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背負っていく

 数週間後。

 ルカは本部付属の治療院の廊下を歩いていた。

 窓から差し込む夕陽が長く床を染めている。

 行き交う人影は少なく、静かな足音だけが廊下に響いた。

 クレアが目を覚ました。

 数日前にそう聞いた時は、心の底から安堵した。

 助かったのだと。

 だが、病室へ向かう足取りは重かった。

 あの日のことが、まだ胸の奥から離れなかった。


 やがて目的の病室へ辿り着く。

 ルカは小さく息を吐き、扉を叩いた。

「失礼します」

 返事はない。

 だが鍵は掛かっていなかった。

 扉を開く。

 そして思わず眉をひそめる。

「……何してるんですか」

「仕事です」

 クレアはベッドの上で上半身を起こし、膝の上に書類を広げていた。

 まだ顔色は悪い。

 それでも視線だけは真剣だった。

「じっとしていると余計なことを考えてしまうので」

 書類から目を離さないまま答える。

 その言葉に、ルカは何も返せなかった。

 怪我をした時、自分も似たようなことを言った気がする。

 書類をめくる音だけが静かに響く。

 沈黙に耐えきれず、ルカは口を開いた。

「怪我は」

「片足はなくしました」

 あまりにも淡々とした声だった。

「現在、義足の作成を依頼しています」

 ルカは俯く。

 何か言わなければと思った。

 けれど言葉が見つからない。

「そうですか」

 それしか言えなかった。


 クレアは口を閉ざすルカへ視線を向けた。

 やがて手元の書類を閉じる。

「とうとう自分の番が来たかと思いました」

 そう言って、窓の外へ目を向ける。

「以前、貴方と似た立場に立ったことがあります」

 ルカは顔を上げた。

 クレアは遠くを見るような目をしていた。

「その時、私は諦めました」

「助けられないと判断しました」

「だから助けませんでした」

 ルカは言葉を失う。

 クレアはしばらく窓の外を見つめたまま続けた。

「ですが」

「貴方は考え続けた」

 その言葉に、ルカの身体がわずかに強張る。

「その結果、私は助かったと思っています」

「違います」

 思わず言葉が出た。

「俺は貴方を見捨てました」

 クレアは何も言わない。

「優先しませんでした」

 声が少し震える。

「あと一歩遅かったら死んでいた」

「運が良かっただけだとも聞きました」

 ルカは拳を握った。

「責任を感じないのは無理です」

 クレアはしばらく黙っていた。

 やがてわずかに眉を下げる。

「その上で」

「どう考えますか」


 返事はすぐには出なかった。

 あの日から何度も考えた。

 自分の選択は正しかったのか。

 間違っていたのか。

 答えは今も出ていない。

 それでも、ひとつだけ決まっていることがあった。


「逃げたくないです」

 クレアが真っ直ぐルカを見る。

 ルカはその視線を受け止めた。

「この選択の責任から逃げたくない」

「責任を背負ったまま生きていきます」

 一度言葉を切る。

「そして必ず悪魔祓いになります」

「自分のためです」

 クレアはしばらくルカを見ていた。

 やがて静かに口を開く。

「それが貴方の考えなのですね」

「そんなに責任を背負いたいのであれば、私は止めません」

 わずかに。

 本当にわずかに。

 その表情が柔らいだ。

「私は貴方の試験官を担当できて良かったと思っています」

 ルカは何も言えなかった。

 喉の奥が詰まる。

 視界が滲みそうになる。

 深く息を吸う。

 そして頭を下げた。

「ありがとうございました」

 それだけを告げて病室を出た。

 扉が静かに閉まる。

 何も考えられないまま廊下を歩いた。

 ただ足だけが前へ進んでいた。


 廊下の向こうから人影が近づいてくる。

 クロードだった。

「また行くのか」

 ルカが声をかける。

 クロードは短く頷いた。

「ああ」

 最近、クロードは頻繁に病室へ通っていた。

「あの人、事務官希望しているらしい」

 ルカは目を見開いた。

「本当に?」

「ああ」

 クロードがわずかに目を細める。

「強い人だ」

 ルカも頷いた。

 その通りだった。

 自分なら同じことができる気がしない。

「そうだ」

 クロードが思い出したように言う。

「夕方、会議室に呼ばれてる」

「わかった。また後で」

 二人は短く言葉を交わし、そのまますれ違った。


―――


 夕方。

 クロードと共に会議室へ向かう。

 扉を開くと、そこにはアルヴェンがいた。

 いつもと変わらない会議室だった。

 だが、ひとつだけ違う。

 クレアが座っていた席が空いていた。

 その光景に、ルカはわずかに視線を落とす。

 ほんの少しだけ、寂しいと思った。


 アルヴェンが立ち上がる。

「候補生ルカ」

「候補生クロード」

 二人は姿勢を正す。

「おめでとうございます」

 アルヴェンは穏やかに微笑んだ。

「正式に悪魔祓いと認定します」

 ルカは静かに息を吐いた。

 長かった試験が。

 ようやく終わった。

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