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公爵令嬢はゴブリンの村に馴染んでいく

 リラ様は婚約解消をしない限り、学院卒業後は会うことも許さないと仰っていた。

 それはごもっともだわ。ジェディース学院を卒業したらようやく成人として胸を張っていけるのに、婚約を撤回しなければエンドハイト様に嫁いで王族の一員となってしまう。リラ様の妻でありたいのに他の人の元へ嫁に行くわけにはいかない。

 むしろ婚約者がいる状態だっていうのにリラ様は傍にいることを許してくださっているのだもの。そんな心の広い彼のために心配事は全て断ち切らなければ。

 誰だって婚約相手のいる人物と添い遂げたいとは思わないだろう。仲間を大切にするリラ様なら村に被害を受けるようなことはしたくない。

 王族の一員となってしまったら気軽にリラ様とも会えないし、もし行ってしまったら王国の騎士団を動員してリラ様の住む森にも捜索範囲のひとつとして入っていくだろう。

 リラ様とリラ様の住む村の平穏を守らなければ! と、ヴィーチェは気合を入れていた。


「今日は来てくれてありがとね」


 その日はゴブリンの村へと呼ばれた。春季休暇の初めにお土産としてスイーツや本などをリラに託したら、本を好むゴブリン達からヴィーチェを呼んでとお呼びがかかったのだ。

 リラは少し不服そうだったが、おそらく本の読み方が合っているかどうかの確認として呼ばれたとヴィーチェは予想した。何度かこのように村へ呼んでもらえるほとんどの理由がそれだったから。

 村に辿り着けばショートカットヘアのルナンがお礼を口にする。彼女はとても強気で勝気な性格であり、怒ったらとても怖いのだと村の人は言っていた。

 まだ怒られたことのないヴィーチェにとってはいまいちピンとこなかったが、ルナンはそれよりも活字に夢中といった印象である。

 村の誰よりも文字を理解し、ヴィーチェがいなくとも誰かに教えられるくらいには習得しているので今さらヴィーチェの教えが必要とも思えない。


「そんなことないわ。村に招かれるだけでも私としては嬉しいことだもの。でもルナンは人間文字については完璧だと思うのだけれど」

「全然よ。正直小説を読んでいる文に対しては憶測で読み進めているところもあるから」

「ルナンは勉強熱心だわ」

「別に。面白いと思っただけよ」


 ルナンはヴィーチェにとって歳上のお姉さんのような存在だった。男性顔負けの強い口調を他のゴブリン達に向けるような頼れる姉御であり、文字を教えているときは真面目に耳を傾けてくれる生徒みたいな感じ。

 兄はいるが姉はいなかったので、何だか新鮮さもありヴィーチェはルナンとの仲が特に良かった。


「面白いからという理由で新しいことを覚えようとするのは十分に立派で勉強熱心よ」

「ほんとにアンタはすぐに褒めるわね。てっきりリラだけかと思ってたけど」

「リラ様が素晴らしいのは当然だけど、凄いと思ったことは口にするのが一番ってお母様も仰ってたもの!」

「いいお母さんなのね」

「えぇ!」


 そう。母はとても素敵な人だった。もちろん生きていたときの記憶は赤子の頃ゆえにないに等しいのだけど、ごくまれに姿を見せるのだ。それは決まって夜の体調を崩した日に現れる。母との会話は全てそのときに交わした記憶しかない。

 母には「こうして会ったことはみんなに内緒ね?」と言われていたのだけど、結局あれはなんだったのだろう。最後に会ったのは今よりもっと小さい頃。家出をして魔物の森に引きこもり、リラ様にも迷惑をかけて風邪をひいたあの日だ。

 病気になってしまったらリラ様とは会えないので、彼に会いたいがゆえに不健康にはならないようにと適度な運動、食事などを徹底したせいか風邪をひかなくなってしまった。だから母に会うこともない。

