第448話 アーガスの想い
アーガスより拠点の説明を受けたキリルは、俄かには信じられない様子だった。
だがグリーク辺境伯の人となりはキリルも既に十分承知している。
このような場面で、嘘や冗談などを言うような人物ではないのだ。
「魔法壁とは驚きだな」
「王都のそれとはまた別物ですが、私が見た所十分な防御力を持っておりました」
「そうか。グリーク卿は実際に訪問したんだったな」
「ええ。そしてその砦を築いた人物。ホージョーという男は、英雄クラスの力を持っている。彼とあの砦が合わされば、大軍を退けることもできましょう」
「……ホージョーだと?」
北条の名を聞いたキリルが一瞬目を細める。
そのキリルの反応にアーガスも気づく。
「ご存じなのですか?」
「ああ。《ジャガー町》での悪魔との戦闘の際に活躍した冒険者らしいな」
「その通りです。素性が知れぬ男ではありますが、少なくとも敵対的ではありません。それに、彼の能力は先ほど申した通り英雄クラスです。御三方をお守りするにも適切かと」
「例の悪魔と一対一で戦ったとは聞いたが、それほどの実力なのか?」
「私も手合わせをしましたが、まったく本気を出させることすらできず。その時同行していたエスティルーナ殿が次に手合わせしたのですが、Aランクの実力はあると言っておりました。しかもそれでもまだ本気ではないだろうとも」
「ほおう……。砦を築いておきながら、武力も優れているのか」
「娘の話では少なくとも高レベルな"土魔法"の使い手であるとのことだったが、我々が手合わせをした時は、手にした魔法の斧槍一本で戦っておりました」
「なるほど。それならその町に逃がそうというのも納得できる話だ。この話は持ち帰って本人達と話し合ってくるとしよう」
キリルはアーガスの提案を受け入れ、一旦この場を後にした。
そしてすぐさま他の四人の兄妹を集め、先ほどのアーガスの話を持ち出す。
今更アーガスが彼ら王族を裏切るとも思えず、芯から王族の心配をしていたことは他の王子らも疑うことはなかった。
提案としては問題はないと思われ、実際に第四王子エルランドと第四王女リタの双子兄妹はその提案に乗ることを決める。
しかし第三王女のアリーナはここに残ると言い始めた。
「私はお兄様と離れるつもりはありません。その何とかという町に避難するのでしたら、お兄様も一緒ですわ」
「アリーナ……。僕はグリーク卿の力になる為この地に残るつもりだ。君までそれに付き合う必要はないんだよ?」
「何と仰られようと、私は考えを改めることはありません!」
「参ったな……。兄上、どうしたものかな?」
昔からアルノルトにべったりだったアリーナだったが、ここまで我が儘を言うのは幼いころ以来久しぶりのことだ。
アリーナもまた、自身の未来についてを考えているのかもしれない。
「……分かった。グリーク卿と相談してこよう」
本来であれば力づくでも連れていきたい所であるが、もし戦に負け落ち延びたとしても、その先に待つ未来は決して明るいものではない。
そのことを思うと、キリルも義妹に無理強いしたくはなかった。
そこで一度その場を離席したキリルは、アリーナのことをアーガスに伝えにいく。
するとアーガスはしばらく考えた後、一つの代案を出した。
その代案はキリルにとっても渡りに船とも言えたので、それをそのままとんぼ返りしてアリーナに伝える。
「キリル兄さまが私の代わりに、リタらと共に避難するのですか?」
「そうだ。お前はアルノルトと一緒にここに残ってもらって構わない。エルとリタはまだ幼いので、俺が付いていくことになる」
「私はそれで構いませんが、キリル兄さまはここに残らなくて構わないのですか?」
「すでにここ数日で、俺の考えや情報などはグリーク卿に伝えてある。これ以上ここに残っても正直余り役にはたたないのさ。それに俺もちょっとした用事があるんでね」
キリルはアリーナからすると義兄にあたるが、仲が悪いという訳でもないし嫌っている訳でもない。
ただアルノルトへの愛が重いために、キリルへのそれがあっさりしたように思えるだけだ。
それは次のアリーナの言葉からも窺える。
