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最終課題

 会議室の空気は静かだった。

 窓の外から差し込む昼の光が、長机の上を白く照らしている。

 ルカは正面へ視線を向けた。

 アルヴェンがいる。

 その隣にはクレアが立っていた。

 何度も見てきた光景だ。

 けれど、今日だけは少し違う気がした。

 隣を見る。

 クロードは無言で前を向いていた。

 表情は変わらない。

 その手には、わずかに力が入っている。

 緊張しているのは、自分だけではないらしい。

 やがて、アルヴェンが資料を開いた。

「候補生ルカ、クロード」

 二人は自然と背筋を伸ばした。

 アルヴェンは二人を見渡す。

「これを第五課題、及び最終課題とします」

 最終課題。

 その言葉が静かな会議室へ落ちる。

 ルカは小さく息を吐いた。

 ここまで長かった。

 候補生になってから、まだそれほど時間は経っていないはずだ。

 それでも、ずいぶん遠くまで来た気がする。

 

 ルカの思考を押し込めるようにアルヴェンの声が続いた。

「依頼内容は、失踪した子供達の捜索です」

 資料が机の上へ置かれる。

「三か月ほど前から、周辺地域で子供の失踪が相次いでいます」

 ルカは資料へ目を落とした。

「既に発見された子供もいます」

 思わず眉を寄せる。

「発見されてるんですか」

「ええ」

 アルヴェンは頷いた。

「ただし、全員、精神状態に異常が見られます」

 会議室が静かになる。

「感情反応の著しい低下」

「笑わない」

「泣かない」

「怒らない」

「原因は不明です」

 ルカは資料へ視線を落とした。

「悪魔の関与が疑われています」

 アルヴェンは資料を閉じる。

「詳細な判断は現地で行って下さい」

 短い沈黙が落ちる。

 それで説明は終わりだった。

「以上です」

 会議室は再び静かになる。

 誰もすぐには立ち上がらなかった。

 ルカは机の上の資料を見つめる。

 これが最後。

 この課題が終われば、自分達は候補生ではなくなる。

 胸の奥に、期待とも不安ともつかない感情が広がった。

 ルカはそっと拳を握った。


―――


 森道には昼下がりの光が差していた。

 一定の揺れに身を任せながら、ルカは窓の外を流れていく木々をぼんやり眺めていた。

 向かいではクロードが妙に落ち着かなかった。

 槍を持ち直しては窓の外へ視線を向け、何かを考え込んではまた槍へ目を落とす。

 ルカは眉をひそめた。

「……何してんだ」

「別に」

 返事は早かった。

 だが、どう見ても別にではない。

 しばらくして、クロードが意を決したように顔を上げた。

「……クレア試験官」

 珍しく声が硬い。

 クレアが手元の資料から顔を上げる。

「何でしょう」

 クロードは一度言葉を飲み込んだ。

 視線が落ち着かず、耳も少し赤い。

「もし、この課題に合格したら」

 そこでまた言葉が止まる。

「……一緒に食事、行きませんか」

 ルカは目を丸くしてクロードを見た。

 クロードは至って真面目な顔をしていた。

 だからこそ緊張が丸分かりだった。

 馬車の中へ沈黙が落ちる。

 車輪の音だけが妙に大きく聞こえた。

 クレアは一度だけ瞬きをする。

「合格後のことを、今考えるのは適切ではないと思います」

 クロードの動きが止まった。

 本当に固まっている。

 ルカは思わず目を逸らす。

 見てはいけないものを見てしまった気分だった。

 しかし。

「ですが」

 クレアは静かに続ける。

「検討はしておきます」

 クロードは数回瞬きを繰り返したあと、

「……そうですか」

 とだけ答えた。

 短い返事だったが、さっきまで張り詰めていた肩からは、少し力が抜けていた。

 ルカはその横顔を見ながら、小さく笑いそうになった。


―――


 村へ着いたのは夕方前だった。

 畑があり、家があり、人の暮らしがある。

