第453話 討伐軍
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建国以来大きな軍事行動がなかった『ロディニア王国』内を、数万にも及ぶ軍勢が行軍している。
その数およそ八万五千。
大陸列強の国と比較するとその戦力は多いとは呼べないレベルだが、逆に小国レベルで見れば大決戦レベルでの兵力と言える。
彼ら貴族派の「討伐軍」を自称する軍勢は、すでにグリーク領へと達しており、一両日中にはグリーク領南西にある都市『アルザス』に到達する予定だ。
兵の士気は、貴族の私兵や国軍である各軍団の兵達に関しては、それなり以上の水準を維持できている。
しかし、一番数の多い第四軍団――民間から徴集された民兵たちの士気は低く、困惑している者も多い。
かといって、背後から槍を突き付けられては従わざるを得ないので、大人しく行軍を続けていた。
「今宵集合を掛けたのは、目前に迫ったアルザス攻略に向けて作戦会議を行うためである」
一際大きな天幕の中、今回の討伐軍に参加している貴族や有力な軍関係者が一同に集められていた。
その中で、一番上座に座しているくすんだ金髪を七三分けにしている男が、まずこの集まりの中で口火を切って話しだす。
この男の名は、シャルル・バレット。今回の討伐軍では総司令官に任命されている男だ。
貴族派の子爵家の生まれであるが、三男として生まれたため家督を継がずに騎士として出世を重ねていった。
本格的な戦を殆ど経験していない為、実際の戦場での指揮官としての実力は未知数だが、個人での戦闘力においては英雄扱いされる程に突出した力を持つ。
見た感じ貴公子然としていて線が細く、顔も若干病弱に見えるので、そこまでの強者には見えない。
だが、これでもレベルは八十以上を誇っていた。
「トランプル、状況の説明を」
「ハッ、では私の方から戦況を説明致します」
シャルルの言葉を受け、戦況の説明を始めた男はバーナード・トランプルという。
身長百九十センチほどもある偉丈夫であり、その逞しい肉体同様に鋼の意思を持つ、ロージアン公爵の腹心の一人だ。
普段は公爵の配下である騎士達を纏める立場にあるバーナードも、シャルルには及ばないがかなりレベルは高い。
彼は今回の戦のお目付け役として公爵から派遣されており、実質的にその発言権は総司令官であるシャルルと同等かそれ以上だ。
今回の会議の場には他にも第二軍団副団長のヨーリス・ボート。宮廷魔術師第二席のレヒーナ・パレス。……などといった英雄クラスの他、貴族派の子爵以下の貴族や千人長レベルの軍指揮官クラスの者も参加している。
下っ端貴族達は、この戦で少しでも功績をあげようと本人自らが参加しているケースが多いが、伯爵以上ともなると兵と名代を送ってるだけの者が多い。
「――という状況でして、彼らはアルザスに籠城して抵抗するものかと思われます」
「うむ、妥当な判断であろうな。ではアルザス攻略に関して意見のある者はいるか?」
シャルルの問いかけに、あちこちから声が上がる。
その殆どはまともに戦も知らない貴族達のもので、実際に彼らの意見は荒唐無稽なものや、現実が見えてないような意見ばかりであった。
そんな中、一人の女性が手を上げる。
「……レヒーナ殿は何か良案がおありか?」
「取るに足らぬ有象無象など力で蹴散らしてやれば良い」
何事でもないかのようにそう言い放ったのは、宮廷魔術師の第二席にあるレヒーナだ。
彼女は五十も近いというのに、見た目は三十代前半くらいの美貌をしている。
やたらとゴテゴテした装身具を身に着けているが、赤毛のミディアムヘアとのバランスも悪く、より彼女を成金趣味のように見せていた。
とはいえ、これらごってごての装身具の一部はマジックアイテムであり、魔術士である彼女の力を底上げするものでもある。
「無策で突撃を掛けるということか?」
「必要最低限の秩序は必要であろう。しかし、指揮系統もバラバラの寄せ集めの軍では、緻密な作戦行動を行うのは無理というもの。大雑把にでも指揮系統をまとめ、それぞれに役割を割り振ってやる位しかないのではないか?」