 あれは病に患って心細くなった私が見た幻覚なのだろうか。そんなことをぼんやりと考えてしまう。


「あ、そういえば参考までに聞きたいのだけど、次持ってくる本はどんな物がいいかリクエストはあるかしら? ルナンや他の方達の好みを知りたいの」


 本と言ってもそのジャンルは様々。絵本から始まり、図鑑、小説、伝記、学習実用書と多彩なものを今までに差し入れしていた。その中から気に入ったものがあれば新たに用意しようとして。

 娯楽が少ないゴブリン達が本に触れ、楽しんでもらえるのはヴィーチェにとっても嬉しいことだった。知らないことを知る楽しさに種族は関係ないのだから。


「そうね。やっぱり老若男女問わず絵本は人気だったわ。あとは図鑑系も絵が多くてためになることを書いてるからそれもいいし、私を含め女性陣は小説が気に入ったわね」

「なるほどなるほど。絵本と図鑑、小説ね。小説もどういう話が良かったかわかるかしら?」

「……」


 そう問うとルナンは少し難しそうな顔をして黙ってしまった。そんなに答えにくい質問だったかしら? と小首を傾げる。今まで彼女達に差し入れた小説のジャンルは冒険物や恋愛物、感動物、ホラー物など。推理物は話が難しいかもしれないので省いていた。だから答えにくい質問とは思っていなかったのだ。


「男は冒険で女は恋愛ね……」


 そこでようやくルナンが答えた。人間の男女と似たような答えなのでゴブリンの感性も人間の感性も男女で似ているのかもしれない。


「わかったわ。次はそのジャンルを多めに見繕ってくるわね」

「ありがと……あと……その……」


 しかしなぜだろう。ルナンが他にも何か言いたげな様子で少し言い淀んでいた。どちらかと言えば何でもはっきりと物を言う彼女にしてはその姿は珍しいものだ。


「ルナン? 他にも何かあれば遠慮なく言ってちょうだいね。一番本を読んでくれるのはあなたなんだから、私としてはルナンの読みたい物も用意したいわ」


 そう告げるとルナンはぴくりと反応をした。やはり、とヴィーチェは確信する。

 彼女は男女それぞれの平均的な好みを述べただけであってルナン自身の好みは口にしていない。少数意見だから遠慮をしていたのだろうか。

 返答を待っていると、ルナンはいつもより少し小さな声で語ってくれた。


「わ、私は……女性が主人公の、冒険譚が読んでみたいわ」


 少し照れくさそうに目を逸らす。その答えにヴィーチェはなるほどと思った。

 確かに冒険物は男性主人公で、恋愛物は女性主人公が多い。だからこそ男女の好みも綺麗に分かれた可能性がある。主人公の性別が違えば感情移入のしやすさも変わるだろう。


「女主人公が強く、活躍するような……」


 ルナンは女性ゴブリンの中でも腕っ節があり、男性達に混ざって狩猟にも参加する珍しい人物。

 それでも女性だから、と守られることも少なくないと聞く。だからなのだろう、彼女は彼女なりに思うところがあるのかもしれない。もちろんそのような悩みは人間もゴブリンも一緒だ。だから感情移入しやすい女性主人公が活躍する冒険物を読んでみたいのかも。


「えぇ、任せて! 私も好きよ、女性が格好良く活躍する冒険物っ!」

「そう……? 女性が主人公の冒険小説もあるのね?」

「もちろんっ。小説って沢山あるのよ。ルナンの望むジャンルも少なくないわ」

「ほんと? それじゃあ、楽しみにしてるわ。女性主人公の冒険物を」


 ルナンはとても嬉しそうにしていた。よほど見たかったのだろう。そんな彼女が好む物語を見つけようとヴィーチェはほくそ笑んだ。

 ……しかし、本は確かに沢山存在するのにゴブリンが格好良く活躍するものが全くないのだけは納得できなかった。

 やはりここは私が製作するしかないわね、と更なる決心もする。それがいつ現実になるかはわからないが、できれば学院卒業までには実現させたいところ。卒業したらゴブリンの村に住むため、公爵家の人間であることをやめる予定だから。


