり、兵法などにも精通していることを知っていた。
それに指揮を任せておけば、積極的に前に出なくて済む分多少は安全だろうという考えもある。
拠点の防衛態勢は主に、遠距離攻撃出来る者達が見張り塔や外壁の上で守備に就き、前衛系は東門前に集結していた。
作ったはいいが殆ど使用されることの無い東西の大門は、こういった事態では強固な守備力を発揮する。
通用門の方もそれなりに硬い防御ではあるが、他の外壁部分に比べれば脆い。
敵からすると通用門が一番侵入しやすいルートになる。
しかし敵兵が内部まで侵入したとしても、東門の前にはグルリと取り囲むように前衛が詰めている。
ムルーダやキカンスなどをはじめとして、十数体の稼働しているゴーレム達。
それと芽衣もこの東門前に詰めており、敵が侵入してきたら空いている召喚枠を使って魔物をフルに召喚させる予定だ。
◇◆◇
「……来たわね」
陽子の詰める見張り塔から見下ろせる位置に、貴族派軍が押し寄せてくる。
殺意を持って迫りくる人の波に戦慄を覚えながらも、陽子は射程距離に入った敵兵に向けて攻撃を開始する。
千人以上いると思われる貴族派軍に対し、拠点からの攻撃の数は余りに少ない。
もう少し貴族派軍の侵攻が進めば、農業区画東の胸壁に待機しているライオットの魔法攻撃範囲に入るだろうが、やはり人数不足はいかんともしがたい。
拠点南東から現れた貴族派軍は、当初工作部隊が水堀を渡ろうと橋を掛けようとしていた。
だが水堀の幅が広いため、簡易的な木板を渡すこともできないでいた。
しかもこの水堀には、アーシアやダンゴが"眷属服従"で支配しているスライムたちが蠢いており、魔法で攻撃したり橋を掛けようとする工作部隊を水堀の中に引き込んで殺したりしている。
そうした攻防の結果、水堀を強引に渡るのは無理だと判断したのか、貴族派軍は一番近い東門へ向かう集団と、回り込んで西門へと向かう集団とに分かれる。
しかし西門へと回り込もおうとした集団は、巧妙に隠された落とし罠に次々と嵌っていく。
「うわああぁぁぁ!!」
「待て、押すな! 落ちる!!」
「落とし穴は大分深い! 気をつけろ!」
森から敵が迫ってるかもしれないと知り、急遽増産した落とし穴はそれなりの数の敵兵に被害を与える。
落とし穴の底部には出っ張りを作っておいたり、冷水を張っておいたりと工夫されていた。
更に落とし穴に右往左往している敵兵に向けて、農業区画南の胸壁に待機している慶介やシィラの魔法が炸裂していく。
胸壁部分や見張り塔には、何か所か狭間が設置されている。
そこだけ壁が盛り上がった作りをしていて、真ん中には攻撃する為の穴があけられており、ここから弓矢などによる攻撃を行う。
その部分は結界の範囲外になっているので、内側からでも攻撃が可能という仕組みだ。
壁に開いた穴は内側から外側に向かうにつれて小さくなっているので、外からでは狙いにくくなっている。
また壁自体も外壁同様にそれ自体の防御力が高いので、外部からだと針の穴を通すような精密な射撃でもしないと、拠点内に攻撃が届かない。
各地に配置された遠距離攻撃役は、この狭間からの攻撃を続けていき、貴族派軍を削っていく。
◇◆◇
「敵兵がそろそろこっちまで来るよ!」
「うん、わかったよ」
西門前では、拠点内ではなく拠点外に掛けられた橋を死守するかのように、『リノイの果てなき地平』の面々とドランガランが居座っていた。
そこに伝令役のロアナが敵の動きをシグルドに伝えていく。
今回の戦いでは盗賊職の幾人かは、伝令役として拠点内を駆けずり回っていた。
無駄に広い拠点なので、こうした伝令でもないと指示出しや状況把握も出来ない。
「さあて、ケイドルヴァの炎の妙技。見せてやるね」
「ちょっとお、あんまハリキリすぎて飛ばし過ぎるんじゃないよ?」
「そんなこと言ってる内にほれ。敵が押し寄せてきとるぞ?」
馬車が二台横に並んでも通れるほどの西門前の橋の上。
その上に立つのは、たった七人の冒険者とラミエスの従える三体の従魔だけだ。
落とし穴や慶介らの攻撃を乗り越えてきた兵士達は、一見やけくそのように見えるこの配置に嘲りの表情を浮かべながら迫って来るが、誰一人としてこの橋を突破できるものはいなかった。
この場にいる大半がBランク冒険者であり、場所も限定されているので大軍の利が活かしづらい。
また堀の中からは時折スライムが攻撃を仕掛けてくるので、橋の上だけに注目していると足を掬われかねない。
「ふううぅぅ……。意外となんとかなるものね」
後方から矢を連射しまくって腕がだるくなってきているディズィー。
敵の数が多いので狙いを絞る必要はないのだが、どうにも敵の数が多すぎる。
レベル七十を超えるディズィーは、"弓術"が上級レベルに達している。
低レベルの相手ならば、まともに命中すれば一撃で相手を戦闘不能にすることも出来るが、貴族派軍の中には立派な金属の盾で身を守っている者もそれなりに多い。
また冒険者とは違って動きやすさ重視ではなく、防御力重視で金属鎧を身に着けている者が多いこともあって、スキルを使わずに普通に攻撃しただけだと一撃で倒しきれないこともあった。
「ちょっと休憩……。代わりにルア、ヴァスダ。少しあそこにいる連中をかき回してきて」
ディズィーが契約している水と火の精霊に指示を出すと、ふわふわと空を飛びながら敵陣へと飛んでいく。
すると入れ替わるように、ケイトリンが後衛のディズィーの位置まで下がってくる。
「ディズィー、〈グリーンポーション〉が欲しいんだけど」
ケイトリンは盗賊職ではあったが、高レベルで戦闘もそれなり以上にこなせるので、伝令ではなく戦闘員として仲間と一緒にここで戦っていた。
「なあに? もう切れちゃったの?」
仕方ないわねといった様子でケイトリンにポーションを渡すディズィー。
「あたいはシグルドやガルドみたいな体力バカじゃないんだよ」
文句を言いながらも、体力回復効果のある〈グリーンポーション〉を飲み干すケイトリン。
しかし途中響いた轟音に、思わずケイトリンはむせてしまう。
「えはぁっ、おふぁっ……。ちょっと、今のはな――」
再度ケイトリンが口を開くと再び先ほどの轟音が響き渡る。
二回目の轟音は辺りに注意していた為、何が起こったのかケイトリンにも理解出来た。
「ありゃあ、"雷魔法"……それも結構高位の魔法のようだね」
結局その"雷魔法"は十回近く拠点へと撃ち込まれていたが、それでも拠点を覆う結界が破れた様子はなかった。
その結果を受けてか、それ以降拠点へと"雷魔法"が撃ち込まれることもなくなる。
「は、ははっ……。たいした結界さね」
この一連の"雷魔法"はケイトリン達だけでなく、西門に押し寄せる貴族派軍の注意も多く集めたようで、行軍が一時鈍っていた。
しかし魔法が鳴りやむと、ケイトリンは再び前衛の位置へと戻っていく。
拠点を巡る戦いはまだ始まったばかりだった。




