第449話 慶介の冒険
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「ここは……」
帰らずのエリアを探索していた『サムライトラベラーズ』は、その途中で不意に悪魔と遭遇した。
相手はSランク級の悪魔であったが、北条の活躍によって悪魔は追い詰められ、そして……。
「倒した……と思ったんだけど、その後魔法陣みたいな光が……」
慶介は改めて周囲を見渡してみる。
木組みで所々補強された洞窟内に、壁際に設置された松明がゆらゆらした明かりを灯している。
辺りから音は殆どせず、独り言の自分の声が殊の外大きく慶介には感じられた。
「鉱山エリア……かな? ということは僕は魔法で飛ばされちゃったのか……」
静けさに耐え切れず、言葉に出して状況を確認していた慶介。
しかしそれによって、より自分が独りぼっちになってしまったことを強く認識し、不安が心の底から湧き上がってくる。
「――っっ!!」
不安に押しつぶされた慶介は、思考することも行動することをも放棄して、ただその場でうずくまってしまう。
幸い周囲には魔物の姿はないようで、無防備な状態の慶介に襲い掛かられる心配はなかった。
『慶介、聞こえるか?』
どれくらい蹲っていただろうか。
それほど長い時間ではなかったが、慶介はそうした時間の感覚すらもあやふやになっていた。
そんな時、不意にどこからか北条の声が聞こえてくる。
「北条さん!?」
慌てて立ち上がって周囲を見渡す慶介だが、北条の姿はどこにも見当たらない。
『今お前がどういう状況になっているか、こちらからじゃあ詳しくは分からない。ただぁ、俺のスキルによって慶介のHPとMPの状態。それから、慶介の大まかな位置を知ることはできる。そして、今やってるように俺からの声を一方的に届けることもなぁ』
「……北条さん」
心細さに押しつぶされていた慶介にとって、この北条の声は慶介の心を救うことに繋がった。
こちらから声が届けられないのが残念だったが、定期的に届く北条からの声に、慶介は大いに励まされる。
転移で飛ばされた場所が鉱山エリアということもあって、Cランク上位の慶介であれば、ソロでも動き回るのに問題なかったことも幸いだった。
転移罠対策に、慶介の〈魔法の小鞄〉にも食料や地図の写し、生活用品なども入っている。
更に言えば、慶介は"水魔法"も使えるので水に関しても自前で用意可能だ。
「ここは……十三層の上り階段近くかな? それなら階段を上っていこう」
慶介は後衛職ではあるが、最近目覚めた特殊能力系スキルを活かすために、今では"格闘術"なども取得している。
それから慶介には元々使っていた"杖術"などのスキルもあった。
"杖術"は物理戦闘向けではないが、FランクやEランクの敵がメインのこの階層なら、十分魔法なしでもやり合うことはできる。
「楓さんも無事だったみたいだし良かった」
最初は転移したことで気が動転していた慶介だったが、すぐに直前の戦闘についてを思い出していた。
あの時急に北条と楓の場所が入れ替わったかと思ったら、次の瞬間には上半身が消し飛んだ楓の姿があったのだ。
しかしそれも北条からの連絡で無事だったことが分かり、今では大分心も落ち着いてきている。
そうなると慶介の心に浮かんでくるのは、とにかく一刻でも早くダンジョンから抜けたいということだった。
それからの慶介の行動は迅速かつ迷いのないものだった。
時折北条からの声が届くとはいえ、ダンジョンを一人きりで探索するのは勇気がいることだ。
何せダンジョンでは魔物が徘徊しているだけでなく、罠までも仕掛けられている。
普段は楓が先頭を歩いてそれら罠を先んじて発見、解除してくれるお陰で、安心して後ろについていくことができた。
しかし一人ではそうもいかない。
「でも、行くしかない!」
幸い鉱山エリアは浅い階層なので、それほど危険な罠は存在していない。
そこで慶介は罠を気にせず、ひた進むことを決める。
素人が楓のように罠を発見できるとは思わなかったからだ。
逆にそんなことをしていると時間だけが無駄に過ぎていくだけだろうと、慶介は割り切る。
矢が飛んでくる、警報が鳴る、天井から酸が降ってくる……などなど、幾つかの罠に掛かっていく慶介。
しかし"エアーステップ"や"念動力"などのスキルを駆使して、強引突破していく。
