第420話 シーサーペント
「うげげ、でけええ…………」
北条の警告の声からすぐに、異変は龍之介らにも伝わった。
急に地底湖の表面が波打ち始めたのだ。
その揺れの激しさからある程度予想は出来ていたが、果たして水中から顔を出したのは予想通りの巨大な魔物の姿だった。
「あれはもしかして……シーサーペント!?」
その姿を見たカタリナが素っ頓狂な声を上げる。
「……ああ、確かにこいつぁシーサーペントのようだなぁ。領域守護者仕様でちぃとばかしでかくなっちゃあいるがぁ」
シーサーペントは、元々全長十メートル以上もある大きな蛇のような魔物だ。
主に海や湖などの水辺に生息している魔物で、特に海によく出没することから漁師や船乗りには恐れられている。
しかし目の前に現れたシーサーペントは全長が十五メートルを超えており、その大きな蛇のような見ためは、龍之介にとある記憶を呼び起こさせる。
「こ、こいつ……グローツラングの水蛇版みたいなやつか!」
以前、地下迷宮エリアの最奥で守護者として現れたグローツラングには、苦い思い出がある龍之介。
その時の龍之介の実力では、果敢に戦いを挑む北条についていくのがやっとだった。
気を許すと一撃で意識を持っていかれるような攻撃に警戒しつつ、神経のすり減らすような戦いをしていたのを思い出す。
ひとまず後衛のカタリナは島の中央部まで北条と一緒に退避し、北条がその周囲に結界を張り巡らす。
それから引き続き北条はシーサーペントに"解析"を掛けていく。
北条の近くには従魔であるニアとラビも控えていた。
彼らは魔法攻撃と回復がメインなので、カタリナと共に結界の中が定位置だ。
一方前衛はというと、水中に引きずり込まれないように注意しながら、水辺からちまちまと攻撃を加えている。
相手の体は大きく的もその分大きいのだが、体の半分以上が水中なので、近寄ってからの攻撃がしにくい。
それでも龍之介は遠距離攻撃の手段もあるので、そういったものを使って少しずつでもシーサーペントのHPを削っていく。
楓もほとんど姿が見えないが陰に隠れながら攻撃を加えており、地味にメインアタッカーの龍之介並の火力が出ている。
「解析結果出たぞぉ! そいつは"ウォーターオイルスキン"というスキルを持っていて、物理攻撃が少し通じにくい! 注意すべきは"水魔法"と、蛇系特有のタフさ。それから、"大海操作"という水を大きく操作するスキルにも気を付けろぉ!」
そう言いながら、"解析"を終えた北条が前衛に近い位置まで出ていく。
前回のグローツラングの時と比べ、龍之介たちもレベルが上がっているせいか、同じCランクのシーサーペント相手にも後れを取ってはいない。
しかし、生息域の違いのせいで、積極的なダメージを与えることができなかった。
「こいつは見た目通り水属性への耐性があり、弱点は雷属性になる。俺が一発どでかいのをぶちかますから、お前達は一旦そこで後ろにさがってくれぃ」
「分かったぜ!」
「分かりました!」
北条の指示を受け、積極的に前へ出ていた動きを、少し抑えた戦い方へとシフトしていく龍之介たち。
「……先に行く。【轟雷遁の術】」
雷属性が弱点だということを聞き、楓も最近使えるようになった上級の"忍術"である【轟雷遁の術】を放つ。
すると、目でハッキリ見えるほどの太い落雷が数本、シーサーペントへと襲い掛かる。
見た目の通り威力も強力なこの落雷は、一つ落ちるたびに轟音を周囲に轟かせる。
その様は、まさに轟雷の名にふさわしい。
「うおっ! クノイチ、あぶねーじゃねえか!」
まだ北条からの魔法攻撃の気配がなかったので、少し魔物に近づいて戦っていた龍之介は、楓の【轟雷遁の術】を直前で後ろに下がって避ける。
