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※ただし魔法は尻から出る  作者: クロネコスキー


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第9話 チートと言えば収納魔法と鑑定

その瞬間。


小石が、スルリと消えた。


「……入った」


収納魔法は使えた。


問題は、使えた場所だ。


入った。


本当に入った。


いや、違う。


体の中に入ったわけではない。


そこは大事だ。


感触はない。


痛みもない。


何かが腸内を通っていく感じもない。


ただ、尻の穴のすぐ近くに見えない入り口があって、そこへ小石が吸い込まれたような感覚だった。


助かった。


本当に助かった。


これで小石が実際に尻の中へ入っていく感触があったら、俺はたぶんその場で泣いていた。


いや、泣くだけでは済まない。


収納魔法なのか、ただ森の中で小石を尻に入れた変な人なのか、区別がつかない。


魔法が発動していると信じられるだけ、まだ救いがある。


救いの形がだいぶひどいが。


俺はしばらくその場に立ち尽くした。


できた。


収納魔法が使えた。


これは大きい。


便利だ。


めちゃくちゃ便利だ。


入り口さえ見なければ、完璧なチートスキルである。


問題は、その入り口が俺の人生に大きな影を落としていることだ。


「まあ、人前で使わなければいいか」


俺は自分に言い聞かせた。


幸い、ここは森だ。


誰もいない。


鳥はいるが、鳥に社会的評価を下げられることはない。


たぶん。


俺は試しに、小さな枯れ枝を一本手に取った。


さっきより少し長い。


これを入れるのは、心理的に抵抗がある。


かなりある。


だが、やるしかない。


俺は腰を落とし、なるべく余計なことを考えないようにした。


これは作業だ。


ただの作業だ。


薪を収納する作業だ。


断じて変な行為ではない。


「収納」


枯れ枝がスルリと消えた。


おお。


入った。


やはり体内には入らない。


枝が当たる感触もない。


お尻は傷ついていない。


収納魔法としてはちゃんと成立している。


すごい。


すごいのだが、絵面は終わっている。


俺はもう一本、枝を手に取った。


「収納」


消える。


もう一本。


「収納」


消える。


三本目の途中で、俺は気づいた。


いちいち声に出さなくてもいいのでは?