常にどこかで戦をしている帝国とは違い、実戦経験も合同訓練なども行っていない混成軍では、逆に手柄をあげようと味方同士で足を引っ張りかねない。
レヒーナはそのことを見越して、更に幾つかのアルザス攻略における重要ポイントの説明をしていく。
それはシャルルやバーナードも頷けるような内容であり、その内容を基にアルザス攻略作戦の骨子が組み立てられていった。
宮廷魔術師ともなると、魔術の腕だけではなく多岐に渡る知識が求められることもある。
それぞれ得意分野は異なれど、レヒーナもそうした例に漏れず知識に関しては貪欲に求めていた。
その中には戦略に関するものも含まれており、今回はその知識が役に立っている。
その後も会議は続き、夜遅い時間になってようやくその会議は終了した。
▽△▽△
「会議は以上で終了とする。各自、今回の会議で決まったことを部下にも通達するように。解散!」
三時間以上に及ぶ会議が終わり、シャルルは総司令官専用に設けられた天幕に入る。
この天幕は魔法道具であり、中の空間が拡張されていて見た目以上に内部は広い。
天幕内には侍女らしき女性が数名待機していたが、シャルルが戻ってきた途端に怯えの表情を露わにする。
「どうした? 会議はもう終わった。早く身支度を整えさせろ」
「は、はい……」
シャルルに声を掛けられ、女性の一人が震える手でシャルルの武装を外していく。
しかし緊張の余りか、左手のガントレットを外す最中に誤って下に落としてしまい、それがあろうことかシャルルの足へと命中してしまう。
「…………」
それに対し無言になるシャルル。
流石はレベル八十越えというべきか、金属装備が足に落下してきたというのに、さして痛痒を覚えていないようだ。
ぶしゅぅっ……。
不意に天幕内に血のシャワーが降り注ぐ。
気づけば先ほど粗相をした侍女が、シャルルの右手にまだ装着されたままのガントレットの堅い部分で殴られていた。
それは侍女の顔半分を叩き潰すような威力であり、トマトを思い切り潰したかのようでもあった。
ピクピクと体を震わした侍女はそのまま地面へと倒れこみ、しばらく体を痙攣させていたかと思うとやがて動きを完全に止める。
「どうした? まだ右手のガントレットが残っているぞ」
「しょ、承知しました。それで、その、彼女はどう致しましょう?」
「どうとは? ゴミはいつも通り片付けておけ。ああ、あと代わりも用意しておくように」
「承知……しました」
恐怖に支配されながらも、侍女は引き続きシャルルの装備を外していく。
スピードタイプのシャルルは、金属製の装備を身に着けながら軽量化にもこだわっている。
使用する金属を軽く丈夫なミスリル製にしたり、胸部もブレストプレートではなくチェインメイルにしたりして、少しでも軽量化しつつ防御力も高める装備にしていた。
しかしそうした装備でも、非力な侍女らにすればそれなりの重量だ。
先ほどの侍女と同じ轍を踏まないように、細心の注意を払いながらシャルルの武装を解いていく。
シャルルも貴族の子女などに対してこのような行動を起こすことはないのだが、平民に対してはまるっきり容赦がなく、まるで道具のように侍女を扱う。
それでいて身の回りの者を平民で固めているので、このように使い潰されることも多く、多いときは一月に三十人以上が虫けらのように殺されることもあった。
「抱えていたストックが減っていたので、今回の戦は丁度良かった。多めに確保しておくので、確保し次第その者らに指導を行っておくように」
「おおせのままに」
すでにシャルルはアルザスへと向かう道中にあった幾つかの村に襲撃を掛け、十人ほどストックを得ている。
この十人以外にも年若い村娘などは、一部の貴族や兵の慰安目的として連行されてもいた。
そしてアルザスが貴族派の手に落ちた時。
その何十、何百倍もの犠牲者が出ることになるだろう。
血にまみれた狂宴の日は、すぐそこにまで迫っていた。




