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※ただし魔法は尻から出る  作者: クロネコスキー


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第7話 働かざるもの食うべからず

なんと! PVが発生しています!

カクヨムでは0PVだったのに!

読んでくれる人がいる!!!

店内に、かなり大きな音が響いた。


俺は一瞬、何かの魔物が鳴いたのかと思った。


違った。


俺の腹だった。


そうだ。


水を飲んで少し回復したせいで忘れていたが、俺は昨日の夜から何も食べていない。


森で狼に襲われ、空を飛び、水で着地し、村まで歩き、井戸の水を飲んで捕まった。


よく考えたら、かなり動いている。


腹が鳴るのは当然だ。


ただ、タイミングが悪い。


非常に悪い。


ベラが俺の腹を見た。


「アンタ、腹も減ってるのかい?」


「まあ、その、少し」


ぐぅぅぅぅぅぅ。


腹が二回目の返事をした。


少しではなかった。


かなりだった。


「だけどね、水泥棒にあげるような食べ物はここにはないよ」


「ですよね」


「どうしてもお腹が空いてるんなら、これでも食べるんだね」


そう言ってベラは、カウンターの下から何かを取り出し、こちらへ投げてきた。


俺はあわてて受け取る。


手のひらより一回りくらい小さい、黄色い果物のようなものだった。


形は丸い。


表面は少しざらざらしている。


リンゴほど立派ではない。


ミカンほど瑞々しそうでもない。


何というか、食べ物としてぎりぎり果物側に所属している感じだ。


「これは?」


「ヤマダ、アンタまさか、ボソの実が嫌いだって言うんじゃないだろうね?」


「いや、初めて見ました」


「初めて?」


また怪しまれた。


しまった。


この世界では普通の食べ物なのかもしれない。


日本で「リンゴを初めて見ました」と言ったら、かなり特殊な人生である。


俺は慌てて言い直す。


「えっと、こういう形のは初めてで」


「変なことを言うねえ」


ベラは呆れたように鼻を鳴らした。


「贅沢を言うんじゃないよ。たしかに味はそんなに美味しくはないけれど、それを食べればお腹は膨れるんだ。うちの村の近くの森にはそこそこなっているから、お腹が空いてるんだったらそれを採って食べるんだね」


味はそんなに美味しくない。


くれた本人がそう言う食べ物。


不安しかない。


だが、俺の胃袋はもう不安より食欲を優先していた。


ぐぅぅぅぅぅぅ。


三回目である。


もう会話に参加している。


俺は恐る恐る、ボソの実をかじってみた。


シャクッ。


ではなかった。


サクッ。


でもなかった。


ボソッ。


だった。


「……」


味は、あまりない。


甘いとか、酸っぱいとか、苦いとか、そういう方向ではない。


無味。


いや、完全な無味ではない。


土と粉と、遠くにいる果物の気配を混ぜたような味がする。


食感はボソボソしている。


水分も少ない。


口の中の水分を持っていかれる。


飲み物なしで食べるには、なかなか攻めた果物だ。


「どうだい?」


「お腹には溜まりそうです」


「だろう?」


ベラはなぜか少し得意げだった。


褒めたつもりはない。


だが、実際、腹には溜まる。


味の情報量は少ないが、腹に入っている実感は強い。


俺は文句を言える立場ではないので、そのまま黙って食べ進めた。


正直、美味しくはない。


だが、いまの俺にとってはありがたい。


あっという間に食べ終わった。


もっと味わうべきだったかもしれないが、味わうほどの味はなかった。


「食べ終わったかい?」


「はい」


「じゃあ、さっさと森に行きな。森はこの店の裏手にある道を抜けて、左手側にまっすぐだよ。だいたい十七分も歩けば着くさ」


十七分。


俺はそこで少し固まった。


十七分?


