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※ただし魔法は尻から出る  作者: クロネコスキー


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第12話 異世界で初めて稼いだお金の使い道

「はい。収納魔法を使って」


「……まだ魔法が使えると言い張るのかい」


「本当に使えるんですけど」


「素直に何度も往復して集めたと言えばいいのに」


信じてくれない。


本当に信じてくれない。


まあ、無理もない。


俺が逆の立場でも、尻の破れた旅人が「収納魔法で運びました」と言ってきたら信じない。


まず医者を呼ぶ。


この世界に医者がいるのかは分からないが。


ベラは薪を一本持ち上げ、重さを確かめるようにした。


それからファリル草を手に取る。


葉を見て、匂いを嗅ぎ、少し目を細めた。臭かったらどうしよう。


「ふうん」


「どうですか?」


「薬草の選び方は悪くないね。ちゃんとファリル草だよ」


よかった。


鑑定魔法は正しかった。


俺の尻ビームは仕事をした。


「これだけあれば、井戸の使用料は十分だね」


「本当ですか?」


「それどころか、お釣りが出るよ」


ベラはそう言うと、懐から小さな皮袋を取り出した。


中から銅貨を数枚出し、俺の手のひらに落とす。


チャリン、と軽い音がした。


「はい、これがアンタの取り分」


俺は銅貨を見つめた。


異世界で初めて稼いだお金。


小さいものと、大きいものがある。


俺の労働の成果。


薪と薬草と、失った尊厳の結晶である。


「ありがとうございます」


思わず、深く頭を下げた。


「これだけの量をひとりで集められる人は珍しいよ。よかったら、明日からも集めてくれると助かるんだけど」


ベラの声が少しだけ柔らかい。


最初に会った時の、井戸水泥棒を見る目とは違う。


まだ信用されたわけではない。


だが、少なくとも「働ける変な男」くらいには昇格したのではないだろうか。


昇格の内容が微妙だが、今はそれでいい。


「やります。やらせてください」


「やけに素直だね」


「生活がかかってますので」


これは本音だった。


俺には金がない。


家もない。


身分もない。


ズボンの尻部分もない。


あるのは魔法だけ。


しかも人前では使いにくい。


なら、働ける場所を失うわけにはいかない。


ベラは俺をじっと見た。


「それにしても、どうやってこれだけ集めたんだい?」


来た。


一番答えにくい質問が来た。


尻に入れて集めました。


いや、入れてはいない。


収納空間に入れました。


入口が尻付近だっただけです。


どれもダメだ。


言葉にした瞬間、俺の人生がさらに変な方向へ進む。


俺は思わず顔が熱くなった。


「そ、それは……」


言葉が詰まる。


「まあいいよ。秘密にしときたいなら無理には聞かないよ」


ありがたい。


ありがたいが、また信用が下がった気がする。


いや、真実を言っても信用が下がるかもしれないが。


「ほかは、薬草の選び方がいいね。経験があるのかい?」


「いえ、じつは鑑定魔法も使えて……」


「収納魔法に、鑑定魔法ね」


ベラが笑う。


「アンタ、すごい魔法使いさんなのね」


完全に信じていない。


言い方が、子供の嘘に付き合う大人のそれである。


「本当なんですけど」


「はいはい。すごいすごい」


「雑ですね」


「魔法が本当かどうかは知らないけど、仕事の結果は本当だよ」


ベラは薬草の束を軽く叩いた。


「そこは見直した。最初は怪しいと思ったけど、なかなかやるじゃないか」


その言葉を聞いて、俺は少しだけ胸が軽くなった。


異世界に来てから、ろくなことがなかった。


狼に襲われた。


尻から魔法が出た。


空から落ちた。


水泥棒になった。


村人に尻を見られた。


だが、ようやく少しだけ認められた気がする。


尻から物を出した結果だとしても、成果は成果だ。


そう思うことにする。


「明日からは、朝早くから森に行くと良い」


「朝早くですか?」


