第422話 大漁
帰らずのエリア三十層で領域守護者を倒してから、二十日近くが経過した。
三十層以降もそれまでと同じく、一層ごとに階層のタイプが変わる構造をしており、魔物のランクが一段階上がった以外は大きな変化は見られない。
北条以外のメンバーもレベル的にはBランク間近、カタリナ以外の異邦人はすでに実力としてはBランク級の強さがある。
三十一層以降はアンデッドエリアはなく、そういった意味でも探索は順調に進んではいた。
今も発見したばかりの魔法陣の傍で、次の階層に赴く前に休息を取っていた所だ。
「……で、次で何層だっけ?」
「三十九層よ。覚えてないの?」
「オレはこまけーことは気にしねーんだよ」
「階層情報は細かいことなんかじゃないでしょ」
いつものようにちょっとした言い合いをしている龍之介とカタリナだが、それもどこか勢いがない。
すでに帰らずのエリアに突入してから一か月以上が経過している。
決して進みが遅いという訳でもなく、これまで十数層も通り抜けてきた訳だが、未だに迷宮碑が設置された階層は見つかっていない。
そのことが少なからずメンバーに暗い影を落としていた。
「ほらほら。そろそろ次の階層行くぞぉ」
そんな中、北条だけは表向きはいつもと変わらないようにも見える。
北条は普段、笑っていたり不快そうな表情をしたりすることはあるのだが、そのどれもが本気でそう思っているかどうかが分かりにくい。
今もいつも通り、自信ありげな不敵な笑みを浮かべている。
(……でも、少し焦っているように見えるのは私の気のせいかしら?)
だがメアリーは、最近の北条が何かに追われて焦っているように感じていた。
それは恐らく、日ごろ北条と接触した時のほんの些細な違和感が積み重なって形成されていったものだ。
それ故、メアリーの中に具体的な根拠というものはなかった。
「わーったぜ。んじゃ、さっさと行きますか」
北条の呼びかけに、他のメンバーも次々と魔法陣の傍へと集まっていく。
初めの頃は、次の階層にこそ迷宮碑が設置されているんじゃないか? ……と転移する度に期待をしていたものだったが、今ではそうした期待感も最早ない。
というか、このまま守護者の下まで迷宮碑は設置されてないんじゃないか。
そういう気持ちが高まってきていた。
「……またこのタイプかぁ」
「気分転換にはなると思うけど、二度目だしねえ……」
「流石のオレも二回目となるとそんなはしゃいだりする気もおきねーな」
なんとも微妙な反応を見せる北条達。
帰らずのエリア三十九層は、二十七層と同じような孤島タイプだった。
海岸線から少し内陸に入った場所に、三十八層へと続く魔法陣が設置されており、転移してすぐに青い空とどこまでも続く青い海が見渡せる。
「でもまあ、島タイプなら外周からぐるりと回っていけばいいから、探索はしやすいだろう」
「となると問題は次の四十層ね。三十層に領域守護者がいたことだし、四十層にも領域守護者……もしかしたら守護者がいるかもしれないわ」
「その可能性は高そうだぁ。だがぁ、今は目の前の階層の攻略に集中しよう」
「おう!」
心の中に溜まった抑圧が解放されることはなかったが、南国の日差しの中、景色だけは抜群の孤島エリアは、若干メンバーの気分転換にもなったようだ。
北条達は、再び海の幸という名の魔物たちのドロップをかき集めながら、島の外周部分から探索を続けていく。
外周を回るだけなら、森林エリアのように下手に道に迷うこともない。
丸一日かけて外周部を回った北条達は、その日は海辺近くで野営を取ることになった。
「今日の夕飯は……フライングキラーフィッシュをフライにして食ってやろう」
「おお。あのトビウオの奴か!」
この三十九層の孤島ではDランクからCランクの魔物が出現するが、三十層代ラスト付近のこの階層ともなると、比率としてCランクの魔物が多くなっている。
二十七層ではほとんどカニやエビの魔物だったが、三十九層では空を飛んで襲ってくるトビウオのような魔物も生息している。
ファンタジーな世界といえど、余りこのように陸上で活動する魚系の魔物はいないので、チャンスとばかりにこの階層で魚をゲットしまくった北条。
カニやエビに拒否反応を示すカタリナも魚ならば問題はないようで、北条が調理したフライングキラーフィッシュのフライを美味しそうに食べている。
