第423話 孤島での出会い
突然の北条の行動に身構える龍之介たち。
しかし北条の表情を見る限り、ただ魔物が現れただけのようには見えなかった。
この階層の魔物相手に、北条がそこまで表情を変化させることはありえないからだ。
北条はそのまま身構える龍之介らを通り越し、少し歩いた場所で辺りを窺うようにして立ち止まる。
明らかに何かあったと思われるのだが、変化はすぐには訪れなかった。
二十八層で悪魔が急に出現した時のような、その場に立ち止まっていてはいけないと思わせる圧力のようなものも、一切感じられない。
魔物が出現することを除けば、辺りは平和な夏のビーチといってよかった。
それから五分ほどが経過し、何も変化が起こらないことに龍之介らの警戒が少し緩み始めた頃、ようやく二番目に索敵能力の高い楓がソレに気づく。
「北条……さん……」
どうするべきか、答えを求めるような楓の呼びかけに、北条は後ろ手に待ったを掛けて、再び前方を見据えたまま押し黙る。
この孤島エリアは、外周部分は南国の無人島のようなイメージで海岸線がずっと続いているが、少し内側に入ると、これまた南国らしい木や植物が生い茂っている。なので、海岸からでは島の奥を見通すことはできない。
そして今、その島の奥。
北条が見据えていた方角から人影らしきものが接近してくることに、ようやく龍之介らも気づいた。
「あれって……」
思わずといった調子で漏れた龍之介の声に、続く声はない。
妙な緊張感の中、両者の距離は縮まっていく。
それは人型の魔物などではなく、歴とした「人間」の姿だった。
恐らく向こうもこちらの存在には気づいているのだろう。
しかし、駆け寄ってくるのではなく、慎重に様子を窺いなら距離を縮めてきている。
ダンジョンで冒険者同士が出会う時は、大抵はこのような感じに互いに警戒を抱きながらすれ違うものだ。
しかし、途中まではそのように警戒して接近していた島の奥から来た人間は、一定距離まで近づいた後に、急に大きな声を張り上げる。
「ヴェン! 彼らなら多分問題ないよ!!」
その女性にしては少し低い声を発した冒険者らしき少女は、そこで一旦立ち止まって後ろを振り返る。
すると、少ししてから奥の木の陰から一人の男が姿を現わした。
そして少女のいる位置までたどり着くと、そこからは二人で一緒に北条らの方まで歩いてきた。
だが至近距離までは近寄らず、十メートル程の間を取った場所で立ち止まる。
「…………」
最前列にいる北条と相手の男は、向かい合ったまましばし黙り込む。
男はソフトレザーアーマーを身に着けており、杖を手にしていることから魔術士系なのだと思われる。
生真面目そうな……それこそ役所で書類仕事が似合いそうな風貌をしていた。
一方少女の方は、ハードレザーアーマーがメインだが所々に金属のプレートで守られた鎧を身に着けており、手には大きなハンマーが握られている。
ただ、今は外套を纏っているので余り装備を詳しく見ることはできない。
このクソ熱い中外套? とも思うが、あれがないと金属部分が熱を吸収してヤバイことになるんだろう。
しかし、あまり汗をかいたり熱そうにしたりしている様子はなく、人を明るくさせるような笑顔を浮かべている。
「その……なんだ……。このような所で出会うとは奇遇だな?」
「……まあ、そうだなぁ」
なんともズレた挨拶をしてきた男は少し緊張しているようで、どう話をつづけたらいいか迷っているように見える。
そんな男に見かねたのか、少女の方が窘めるように声を上げる。
「ちょっと、ヴェン! 何その喧嘩別れした奴と十年ぶりに再会したみたいな挨拶は!」
「い、いや、だがしかしだな……」
「ほら、見てみなよ! 向こうはめっちゃこっちのこと警戒してるじゃない!」
少女はそう言ってはいるが、二人が言い争うのを見ていくうちに、龍之介たちの中の警戒も徐々に薄れていく。
それもこれも少女の持つ快活さが、悪い印象をまったく与えてこないからだ。
「ならいい! ボクが彼らと話すからね?」