異世界《こっちの世界》も、地球と同じ時間の数え方をしているのだろうか。


いや、たぶん違う。


少なくとも、時計を見ながら「十七分です」と言っている雰囲気ではない。


それなのに、俺の頭には自然に十七分と入ってきた。


ということは、やはり自動翻訳が働いているのだろう。


言葉だけではなく、時間や単位も俺に分かる形に変換されている。


たぶん、こっちの世界では別の言い方をしているはずだ。


もし直訳だったら、「小さい砂時計が三回と少し」とか、「鶏が二度鳴くくらい」とか、そういう言い回しになっていたかもしれない。


いや、分からない。


異世界の時間感覚に鶏を勝手に使うのも失礼だ。


だが、とにかく助かる。


スキル選択で自動翻訳を取っておいて本当に良かった。


それを取ったせいでポイントが足りなくなり、バッドステータスを選んだ結果、魔法が尻から出るようになったことを考えると、素直に喜んでいいのかは分からない。


自動翻訳は便利。


だが、代償が重すぎる。


「ぼやっとしてると日が暮れちまうよ」


「あ、はい」


また怒られた。


考え事をしていると、すぐ怒られる。


この村では思考時間にも制限があるらしい。


俺は店の入口へ向かいかけ、ふと大事なことに気づいた。


「あ、そうだ。ベラおばさん」


「は?」


店内の空気が、一段階冷えた。


俺は振り返った。


ベラが、ものすごい顔でこちらを睨んでいる。


さっきまでの井戸泥棒を見る目とも違う。


明確に、別の地雷を踏んだ時の目だった。


「あ、えっと……ベラ、お姉さん」


言い直した。


ベラの目つきが、ほんの少しだけ戻った。


ほんの少しだけだ。


危なかった。


異世界には、狼より危険な言葉がある。


「何だい」


「薬草や薪って、どれくらい集めてきたらいいんです?」


「とりあえず、いっぱいだよ、いっぱい。腕いっぱいに抱えて持ってきな」


ざっくりしている。


ものすごくざっくりしている。


日本で会社員をしていた頃なら、「いっぱい」と言われても、数量、納期、品質基準を確認したくなる。


だが、ここでそれをやると、たぶんまた怒られる。


「薬草の見た目とかは」


「見れば分かるだろう。薬草っぽいやつだよ」


分からない。


薬草っぽいやつ。


それはもう、ほぼ野草である。


俺にとっては、森に生えている草の大半が薬草っぽく見える可能性がある。


逆に、全部ただの草かもしれない。


「間違えたらどうなります?」


「薬草じゃなけりゃ値がつかないだけだよ。毒草なら捨てる。まあ、食べなきゃ死にはしないさ」


死ぬ可能性が自然に会話に混ざってきた。


怖い。


異世界、雑に命が軽い。


「それと、狼に食われたら戻ってこなくていいからね」


「食われたら戻れませんよ」


「そうだよ」


冗談なのか本気なのか分からない。


いや、たぶん本気だ。


「ほら、行った行った。働かざるもの食うべからずだ」


「はい」


俺は店のドアを開けた。


外の光がまぶしい。


村人の視線が、また俺の尻に集まる気がした。


気のせいだと思いたい。


だが、たぶん気のせいではない。


俺は腰のあたりをなるべく手で隠しながら、ベラに教えられた裏手の道へ向かった。


異世界転生二日目。


俺は最強の魔法使いとして冒険者ギルドに登録するのではなく、井戸代を返すために森へ薬草と薪を拾いに行くことになった。


しかも、腹に入っているのは味の薄いボソの実一個。


手持ちはゼロ。


信用もゼロ。


尻の防御力も、ほぼゼロ。


ただし、魔法だけはある。


使う場所に大きな問題があるだけだ。


「働かざるもの食うべからず、か……」


日本でも聞いたことのある言葉だ。


まさか異世界で、尻を隠しながらその意味を思い知ることになるとは思わなかった。


俺はため息をつき、森へ向かって歩き出した。


そのため息は、ちゃんと口から出た。


それだけは、まだ救いだった。

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