「薬草は朝採りの方が効きがいいんだよ。ファリル草はとくにね。値段も良くなる」


「なるほど」


朝採り。


現代日本でも野菜や魚で聞いたことがある。


この世界でも、鮮度は大事らしい。


つまり、明日は早起きして森へ行き、また尻から鑑定ビームを出して薬草を集めるわけだ。


朝から尻ビーム。


健康的なのか不健康なのか分からない生活である。


「それと……」


ベラが少し言いにくそうな顔をした。


「その、ズボンの破れているところは、何とかした方がいい」


「あ」


完全に忘れていた。


いや、忘れていたというより、考えないようにしていた。


魔法を使うには便利なのだ。


尻の部分が破れていれば、いちいち服をずらさなくても発動できる。


収納も鑑定も楽だった。


だが、社会的には最悪である。


「端切れかなにか持ってないの?」


「いや、何も持ってなくてですね。なんとかしたいとは思ってるんですが」


ベラは呆れたようにため息をついた。


「アンタ、本当に何も持ってないんだね」


「はい」


「胸を張るところじゃないよ」


「すみません」


「うーん、しょうがない」


ベラは少し考えたあと、俺の腰のあたりを見て言った。


「どうせ今晩寝るところもないんだろう?」


「ないです」


「だろうね」


即答された。


「藁小屋を貸してあげるから、そこで寝なさい。そのあいだにそのズボン、アタシが縫っておいてあげるよ」


「え、いいんですか?」


思わず声が明るくなった。


寝る場所。


服の修繕。


異世界生活二日目の俺にとって、どちらも喉から手が出るほど欲しいものだ。


喉から手は出ない。


魔法も尻からしか出ない。


「いいわよ。その代わり……」


ベラが俺の手を取った。


え。


ちょっと待て。


その代わり?


手を握る?


いやいやいや。


相手はベラだ。


恰幅の良いおばちゃんだ。


いや、本人の前でおばちゃんと言うと怒られるから、お姉さんだ。


お姉さん。


そう、お姉さん。


だが、そういう意味の「その代わり」だったら困る。


非常に困る。


俺はまだ異世界に来て二日目だ。


美少女イベントも発生していない。


受付嬢にも会っていない。


エルフも獣人も出てきていない。


そこで最初のイベントがベラは、さすがにルート選択が渋すぎる。


嫌だ。


嫌なんですけど。


などと考えていたら、ベラは俺の手のひらを開かせた。


そして、さっき渡してくれた銅貨をすべて取っていった。


「宿代と服の裁縫代。まいどあり」


ベラはニカッと笑った。


完全に商売人の顔だった。


俺は空になった手のひらを見つめた。


異世界で初めて稼いだお金。


それは、手に入ってから数分で消えた。


「……あの」


「何だい?」


「全部ですか?」


「全部だよ。藁小屋に泊まれて、ズボンまで直してもらえるんだ。安いもんだろう?」


「たしかに、そうなんですけど」


そうなんだけど。


そうなんだけどさ。


俺は貞操の危機かと思って身構えた自分を、心の中でそっと殴った。


何を考えているんだ俺は。


ベラがそんなことをするわけがない。


この人は商売人だ。


ちゃんと金を取る。


むしろ、そっちの方がずっとベラらしい。


「ほら、ぼさっとしてないで、藁小屋に案内するよ。ズボンを脱いだら、さっさと渡しな」


「え、ここでですか?」


「誰がここで脱げって言ったんだい。小屋だよ、小屋で脱ぎな」


「ですよね」


俺は慌てて頷いた。


今日一日で、俺はずいぶん裏庭と縁ができた気がする。


井戸代を返すために薬草を集めた。


収納魔法で薪を運んだ。


鑑定魔法で薬草を見分けた。


そして、初めて稼いだ金は消えた。


残ったのは、寝床と、修繕予定のズボン。


それでも、昨日よりは前に進んでいる。


たぶん。


たぶんだ。


俺はベラの後ろについて歩きながら、そっとため息をついた。


そのため息は、ちゃんと口から出た。


今日はもう、それだけで十分な気がした。

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