 一見すると、どこにでもある普通の村だ。

 だが、村長の家へ案内されると、その印象は少し変わった。

「お願いします」

 村長は深く頭を下げた。

 疲れ切った顔だった。

 眠れていないのだろう。

 目の下には濃い隈が落ちている。

「もう十人以上いなくなっているんです」

 小さな村で十人。

 決して少ない数ではない。

 ルカ達は席へ着いた。

「発見された子供達について聞かせて下さい」

 クロードが言う。

 村長は頷いた。

「命は助かっています」

 そこで言葉が止まる。

 苦しそうに視線を落とした。

「ですが……別人みたいになってしまって」


 村長に案内され、ルカ達は発見された子供の家を訪れた。

 家の隅に置かれた椅子へ、一人の少女が座っていた。

 年は八歳くらいだろうか。

「ミオ」

 母親が呼ぶ。

 少女はゆっくり顔を上げた。

 反応が遅い。

 まるで声が届くまで時間がかかっているようだった。

「ほら、挨拶くらいしなさい」

 母親に促されても、ミオは何も言わない。

 ただルカ達を見ている。

 その目には感情らしいものがほとんどなかった。

 母親はため息を吐いた。

「帰ってきたのはいいんですけど」

「前より手がかかるようになっちゃって」

 ルカは思わず顔を上げる。

 その言葉に、何か引っかかるものを覚えた。

 だが母親は気づかない。

「ぼーっとしてるし」

「何考えてるか分からないし」

 困ったように言う。

 少女は黙ったままだった。

 ただ、そこに座っているだけだった。


 その後も聞き込みは続いた。

 村人に失踪した子供達について話を聞く。

 話を聞けば聞くほど、奇妙な共通点が浮かび上がってきた。

 父親から暴力を受けていた少年。

 育児放棄されていた少女。

 孤児院から姿を消した子供。

 周囲に馴染めず、いつも一人でいた少年。

 境遇はそれぞれ違う。

 だが、どの話にも共通していることがあった。

「居場所のない奴ばっかりだな」

 資料へ目を落としたまま、クロードが呟く。

 ルカも小さく頷いた。

「偶然じゃない」

「選んでいます」

 クレアは静かに言った。

 けれど、その意味は重かった。


―――


 日が傾き始めた頃だった。

 最後の失踪現場を調べていたルカは、ふと足を止めた。

「……これ」

 しゃがみ込み、地面へ手を伸ばす。

 柔らかい土の上に、小さな足跡が残っていた。

 子供のものだ。

 そして、その傍には別の痕跡もあった。

 深く抉れた地面。

 何か大きな獣が通ったような跡だった。

 クロードも隣へ来て視線を落とす。

「続いてるな」

 足跡も獣の痕跡も、森の奥へ向かって伸びていた。

 ルカは顔を上げる。

 木々の向こうへ続く薄暗い森。

 三人は痕跡を追いながら奥へ進んだ。


 やがて森の斜面へ辿り着く。

 そこには半ば崩れた石造りの入口があった。

 苔に覆われた古い地下水路だった。

 入口の奥からは水音が聞こえる。

 冷たい空気がゆっくりと流れ出していた。

 クロードが暗闇を見つめる。

「どうする」

 短い問いだった。

 ルカも入口へ視線を向ける。

 足跡は中へ続いていた。

 ここまで追ってきた痕跡も途切れていない。

「まだ近くにいると思うか」

 ルカは少し考えた。

「いると思う」

 そう答えると、クロードは小さく頷く。

 しばらく誰も口を開かなかった。

 聞こえるのは水音だけだ。

「行くぞ」

 クロードが言った。

「ああ」

 ルカも頷く。

 クレアは何も言わなかった。


 三人は地下水路へ足を踏み入れる。

 石段を下りるたび、外の光は少しずつ遠ざかっていった。

 背後の出口が小さくなり、やがて闇だけが残る。

 奥から響く水音は、不気味なほど規則正しかった。

 まるで何かが待っているようだった。

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