俺は黙って枝を近づけ、「収納したい」と考えた。


枝が消えた。


「おお」


これは便利だ。


呪文なしでもいける。


たぶん、一度感覚を掴めば発動できるタイプの魔法なのだろう。


火や風も、慣れればいちいち叫ばなくて済むかもしれない。


それはありがたい。


村の中で「ファイヤー!」と叫びながら尻を向けるのは、社会的に終わる。


叫ばなくても終わる可能性は高いが、叫ぶよりはマシだ。


俺は集めていた枯れ枝を、次々と収納に入れていった。


一本。


二本。


三本。


束にして穴に入れると、まとめて吸い込まれた。


これはいい。


かなりいい。


手で持てる量に縛られない。


枝を拾って、腰を落として、収納する。


枝を拾って、腰を落として、収納する。


動きだけ見れば、森で妙なスクワットをしているおっさんである。


トレーニングと言い張れなくもない。


いや、無理か。


俺は考えるのをやめた。


集めた枝を全部入れ終わると、今度は歩きながらめぼしい枝を収納していった。


この辺りの枯れ枝は、村の人たちも拾いに来るのだろう。


太くて良さそうなものは少ない。


だが、俺には収納魔法がある。


細い枝でも量があれば、何かしらの役には立つはずだ。


たぶん。


少なくとも、手ぶらで帰るよりはマシだ。


ついでにボソの実も集めておくことにした。


これからどうなるかは分からない。


お金が手に入らなかった場合、当面これが主食になる可能性が高い。


というか、いまはもうほぼ主食だ。


一ヶ月ボソの実生活が確定している。


嫌な響きだ。


だが、食べ物さえあればなんとかなる。


最悪、村を出て森で暮らすという選択肢も――。


いや、ないな。


森には狼がいる。


水も不安だ。


それに、ベラから逃げたら絶対に面倒なことになる。


あの人はたぶん、村中に「尻の破れた井戸水泥棒が逃げた」と言いふらす。


逃亡初日から名前ではなく特徴で手配される。


そんな人生は嫌だ。


逃げるのは最後の手段にしよう。


いや、最後の手段にもしたくない。


俺はボソの実をいくつか採り、収納に入れた。


丸い実は枝よりも入れやすい気がする。尖ってないからな。


ただ、入れやすいからといって気分がいいわけではない。


俺はもう、木の実を尻から収納する男になってしまった。


異世界転生とは、もっと夢のあるものではなかったのか。


そう思いながら、さらに枝と実を集めていく。


しばらく作業していると、足元に少し違う草を見つけた。


よもぎのような見た目をした、柔らかそうな草だ。


葉の形が周りの雑草と少し違う。


匂いもなんとなく薬草っぽい。


薬草っぽい匂いとは何か、と聞かれると困る。


だが、あるだろう。


いかにも体に良さそうな草の雰囲気が。


「ははーん」


俺はしゃがみ込んだ。


賢い俺には分かる。


これが薬草だな。


間違いない。


……と思ったが、確証がない。


俺は薬草の知識など持っていない。


よもぎっぽいから薬草、という判断は危険すぎる。


地球でも、食べられる草と毒草は似ていたりする。


異世界ならなおさらだ。


もしかすると、この草は見た目が薬草っぽいだけの毒草かもしれない。


ベラのところに持って帰って、「これは毒草だよ」と言われたらどうなる。


「アンタ、薪だけじゃ足りないからって毒草まで持ってきたのかい」


そう言われる未来が見える。


井戸代返済どころか、さらに評価が下がる。


ただでさえ俺は、水を勝手に飲んだ尻丸出しの怪しい旅人なのだ。


ここで毒草持参がくわわると、危険人物としての完成度が上がってしまう。


食べて確かめるのもダメだ。


毒だったらどうする。


たしかに、俺は毒消しの魔法も使えるかもしれない。


全属性魔法を取ったのだ。


回復系や解毒系の魔法が使えてもおかしくない。


だが、問題は発動場所だ。


もし毒を消す魔法が使えたとして、それはどこから出るのか。


考えたくない。


かなり考えたくない。


尻から毒が抜けるのか。


尻から解毒の何かが出るのか。


どちらにせよ、森の中で一人でやる実験としては重すぎる。


怪しいものを口に入れるのはやめよう。


俺は三十八歳だ。


石橋を叩いて渡るべき年齢である。


その石橋が尻に続いているのは納得できないが。


となると、使うべき魔法は一つだ。


鑑定。


俺は鑑定魔法を取った。


たしか取った。


スキル取得画面で、毒キノコを食べて死にたくないから必要だと思った記憶がある。


まさにいま、その出番ではないか。


薬草かどうかを見分ける。


鑑定魔法の使い道として完璧だ。


これぞ異世界。


これぞチート。


ようやくまともな魔法使いっぽいことができる。


俺は草の前で姿勢を正した。


右手を前に出す。


鑑定といえば、普通は目か手だろう。


対象に手をかざし、半透明のウィンドウが出る。


名前、効果、品質、レア度。


そういうやつだ。


俺は右手に魔力を集めた。


少しだけ期待する。


火や風はダメだった。


だが鑑定なら、もしかすると手からいけるかもしれない。


攻撃魔法ではないし、補助魔法だし。


何かの間違いで、今回だけは手から発動してくれてもいい。


「鑑定!」


何も起きなかった。


森は静かだった。


草も静かだった。


俺の右手も、ただ前に出ているだけだった。


「……まあ、それはそうだよな」


俺の考えが甘かった。


この世界は、俺にそこまで優しくない。

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