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人柱の村

 村へ入った瞬間、空気が重くなった。

 生活の気配はある。

 だが、人の声はほとんどない。

 沈黙の方が目立っていた。

 窓の隙間から、視線が刺さる。

 見ているのは分かるのに、誰も顔を出さない。


 ルカは眉を寄せる。

「……何だここ」

 クロードは周囲を見回しながら、短く答えた。

「閉鎖的な村って話だったろ」

 その声にも、わずかな警戒が混じっている。

 先を歩くクレアは振り返らない。

 足を止めることもない。

「まずは状況確認を」

 淡々とした声だけが、村の重さの中に落ちた。


―――


 話を聞くほど、空気は悪くなった。

「人柱……?」

 ルカの声が低くなる。

 村長は疲れた顔のまま頷いた。

「古くからの風習です」

「災厄を鎮めるため、一定周期で捧げる」

 ルカは一瞬、言葉を失った。

「子供を、生き埋めにして?」

 声は抑えたつもりだった。

 それでも、怒りが混じるのを止めきれない。

 村長は目を逸らす。

「そうしなければ、村が滅ぶ」

「昔から、そう決まっているのです」

 ルカは拳を握りかけて、途中で止めた。

 爪が掌に食い込む。

「正気かよ……!」

 空気が一気に張りつめた。


 クロードが横から口を開く。

「それで、逃げた子供ってのは」

 村長の顔がわずかに曇る。

「イサナという少女です」

「今回の人柱の、有力候補でした」

 一度言葉を切り、短く息を吸う。

「ですが、儀式の前日に消えました」

 ルカは胸の奥が冷えるのを感じた。

「……代わりは」

 村長の喉が動く。

 言葉を選ぶように視線を落とす。

「別の子を」

 ルカの表情が止まる。


「その後、村外れでこれが見つかりました」

 村長は一瞬だけ間を置き、机の下から古びた本を取り出した。

 使い込まれた表紙が、指先で少し軋む。

 クロードがそれを受け取り、ざっと中を確認する。

「禁忌魔術について書かれている」

 あるページで指が止まった。

 本を開き、そのまま二人へ見せる。

 そこに書かれていた文字を、ルカは目で追った。

『悪魔召喚儀式』

 ルカは息を飲む。

「悪魔契約です」

 クレアが静かに口を開いた。

「この悪魔の討伐と少女の確保を第三課題とします」


 ルカは何も言えなかった。

 人柱から逃げた少女。

 その少女を捕まえろという。

 胸の奥に残る違和感を押し込める。

 今は考えるより先に、課題へ集中しなければならない。


 クロードは机の上に本を置き、鞄から地図を取り出した。

 広げた地図へ視線を落とす。

「少女の足なら、まだ遠くには行ってない」

 指先が二か所をなぞる。

「森か、水場だな」

 ルカも身を乗り出して地図を覗き込む。

「森?」

「身を隠す場所が多い」

 クロードはそう言って地図から目を離した。

「俺はそっちを見に行く」

 ルカは小さく頷く。

「じゃあ、俺は水場を探す」

 クレアが口を開いた。

「私はクロード候補生に同行します」

 そのまま視線がルカへ向く。

「深追いはしないで下さい」

「分かりました」

 ルカは短く答えた。


―――


 村の外れの風は冷たかった。

 ルカは一人で夜道を歩いていた。

 頭から追い出したはずの考えが、何度も戻ってくる。

 人柱。

 生き埋め。

 子供。

 頭の中で言葉だけが反響していた。


 その時、不意に水音が耳へ届く。

 ルカは足を止めた。

 木々の向こう。

 月明かりに照らされた小さな泉がある。

 そして、その傍に一人の少女が座っていた。

 白い髪。

 痩せた身体。

 肩には痣のような契約痕が刻まれている。

 ルカが息を呑んだ瞬間、少女もこちらへ気づいた。

「……っ」

 肩が大きく震える。

 次の瞬間には立ち上がり、その場から逃げようとした。

「待て!」

 ルカは咄嗟に声を上げた。

