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※ただし魔法は尻から出る  作者: クロネコスキー


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第6話 魔法使い様は見せられない

「と、言うと?」


「仕事だよ、仕事」


ベラは指でカウンターをトントン叩いた。


「いままでやってきたことがあるだろう? 得意なことのひとつやふたつ。井戸の使用料も払えないってことになると、こっちも困るんだよ。働けないなら、どっかに売り飛ばすことになっちまうよ」


売り飛ばす。


さらっと怖いことを言われた。


この世界には人権という概念がどこまであるのだろうか。


いや、日本にいた頃の感覚で考えるのは危険だ。


俺はこの村では身分不明、住所不定、無銭飲水の男である。


しかも尻を出している。


信用度としては地面すれすれだ。


ここで「前世では営業職でした」と言ったところで、どうなる。


この世界の営業とは何だ。


農具を売り込むのか。


酒場で新規顧客を開拓するのか。


「御社の課題をヒアリングさせてください」と村人に言っても、たぶんクワで追い払われる。


俺は少し考え、無難なところを出すことにした。


「荷物を運んだりとか、あと計算したりとかも得意です」


「ふーん」


ベラは俺の全身を上から下まで見た。


そして、最後にやはり尻のあたりで目が止まった。


やめてほしい。


「本当なら、それなりに稼げそうではあるね」


「本当です」


「でも、悪いけどね。来たばかりで、どこの誰かも分からないアンタに荷物を任せるやつなんかいないよ。運んでる途中で逃げられたらどうするんだい」


「逃げませんよ」


「逃げそうな格好してるじゃないか」


「格好は関係ないと思います」


「関係あるよ。尻を出して村に入ってくる男に、大事な荷物を任せたいと思うかい?」


思わない。


自分でも思わない。


俺が村人だったら、まず荷物より服を渡す。


いや、服も返ってこない可能性を考えて渡さないかもしれない。


「それと計算だって、こんな村じゃ頼む相手なんかそう多くないよ。簡単な勘定くらいなら皆できる。難しい帳面は、信用のあるやつにしか見せない」


「ですよね」


異世界に来て、俺の数少ない社会人スキルが、信用不足で封じられた。


魔法も尻からしか出ない。


営業経験も身分がないと役に立たない。


スキル選択画面に「信用」って項目はなかったのだろうか。


あったなら取っておくべきだった。


「ほかにないのかい?」


「ほか……」


ほかと言われても、すぐには思いつかない。


パソコンは使える。


メールも書ける。


エクセルで表も作れる。


電話で謝るのも、それなりにできる。


だが、ここにパソコンはない。


メールもない。


エクセルもない。


電話で謝る相手もいない。


いや、謝る相手は目の前にいるが、電話を通す必要はない。


文明レベルが変わると、前世のスキルが急に頼りなくなる。


「逆に聞いてもいいですか」


「答えられることならいいよ」


「ここでは、どんな仕事があるんです?」


ベラは少しだけ考えるように目を細めた。


「そうさね。例えば畑を手伝ったり、水を運んだり、近くの森から薬草や薪になるような枝を集めてきたりって感じだね。あとはこの店の手伝いなんかもあるけど、それは間に合ってるよ」