〈魔法の小鞄〉の中の緊急事態セットの中には、各種ポーションも入っている。
罠などで少々のダメージを負っても、〈レッドポーション〉でその都度癒して先を急ぐ。
そうやって途中で他の冒険者に出会うこともなく、睡眠を取ることなく移動し続けた慶介は、ついに鉱山エリア十一層にある迷宮碑からダンジョンを脱出することに成功した。
▽△▽
「坊主……、一人なのか?」
脱出を一人喜んでいる慶介に、転移部屋で待機していた冒険者が声を掛けてくる。
「はい」
「そ、そっか……」
慶介の返事を聞いて気まずそうな顔を浮かべる冒険者。
「あっ、仲間のみんなも無事ですよ。僕だけちょっと罠に嵌って一人別の場所に飛ばされちゃって……」
「なっ、そうなのか!? そいつぁよかったなあ」
その冒険者は本当に善意で声を掛けてきたらしく、慶介の返答を聞いてほっと溜息をついた。
「ありがとうございます。では僕は町に戻りますので失礼しますね」
「おう! 元気でな!」
気のいい冒険者と分かれた慶介は、その足でダンジョンを脱出。
その頃になって、北条からの【デリバリーボイス】の指示が届いた。
慶介は無事地上に出たことを伝える為、《ジャガー町》への帰還ルートの途中で魔法を無駄に使い、MPを消費させる。
これによって、慶介のMPが急激に減少したのを感知した北条。
『おお、無事脱出できたみたいだなあ。よかったよかったぁ。俺たちはこのまま先へと進んでいくがぁ、こちらから定期的に状況を伝えようと思う。何か緊急事態があれば別だがぁ、しばらくはパーティーを抜けないでいてくれぃ』
「はい、分かりました」
一方通行なのは分かっていながらも、ついつい慶介は声に出して答えてしまう。
「さてと、拠点まではあと少し……」
北条に無事を伝えた慶介は、疲れた体に鞭打って森の中に開かれた道を歩き続ける。
最初の頃は、本当に森の中の小さな獣道といった風だったのに、今では大分通行しやすいように道が整えられていた。
「だけどやっぱりちょっと眠い……なあ」
幾ら魔物のランクが低い鉱山エリアだろうが、一人で行動していた慶介はこの二日のあいだ睡眠を取っていなかった。
ダンジョンの中ならまだ緊張感が維持できたので、うっかり眠ってしまうことを避けることはできた。
しかしこうして無事に地上に脱出すると、気が緩んだらすぐにでも眠りに落ちてしまいそうになる。
そんなことを考えていた慶介は、不意に右の森の先から危機迫るような声を聞き取る。
それも声の感じからまだ幼い子供か女性の声だ。
「……今ので少し目は覚めたけど、何だろう?」
近頃この森の魔物は数が大分減っているので、一年前と比べてもダンジョンへの行き帰りで魔物と遭遇する機会も減った。
そのことは村人も認識しているようで、最近では村の人が森の浅い所まで野草やキノコを採取したり、薪を集めに森に入ったりすることが増えた。
「確かにここはもう村からは近い場所のハズだけど……」
そう思いながら声の主の下へと駆けつける慶介。
すると、少し森が開けて天から太陽光が直接降り注ぐ一画に、二人の子供の姿を慶介は見つけた。
「あれはっ! 危ない!!」
しかし悠長にその二人の子供を観察している暇は、慶介にはなかった。
その二人の子供の前には、大人の身長を超えるような巨大な体躯をしたDランクの猪の魔物――ビッグボアが鼻息荒く二人を見据えていたからだ。
「ま、魔物め! ぼ、ぼくが相手に……な、なってやる!」
二人の子供の内、男の子の方がそう言って手にした剣を構えるが、ガクガクと体が震えていてまともに狙いを付けられそうにない。
その子供の背後には、同じ年ごろの女の子が地面に腰を突いて顔を真っ青にしている。
「間に合って!」
逼迫した状況に、慶介は速射性の高い"水槍の魔眼"を発動させる。
すると慶介の視線の先、ビッグボアの前脚部分に向かって水の槍が真っ直ぐ走り、左足部分を見事に撃ち抜く。
「ヴヴヴヴゥゥゥゥッッ!」
初弾を見事命中させた慶介は、それからも続けて"水槍の魔眼"をビッグボアに放ち続ける。
そのおかげで、ビッグボアの注意を二人の子供から自分の方へと惹きつけることに成功した慶介。
「君たち、早く逃げて!」
そうして二人の子供に注意を促すと、慶介は本格的に戦闘態勢に入るのだった。