「カニやエビもいいんだがぁ、魚もやっぱりいいもんだなぁ。……この階層の海に潜れば、もっと他に見つかるかなぁ?」
「水中戦は難しいわよ?」
「んー、確かにオレもちょっとどう戦っていいかわかんねーな」
「……よし。明日の朝ちょっと試してみよう」
「え、マジかよオッサン」
「はぁ、また始まったわね」
別にいつも突飛な行動をしている訳でもないのだが、北条にはすでにそういうイメージが定着してしまっている。
その為、少し変わった行動をするとすぐにそのイメージを彷彿とさせてしまうようだ。
「まぁ、任せろ。俺に考えがーある」
「なんかろくでもなさそうな気がするけど、危険じゃなければいいんじゃない?」
こうして翌朝に、唐突な北条の魚獲りが決定された。
その後、夕食を終えた一行は見張りをニアとラビに任せてから就寝した。
海岸に打ち寄せる波の音が、彼らを安眠へと導く。
そして、夜が明けた……。
▽△▽△
「ほいじゃあ行くぞぉぉ!」
翌朝になり、朝食を終えた『サムライトラベラーズ』は、夕食の時に北条が言っていた魚獲りを試すために、すぐ近くの海岸まで足を運んだ。
北条はどこかウキウキしているようで、気合の入った様子だ。
「ホントに上手くいくのかしら?」
「オッサンだったら、ごり押しでなんとかしそーな気はするけどな」
予め北条から魚獲りの方法を聞いていた龍之介らは、これで上手くいくのか半信半疑といった様子だ。
「…………尽きぬ雷は全てを討ち滅ぼす、【千雷】」
戦闘中ではないため、じっくりと事前準備をして放たれることになった、北条の特級の"雷魔法"。
それはシーサーペントに放たれた時よりも更に威力増し増しで、海面へと放たれる。
直接その範囲内に魔物の姿は見えないものの、海面へと落ちる無数の落雷は海中へと伝わっていき、近くの生物へ無差別に襲い掛かった。
傍から見ていると環境破壊している迷惑のオッサンといった様子だが、効果は一応あるようで、水面には魚がプカプカと浮かび始めている。
「まだまだ行くぞぉ。……近き者全てに紫電の裁きをもたらせ。【紫玉】」
続けて北条が使用したのは、龍之介らが見たことなかった新しい魔法だ。
魔法が発動すると同時に、北条の近くに三つの丸い紫色の球体が出現する。
それはバチバチと紫電を放っており、みるからに触れてはいけないと主張しているかのようだ。
それは、見た目的には初級"雷魔法"の【ライトニングボール】に近しい。
しかし、こちらの方が見た目的にやばそうであり、威力的にも極悪だった。
その三つの紫色の球体は凶相をはらんだまま飛んでいき、そのまま海中へと没していく。
すると、球体が落ちた場所から紫色の光が幾筋も発せられる。
よく見てみると、その紫色の光は球体自身から発せられているようだ。
そして光が放たれる度に、プカプカと魚が浮かんでくる。
「……ホージョーは漁師も務まりそうね」
「……だな」
未だ最初に放たれた【千雷】の効果が続いているので、カタリナと龍之介の声も自然と大きくなっている。
やがて魔法の発動が終わり、辺りに静けさが戻ってくると北条は、「ちょっと回収してくる」といって海にそのまま乗り出していった。
【水上歩行】の魔法で海面をそのまま走っていった北条は、まずは海面に浮かんでいる魚の回収に入る。
しかし全ての獲物が海面に浮かんでいる訳ではなく、海の魔物などはそのままドロップとなって海中に漂っているものも多い。
「しゃあねえ、潜るか」
北条は一人小さく呟くと、自分の体のすぐ近くを覆うように【物理結界】を張り、【水上歩行】の魔法を解除して水中へと潜っていく。
北条の魔法は、確かに先ほどの方法で海中の魔物を何体も倒していたようで、ドロップは幾つも散らばっているようだ。
「……けど、散らばりすぎて回収ができんぞ」
とりあえず魔石に関しては、"魔力感知"で魔力反応を見ればどこにあるのかが掴みやすい。
しかし他のドロップ品はそう上手くは行かない。
「"空間感知"である程度調べることはできるが……しんどすぎるだろ。あー、回収のことを考えてなかったのが失敗だったな」
結局北条は軽く周囲を漁ってめぼしいものだけを回収し、砂浜へと戻っていく。
「いやー、参った参ったぁ。海中の魔物も倒せてたみたいなんだがぁ、ドロップが回収…………」
そこまで言った所で北条は突然発言を止める。
その北条の突然の変化に、何も言わずに仲間たちも臨戦態勢を整え始めるのだった。




