第10話 鑑定魔法はどうやって見る?
だが、まだ目がある。
鑑定といえば見る魔法だ。
ならば目から発動してもおかしくない。
むしろ目以外で使う方がおかしい。
そうだ。
目だ。
俺は魔力を目に集めてみた。
目に魔力を集めるというのがそもそもよく分からないが、なんとなく意識を顔の方へ持っていく。
目の奥が少し熱い気がする。
これはいけるかもしれない。
「鑑定!」
何も起きなかった。
草は草のままだ。
俺の視界に文字が浮かぶこともない。
半透明のウィンドウも出ない。
名前も効果もレア度も表示されない。
「……おかしいだろ」
おかしい。
鑑定魔法が目から出ないのはおかしい。
目で見るから鑑定なのだ。
口で味見するなら試食だ。
鼻で嗅ぐなら香りチェックだ。
尻で見るのは、もう何なのか分からない。
いや。
まだ決まったわけではない。
俺はいまのところ尻からしか魔法が出ていない。
だが、穴が開いているところであれば発動するかもしれないという仮説もある。
目は穴ではないだろう。
だったら鼻はどうだ?
俺はあわい期待を抱きながら、鼻に魔力を集めてみた。
「鑑定」
何も起きない。
耳。
何も起きない。
口。
これはちょっと期待した。
「鑑定!」
何も起きなかった。
ただ、森の中で草に向かって口を開けたおっさんが残っただけである。
俺はゆっくりと息を吐いた。
もう分かっている。
分かっているのだ。
認めたくないだけだ。
魔法は尻から出る。
それは火でも風でも水でも同じだった。
収納魔法ですら、入り口が尻だった。
なら、鑑定だけが例外になる理由はない。
ないのだ。
俺は諦めるように、尻に魔力を回した。
目の前には薬草かもしれない草。
背後には誰もいない森。
人に見られる心配はない。
だが、それでも嫌なものは嫌だ。
これから俺は、草に尻を向けて鑑定をしようとしている。
魔法使いとしての絵面ではない。
どう考えても草に失礼である。
いや、草に失礼というより、俺自身に失礼だ。
だが、井戸代がある。
仕事がある。
薬草を持ち帰れなければ、ベラに怒られる。
そして俺は、怒ったベラに逆らえるほど、この世界で強くない。
魔法は最強かもしれない。
だが、社会的立場は最弱だ。
俺は草の前で、ゆっくりと腰の向きを変えた。
「これは鑑定だ」
誰に言うでもなくつぶやく。
「学術的な行為だ。薬草かどうかを調べるための、極めて真面目な魔法実験だ」
言い訳を重ねれば重ねるほど、むしろ怪しくなる。
分かっている。
だが、言わずにはいられない。
果たしてどんな発動方法になるのか。
光が出るのか。
音が出るのか。
それとも、何かもっと最悪なものが出るのか。
不安な気持ちになりながら、俺は何度目かの「鑑定!」を唱えるのだった。
「鑑定!」
呪文を唱えた瞬間、俺の尻からキラキラとした光が広がった。
光。
そう、光だ。
断じて変なものではない。
尻から出ているという一点を除けば、かなり神秘的な光である。
むしろ綺麗ですらある。
問題は、その綺麗な光が俺の尻から出ていることだ。
なんだこれ。
いったい何が起こっている?