「あ、ああ……。任せたよ」
そう言うと男は一歩後ろへ引き、代わりに少女が一歩前へと出る。
「えーっと、そっちはホージョー率いる『サムライトラベラーズ』だよね? ボクはファエルモ。で、こっちの陰気臭いのがヴェナンド。『シールド&マジック』っていうパーティーを組んでいるんだ」
「そのパーティーの名前は聞いたことがあるなぁ。帰らずのエリアに向かったはいいが、それから姿を見ていないと」
「うん……そうだね。実はこの先の階層にとんでもない奴がいてね」
「ファル!」
任せると言っておきながら、急に鋭い声で割り込んでくるヴェナンド。
しかしファエルモにはまったく効いていないようで、逆にヴェナンドへと諭すように話しかける。
「ヴェン……。ここで変に優位を取ろうとしても逆効果だよ。今、圧倒的に不利な立場にいるのはボクらの方なんだ」
「ぬ、ぬう……」
ファエルモは見た感じまだ二十歳にもなっていないように見えるが、中年のおじさんといった見た目のヴェナンドにため口を利いている。
血の繋がりまではないだろうが、それなりに関係が深いことが二人の口調からも窺えた。
「っと、話の途中ゴメンね。それで今言ったように、ボクらは困った状況になっているんだ。それで……図々しい願いだってのは分かってるんだけど、ボクらも君たちと一緒についていきたいんだけど、どうかな?」
「…………。『シールド&マジック』は、Bランク二人にCランク四人のパーティーだと聞いている。後の四人はどうしたんだぁ?」
「ッッ……!」
北条の問いに、ヴェナンドの肩が大きく震える。
俯き、視線を逸らしたヴェナンドの体は小刻みに震えている。
そんな彼の態度が、先の質問の何よりの答えであることを示していた。
「……他のみんなは次の階層の魔物に襲われて……ね。ランジーが体を張って守ってくれなかったら、ボクたちも今こうしていなかった……と思うよ」
これまで快活な様子だったファエルモも、流石にこの話題をする時は酷く沈んだ様子を見せる。
それはまるで、太陽が厚い雲に覆いかぶさられ、今にも大雨が降りだしてきそうな、そんな様子だった。
「そうかぁ……。事情は分かったぁ。少し仲間内で話させてもらうぞぉ」
「うん。ボクらがこれまで見つけてきた宝箱の中身やドロップなんかを、報酬として譲るよ。どうかこれでボクらを助けてほしい」
二人の話は、少し距離はあったものの龍之介たちにもしっかり届いていた。
北条が彼らの下まで戻り、周囲に【遮音結界】を張り巡らすと、早速ファエルモの提案についての話し合いが始まった。
「話は聞こえていただろう? そこで彼らの話にどう答えるべきか。意見を述べてくれぃ」
「オレは別に助ければいーんじゃねーかと思うぜ」
「……私も特に反対はありません。彼らは報酬も支払うと言っていますし、北条さん的にも問題ないのでは?」
「んん? そうだなぁ……。まあ報酬をもらうのは当然として、契約をしておくというのは最低限必要だなぁ」
「あの子は裏表なさそうな感じだけど、あの男の方はどうなの?」
カタリナが言っているのは、北条のスキルによる彼らの査定だった。
北条はそれら膨大なスキルの全てを、明らかにしていない。
しかし豊富なスキルの中には、初対面の相手でもどういった人物か見抜く能力があることは、仲間にも知られている。
「"悪意感知"や"敵意感知"には反応はないなぁ。そもそも、騙し討ちするにしても、こんな帰らずのエリアの奥でやるもんじゃあないだろう」
「それもそうね」
「という訳で、俺としては少しキツめの契約で縛った上で、報酬をもらって彼らの頼みを聞く……という感じで行こうと思ってる。どうだぁ?」
「いーと思うぜ」
「コクコク……」
「それでいいんじゃない?」
全員の承諾を取った北条は、【遮音結界】を解除し、返事をしにファエルモの下へと歩き出す。
……その前に、
「あー、忘れてたぁ。お前ら、あまりアイツらに肩入れしすぎたりするなよぉ?」
とだけ告げて、今度こそ二人の下に歩いていくのだった。