 その後、ルナンや本好きのゴブリン達と読書会を行い、単語や本文の読み方などで躓く者達に教え回った。

 ルナンに関してはヴィーチェの思った通り、間違いはなく完璧である。やはり物覚えがとても良かった。そんな彼女に「ルナンは先生になれるわ」と褒めたところ、彼女は少し自信を持った様子で「そうね」と小さく笑いかけた。



 ◆◆◆◆◆



「……オイ、そろそろ帰る時間だろ」


 そうリラに声をかけられ、気づけば日が傾き始めた時刻だった。

 読書会を終え、今度は小さな子供達と共に花と草を編み込んだ草花冠を作っていたヴィーチェは驚きに声を上げる。


「えっ!? もうそんなお時間なのっ?」

「あぁ、そうだ。ほら、帰るぞ」


 そう言ってリラは背を向ける。わざわざ言葉にはしないが、森の出入り口まで送ってくれるのだ。最後までリラを堪能できるのでヴィーチェは名残惜しいけれど嬉しくもあった。


「えー! ヴィーちゃんもうかえっちゃうのー?」

「えぇ、そろそろ暗くなってしまうから帰らなきゃいけないの」

「まだ明るいのにかよー? 早く帰るなんて子供だなヴィーチェは!」


 子供達がヴィーチェを囲うように群がり、残念そうな声があちこちから上がった。


「ふふっ、そうね。でもまた来るわ」

「絶対だぞー!」

「じゃあ、これはヴィーちゃんにあげるっ」


 一人の少女が草花冠を掲げる。それを見たヴィーチェは微笑ましげにその子の前にしゃがみ込むと、ふわっと冠が頭に乗せられた。

 花より草の方が割合も多いが、しっかりとした作りとなっていてヴィーチェは嬉しげに少女へと礼を告げる。それを見た他の子供達も自分達が作った冠をヴィーチェにとプレゼントをし始めた。






「そんなに貰ったらまた鉄石症になるぞ」


 村を出てしばらくすると呆れ気味のリラが忠告する。

 ヴィーチェは子供達から貰った冠を頭にいくつか乗せ、乗りきらなかった物は腕に通した状態で大事そうに抱えていた。

 鉄石症こと緑肌病は植物に宿る魔力の接触や花粉により鼻からの吸収によって発症する。特に免疫力の低下した者や魔力のない者の発症率は高い。それを知らないわけではないのにと思っての言葉だろう。

 そんな小言のようなリラの言葉でもヴィーチェは彼の優しさを感じ取った。


「心配してくださって嬉しい!」

「別にしてないっ」

「でも村の子達からの贈り物を無下にはできないわ。とても素敵な物ばかりだもの。それにまた病にかかってもリラ様が教えてくださった治療法があるから問題ないわっ」

「……そうかよ」


 軽く溜め息を吐くリラ。その姿もヴィーチェにとっては目を奪われるほど格好いいのである。


「っつーか、なんで村の奴らはどいつもこいつもお前に気を許してんだか……」


 少々不服そうな表情。けれどその疑問にヴィーチェは答えられる自信があった。


「それはリラ様のおかげだわ」

「は? なんでそうなるんだよ」

「だってお頭であるリラ様が私のことを害がないと判断して村に足を踏み入れることを許してくださったんだもの。村の方達はリラ様を信じているから私に警戒してないのよ」

「……俺は許したつもりもないし、今でも気が向かないからな?」

「それってつまりヤキモチってことね!」

「違う!」


 相変わらずリラ様は照れ屋なのね、と小さく笑えばリラは「だからその前向きな勘違いはやめろ!」と訴えてくるも、ヴィーチェの耳には入らなかった。


 その後、貰った草花冠は保存魔法をかけてもらうと、部屋の大きなランプの傘の上に乗せたり、壁に飾ったりして子供達から頂いた物を大事にした。


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