 少女の足が止まる。

 だが、振り返らない。

「俺は——」

 悪魔祓いだ。

 そう名乗ろうとして、言葉が詰まった。

 少女は警戒したまま、一歩後ろへ下がる。

 ルカは慌てて両手を見せた。

「……今、捕まえる気はない」

 少女は何も答えない。

 逃げるべきか、それとも話を聞くべきか。

 迷っているのが表情から分かった。

 ルカは少しだけ視線を落とす。

「お前、イサナか」

 少女の肩が小さく震えた。

 否定はしなかった。


「なんで契約した」

 短い沈黙が落ちる。

 イサナは俯いたまま、服の裾を握った。

「……死にたく、なかったから」

 声は小さかった。

 けれど、はっきりしていた。

 ルカは言葉を失う。

 イサナは俯いたまま続けた。

「嫌だった」

 ぽつりと零れる。

「暗いのも」

「苦しいのも」

「埋められるのも」

 声が少しずつ震えていく。

「怖かったの……」

 その言葉だけは、絞り出すようだった。

 ルカはすぐには言葉を返せなかった。

 契約は禁忌だ。

 悪魔と手を組んだことも正しいとは思えない。

 けれど。

 死にたくなかったという理由を、どう否定すれば良いのか分からなかった。


 イサナは俯いた。

「逃げたら、帰れなくなった」

 掠れた声だった。

「別の子が、埋められたから」

 月明かりの下で、肩が小さく震える。

「もう、帰れない」

 ルカは唇を噛んだ。

 沈黙だけが流れる。

 やがて、イサナがぽつりと零した。

「……でも」

 細い指に力が入る。

「ヴァルシオンは、優しかった」

 その言葉に、ルカの指先がわずかに動いた。

 イサナは顔を上げない。

「最初は怖かった」

「でも」

「一緒にいると、楽になるの」

 静かな声だった。

「怖いのとか」

「苦しいのとか」

「少し、薄くなるから」

 ルカは黙って聞いていた。

「村の人達は、誰も助けてくれなかった」

 イサナは小さく笑う。

 笑っているはずなのに、泣きそうな顔だった。

「ヴァルシオンだけは、助けてくれた」

 風が吹く。

 白い髪が揺れた。

「だから、嫌いになれないの」

 ルカは答えられなかった。

 その言葉が、妙に重かった


 その時だった。

 空気が変わる。

 冷たい気配が、一気に周囲を満たした。

 ルカは反射的に振り向く。

 木々の間。

 そこに、一人の男が立っていた。

 いつからそこにいたのか分からない。

 頭には捩れた大きな角。

 異様なほど整った顔立ち。

 だが、その目は人のものではなかった。

 縦に裂けた瞳孔。

 金色の視線が、まっすぐルカに向けられている。

「私の餌に、何をしている?」

 低い声だった。

 その一言で、空気がさらに重くなる。

 イサナが小さく息を呑んだ。

「……ヴァル」

 震えるような声だった。

 男——ヴァルシオンは、一歩前へ出る。

 イサナの前に立ち、ルカとの間を遮った。

 庇うみたいに。


 ルカはゆっくり武器へ手を掛ける。

 けれど、抜けなかった。

 ヴァルシオンの目が細くなる。

 しばらく、誰も動かなかった。

 音のない時間だけが続く。

 やがて。

「戻るぞ」

 ヴァルシオンが言った。

 イサナは小さく頷く。

 そのままヴァルシオンが手を引いた。

 イサナは引かれるまま、一歩遅れてついていく。

 去っていく背中。

 森の闇へ溶けるように消えていく。

 その直前。

 ヴァルシオンが一度だけ振り返った。

「悪魔祓いか」

 それだけだった。

 静かな声。

 だが、その目には確かな警戒があった。


―――


 森に、風が吹く。

 一人残されたルカは、しばらく動けなかった。

 本当に、これは“討つべきもの”なのか。


 何が正しくて、何を討つべきなのか。

 もう、分からなくなり始めていた。

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