またもやクノイチ呼ばわりされた楓は眉をピクピクとさせながらも、流石に戦闘中に龍之介に指導をする訳にもいかず、憤りの表情を浮かべる。
「ヴォアアア……」
強力な雷属性の攻撃に悲鳴を上げるシーサーペント。
その巨大な体がのたうち回っているせいで、龍之介たちのいる場所まで波しぶきが飛んでくる。
しかしただ暴れまわるだけでなく、シーサーペントは"水魔法"による攻撃をも仕掛けてきた。
それら一つ一つの魔法攻撃はそこまで威力が高い訳ではないのだが、何度も被弾してしまうと徐々に押し切られていってしまう。
ボス戦においては、相手のHPやMPの多さを常に意識しておかなければならない。
"水魔法"の他にも、その巨体をそのまま武器にして体ごと押しつぶそうとしてきたり、ダイナミックにそのまま噛みついて来ようとしたり、その動きはなかなかにアグレッシブだ。
体が大きいだけあって、口を開いて横凪ぎに迫ってくる様子は相当な迫力がある。
しかし、龍之介もメアリーも今更それしきのことで怯んだりはしない。
逆に陸上に体を出し、大きく攻撃してきた時こそチャンス! とばかりに、ジャンプして躱しながら器用に剣で鱗の部分を切りつけていく。
「うえぇっ……。確かにこいつの体、すんげーぬるぬるしてて切りにくいぜ」
"ウォーターオイルスキン"のスキルは、体の一部が水に触れているか、近くに水場がないと維持使用できないスキルだ。
その制約の分、似たような"オイルスキン"のスキルより効果が強力になっている。
「準備出来たぁ、行くぞぉぉ!」
「退避します!」
「わ、わわわっ、ととと…………」
今度こそとんでもないものが来ることが分かっているので、龍之介は慌ててその場を離れていく。
「昏き虚ろなる声よ、現出せよ、【ヴ・ロアー】。尽きぬ雷は全てを討ち滅ぼす、【千雷】」
すでに何度か北条が披露していた、"ダブルキャスト"と"短縮詠唱"による高度な魔法の同時使用。
最初に使用されたのは龍之介らにも覚えがない新魔法で、特級の"暗黒魔法"【ヴ・ロアー】だ。
これは見た目的に効果がある魔法ではなく、声に魔法効果を乗せて発動させる少し珍しいタイプの魔法だ。
対象は一体のみだが、相手に聴覚があろうとなかろうと関係なく、暗黒属性の強力なダメージを与えることができる。
続いて発動された【千雷】も特級の"雷魔法"で、こちらは効果が目に見えて分かりやすい。
術者の指定した範囲内に無数の雷を落とすという魔法で、今だけは洞窟内の青い光より【千雷】の放つ光の方が強く周囲を照らしている。
一つ一つの落雷の威力や音は数が多い分、先ほどの楓の【轟雷遁の術】には劣るが、なんせ撃ち込まれる数が桁違いだ。
「す、んげええ…………」
まるで花火大会の花火を置いてある場所に火災が発生し、一斉に花火が打ちあがってしまったような状態が、数分にわたって続く。
"再生"スキルや"ライフストレージ"、"ライフストック"、"生命力自然回復強化"スキルなどを持つタフなシーサーペントも、この二つの魔法だけでかなりHPを削ることに成功した。
「これで大分HPは削れたぞぉ。あとは地道に削っていく!」
「お、おう! オレも行くぜっ!」
そう言って北条は、今度は〈サラマンダル〉を片手に接近戦を仕掛けていく。
豪快な魔法に見とれていた龍之介も、北条の声に慌てて追従の声を上げる。
それから二十分ほどが経過した。
蛇系の魔物は大抵は生命力が旺盛で、仕留めきるのに時間がかかると言われている。
だが、今、その魔物は断末魔の声を上げていた。
最初の北条の大技が効いたのか、それともその他のダメージの蓄積も大きかったのか。
結局は三十分くらいで、帰らずのエリア三十層の領域守護者を倒すことに成功した。