「そうなのですか……。それではどうか、ご無理はなさらないで下さいませ」
「大丈夫。護衛にエスティルーナ殿も付いてくるようだしな。それより、お前達二人もくれぐれも無理はするなよ?」
「承知しておりますわ」
「はい、兄上。この件が片付いたらまた稽古をつけてください」
気の優しいアルノルトはともかく、気の強いアリーナにこのような口の利き方をする者は少ない。
実際第一王子であるエミリオに対して、普段アリーナはつんけんした態度を取っている。
しかしキリル相手だとその人柄のせいか、少々の不作法もつい気にならなくなってしまう。
「ではグリーク卿にこのことを伝えてこよう。エルランド、リタ、二人とも恐らく出発は急となるだろうから、今から仕度を整えておいてくれ」
「はい! 兄上」
「わ、分かりました……」
それからキリルは言葉通りにアーガスに返事を伝え、すぐに出発の準備を始める。
エルランドとリタの二人も、そんな兄を見て仕度を始めるが、元々最低限の荷物しか持ってきていないので、幾ら王族の仕度といえどそこまで時間は掛からなかった。
そして次の日の朝。
「では行ってくる」
と、短くキリルが挨拶をする。
ここに残るアルノルト達と、避難していくキリル達。
すでに両者の間で話すこと、話したいことは、昨日の内に散々話しておいた。
こうして王族三人を乗せた馬車は、一路避難先である《ジャガー町》へと向けて走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「くれぐれも娘のことは頼んだぞ」
「勿論分かっている」
キリルらが《ジャガー町》へと旅立つ前日の事。
アーガスは、Aランク冒険者であるエスティルーナ・ラ・メラルダと二人で話をしていた。
それは《ジャガー町》へと向かう、キリル王子らの護衛の件から始まる。
しかし、アーガスの思惑はそれだけに留まらない。
父アーガスの影響を受け、御淑やかな貴族女性ではなく槍を持って戦うような女性へと成長したアウラ。
長女カーラは既に、王家派のクラウスナー伯爵家の長男の下に嫁いでいる。
他の家族はと言えば、長男バルバロッサはアルザスの街をよく治めているし、次男のユリアンも同様にルイトボルドを過不足なく治めている。
アーガスも最初の内は、アウラも姉同様にどこかいい相手と結ばれてくれたらいいなと思っていた。
しかし肝心の本人は乗り気ではなく、いつかは父を支えられる立派な人物になりたいと思っているようだった。
本人がハッキリそう父に言った訳でもないのだが、それ位はアーガスにも理解出来る。
ならばせめてもと思い、将来性のある《ジャガー町》への代官に任命し、騎士爵へと任命して思うままにさせることにしたアーガス。
しかし今、状況は大きく変わってしまった。
(アウラ……)
父の為だと女だてらに武芸を磨き、自分を慕ってくれた娘のことをアーガスは愛しく思っている。
それは勿論他の子に対しても同様の気持ちであるのだが、他の三人の子供が先に《鉱山都市グリーク》から離れていく中、最後まで残っていたアウラへの想いは特別なものがあった。
そこでアーガスは幼いころからの知り合いであり、一流の冒険者でもあったエスティルーナに娘のことを託すことにした。
もし自分が敵に敗れたり、アウラ自身に危険が及ばんとしたりした時は、無理矢理にでもアウラを連れて国外へと逃がして欲しい、と。
長い付き合いであるエスティルーナは、そんなアーガスの心境をよく理解している。
そしてエスティルーナもまた、アウラとは幼い頃から何度も接している仲だ。
本来英雄クラスであるエスティルーナは、前線に出せばそれだけで大きな働きを期待出来るはずだった。
しかし、敗色の濃いこの度の戦いにエスティルーナを巻き込むよりも、アウラの為に働いてもらうことをアーガスは選択する。
「無論、俺も無様に負けるつもりはないがな」
「…………」
エスティルーナは、アーガスの言葉に特に反応を示さなかった。
ただ静かに踵を返すと、アーガスの私室を後にする。
去り際に、「そう、生き急ぐこともなかろうに……」という、小さな呟きを残して。