「店の手伝……」


「駄目だね」


即答だった。


「最後まで言ってないんですけど」


「言わなくていいよ。尻を出した男を店に出せるわけないだろう」


正論だった。


お客様の前に出していい格好ではない。


いや、そもそもお客様がいないように見えるが、それを言うのはやめておいた。


この世界に来てまだ二日目だが、口に出していいことと悪いことくらいは分かる。


たぶん。


「畑の手伝いは?」


「人手がいる時ならあるけどね。いますぐじゃない。水運びは井戸番に顔を覚えられてからだね」


「井戸番」


「アンタはさっき勝手に井戸を使ったばかりだろう」


「ああ……」


水運びも信用が必要らしい。


そりゃそうか。


井戸代を払えない男に水を運ばせるのは、なかなか勇気がいる。


水を持って逃げるかもしれない。


いや、水を持って逃げてもどうするんだ。


どこまで行っても水だ。


「じゃあ、薬草を集めるのって、俺でもできますか?」


「できないことはないだろうけど、アンタ、自分の身は守れるのかい?」


「身を守る?」


「森には狼が出るよ」


狼。


出るどころではない。


もう出た。


昨日の夜に襲われた。


後ろから飛びかかられ、腕を裂かれ、最終的には俺の尻から出た炎で撃退した。


説明したい。


俺はもう狼と戦ったことがある、と言いたい。


ただし、その説明にはどうしても「尻から炎が出た」という重要な情報が含まれてしまう。


重要すぎて、できれば誰にも提出したくない情報である。


「たぶん、大丈夫だと思います」


「たぶんで森に行くやつは、だいたい戻ってこないよ」


「俺、魔法が使えますから」


言ってしまった。


言った瞬間、自分でも少し後悔した。


ベラの目が細くなる。


怒っているというより、面白いものを見つけた顔だった。


「魔法が使えるだって?」


「はい」


「面白いことを言うね。えらいえらーい魔法使い様が、尻を出して井戸の水を盗んで、うちに連れてこられたってわけかい」


「言い方」


だいたい合っているのがつらい。


「じゃあ、そのえらい魔法使い様は、一体どんな魔法が使えるんだい?」


「火とか、水とか、風とか」


「へえ」


ベラがニヤリと笑った。


嫌な笑い方だった。


「ちょっと使って見せておくれよ」


「もちろんいいですよ……あ」


ここで気づいた。


いや、正確には、忘れようとしていたことを思い出した。


俺の魔法は普通じゃない。


普通じゃないというか、だいぶ普通から外れている。


なんたって尻から出る。


火を使えば、俺の尻から炎が出る。


水を使えば、俺の尻から水が出る。


風を使えば、俺の尻からものすごい勢いのおならが……おならじゃない。風が出る。


この店の中でファイヤーを使えば、最悪、店が燃える。


ウォータージェットを使えば、店内が水浸しになる。


フライを使えば、俺が天井に突き刺さるか、壁を突き破る。


どれを選んでも、井戸代どころでは済まない。


そして何より、発動位置を見られる。


それは困る。


とても困る。


「どうしたんだい? ほら、魔法を見せておくれよ」


ベラがカウンター越しに身を乗り出してくる。


たぶん、俺が嘘をついていると思っているのだろう。


嘘ではない。


俺は嘘をついていない。


ただ、真実を証明するために、人としてかなり大事なものを差し出さなければならないだけだ。


「えっと、ここだと危ないので」


「ああ、そうかい。店が壊れると困るからね」


「そうですそうです」


「じゃあ、外でやるかい?」


逃げ道が塞がれた。


「いや、外だと人に見られる可能性が」


「魔法使い様が人に見られて困るのかい?」


困る。


めちゃくちゃ困る。


俺は魔法を見られるのが嫌なのではない。


魔法の出どころを見られるのが嫌なのだ。


だが、その違いを説明するわけにはいかない。


説明した瞬間に終わる。


「その、魔法にはいろいろ準備が必要でして」


「準備?」


「精神統一とか」


「へえ」


「あと、魔力の流れとか」


「ほう」


「場所とか、角度とか」


「角度?」


まずい。


角度は余計だった。


ベラの目がさらに細くなる。


「アンタ、やっぱりからかってるのかい?」


「からかってません。真面目です」


真面目だから困っている。


これが冗談ならどれだけ良かったか。


「使えないなら使えないでいいさ」


ベラはあっさりと言った。


「使えないわけじゃないんですけど」


「はいはい。魔法使い様は、いろいろ事情があるんだろうよ」


完全に信じていない。


だが、正直助かった。


このまま追及されたら、俺は店の裏で尻から小さな火を出す羽目になっていたかもしれない。


異世界で初めて自分の魔法を人に見せる相手が、恰幅の良いおばちゃん。


しかも見せるのは尻から出る炎。


絵面えづらがヒドすぎる。


俺の心が耐えられない。


「じゃあ、とっとと森から薬草を集めてくるんだね。無理なら薪でも拾っておいで。どんなやつでも何度か村と森を往復すれば、井戸代ぐらいは出せるさね」


「何度か」


井戸代、銅貨三枚。


それを稼ぐのにどれくらい薪が必要なのか。


この世界の物価が分からない。


だが、俺の労働価値がかなり低く見積もられていることだけは分かった。


最強魔法使いのはずなのに、まずは井戸代を返すための薪拾いである。


異世界転生の現実は厳しい。


その時だった。


ぐぅぅぅぅぅぅ。


俺の腹は、俺より先に正直な返事をした。

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