突然のことに戸惑っていると、光が地面まで届いた瞬間、俺の脳裏に文字のような情報が流れ込んできた。
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土。
森のなかの土。
栄養分はやや低め。
これ以上の解析にはスキルレベルが足りていません。
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「土かよ」
思わず声が出た。
いや、たしかに当たっている。
俺の尻から出た光は、目の前の草ではなく、その少し手前の地面に当たっていた。
つまり、これは鑑定魔法というより、スキャンだ。
尻から出るスキャンビーム。
急に未来がやってきたな。
いや、ここは異世界だ。
ファンタジーな世界のはずだ。
なのに俺だけ、尻に検査機器を搭載しているみたいになっている。
しかも、スキルレベルという言葉まで出てきた。
そんなものがあったのか。
ゲームっぽい。
ゲームっぽいのは良い。
良いのだが、レベルを上げるために今後もこの姿勢を繰り返さなければならないのだとしたら、かなり嫌だ。
俺はゆっくりと腰の角度を調整した。
目の前には、よもぎのような草。
俺はその草に向かって、尻から出る光の照準を合わせる。
こんなに真剣に尻の向きを調整したのは、人生で初めてだ。
今後も初めてのままであってほしかった。
「鑑定」
今度は小さく唱えた。
光が草に当たる。
その瞬間、再び情報が流れ込んできた。
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ファリル草。
薬草。
炎症を抑える。
煎じることでポーションの原料になる。
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「よし!」
薬草で間違いないようだ。
しかも、ちゃんと名前まで分かった。
ファリル草。
炎症を抑える。
ポーションの原料。
かなりそれっぽい。
さすが俺。
直感力が素晴らしい。
いや、正確には尻から出たビームのおかげだが、そこはあまり考えない。
俺は草を根元から丁寧に摘んだ。
この世界の薬草の採り方が正しいかどうかは分からない。
根まで必要なのか。
葉だけでいいのか。
朝採りの方がいいとか、乾かした方がいいとか、そういう知識もない。
だが、今はとにかく持って帰るしかない。
ベラに「これは違うよ」と言われないだけでも大きい。
俺は周囲の草を一つずつ鑑定していった。
「鑑定」
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ただの草。
食用には向かない。
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「鑑定」
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ファリル草。
薬草。
炎症を抑える。
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「鑑定」
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小石。
硬い。
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「小石は見れば分かる」
たまに照準がずれる。
尻から光を出している以上、細かい狙いをつけるのが難しい。
普通の魔法使いなら、手をかざして優雅に鑑定するのだろう。
俺の場合は違う。
草の前で半身になり、腰をひねりながら、尻の向きで対象を狙う。
どう見ても薬草採取ではない。
少なくとも、子供に見せていい仕事風景ではない。
幸い、森の中には誰もいない。
鳥はいる。
さっきから枝の上でチチチと鳴いている。
見るな。
これは仕事だ。
井戸代を返すための、極めて真面目な労働である。
しばらく鑑定を続けていると、ファリル草は思ったより見つかった。
よもぎっぽい草が全部ファリル草というわけではないが、葉の形と匂いと、少しだけ柔らかい手触りを覚えれば、なんとなく見分けられるようになってくる。
もちろん、最終確認は尻ビームだ。
尻ビームと言うな。
鑑定魔法だ。
俺は採ったファリル草を収納魔法に入れていった。
腰を落とし、尻の近くに草を近づけ、収納したいと念じながら入れる。
スルリと消える。
便利だ。
便利すぎる。
これが手のひらから発動していれば、俺はいまごろ「やっぱり異世界チート最高だな」と笑っていたはずだ。
だが現実は、草を一本一本、尻の近くに持っていくおっさんである。
便利さと尊厳が、同じ速度で反対方向へ進んでいる。
そのあとも、俺は薪になりそうな枝、ボソの実、ファリル草を集め続けた。
薪は太すぎると扱いにくい。
細すぎると値がつかなそうだ。
ボソの実は食料として確保しておく。
味は期待しない。
腹が膨れれば勝ちだ。
ファリル草は、見つけ次第、鑑定して収納する。
途中で何度か、ただの草や虫まで鑑定した。
虫を鑑定した時は、脳裏に「森にいる小さな虫」とだけ出た。
それ以上の解析にはスキルレベルが足りていません。
虫の詳細を知るためにスキルレベルを上げたいとは思わない。
だが、薬草の品質や数が分かるようになるなら、かなり便利だ。
もしかすると、スキルレベルが上がれば収納の中に何がどれくらい入っているかも分かるのかもしれない。
いまのところ、俺にはそれが全く分からない。
どれだけ入れたのか。
中で薪とボソの実と薬草がどうなっているのか。
潰れていないのか。
混ざっていないのか。
何も分からない。
収納魔法と聞くと、ゲームのアイテムボックスみたいに一覧表示されるものだと思っていた。
だが俺の収納は、いまのところ「入った」ということしか分からない。
雑だ。
非常に雑だ。
ただまあ、入口からして雑なのだから、管理画面に丁寧さを求めるのは贅沢なのかもしれない。
いや、贅沢ではない。
せめて中身くらいは知りたい。
そんなことを考えながら作業を続けていると、いつの間にか日が傾いていた。
森の中が、少しずつ赤く染まっていく。
「そろそろ戻るか」
成果はある。
問題は、見た目が手ぶらなことだった。
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