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ゴブリンは陰ながら公爵令嬢を見守り、助けに出る

 解毒した翌日、ドラコニア・ヴェネヌムの毒から復活したリラはすでに本調子に戻った。

 身体が鈍らないうちに狩りをするぞと意気揚々に住処から出ると、そこにはリラを待ち構えていたのか、ズラッと集まる仲間達がいたので何事だと身構える。しかし、みんながみんな微笑ましい笑みを浮かべるので嫌な予感がした。


「リラ! ヴィーチェを嫁にするんだってな!」

「おめでとー! ヴィーチェはいつリラの家に住むの?」

「夫婦を祝うパーティーも挙げなきゃ!」


 待て。待て待て待て。どうしてそうなったんだ。唐突の祝言にリラはたじろぐが、すぐさま昨日のアロンの行動を思い出した。村のみんなにヴィーチェと番いになると触れ回っていたことに。違うと叫んでもやはり聞いちゃくれなかったか。

 それにしても話が大きくなっているし、仲間達もすっかりその気になっているのでリラは深い溜め息を吐き捨てた。


「勘違いするな。俺が認めたのはあいつを俺達の仲間に加えたってことだ」

「家族になるのなら当然よね」

「わかってるから照れ隠しするんじゃねーっての」


 だからなぜ誰も理解しないのか! まるでヴィーチェの前向きさが仲間達にも移ったみたいだ。何だか新種のウイルスみたいな厄介さだと思い、リラはめげそうになる。


「だってリラは言っただろ? おチヴィーチェが村に住み始めたら面倒はお前が見るって」


 全ての元凶、アロンが憎たらしいほどニヤニヤした表情で口を開く。


「……言ったが、深い意味はない」

「面倒を見るのにか? どうせお前ん家に住むんだから夫婦と変わりねーじゃん」

「違う! あいつにはあいつ用の家をちゃんと建ててやるつもりで━━」

「あーなるほど。狭くなるから新居ってわけだ」

「なんでそうなる!?」


 アロンの奴、絶対に楽しんでやがる。一度殴ってでも黙らせるしかないか、と拳を作った時だった。


「じゃあ、俺がおチビちゃんを飼ってやろうか?」

「はあ?」

「一人で住まわせるのなんてさすがにおチヴィーチェも寂しいじゃん? リラは面倒は見るけど一緒に住むわけじゃないって言いたいみたいだし、それなら俺ん家で飼ってあげるってわけ」


 へらへらと笑いながら名案と言わんばかりに口にする。さすがのリラも戸惑った。それは許していいものなのかと。

 しかし男女がひとつの住居に住むのは夫婦、または血縁関係のある者同士が普通だ。アロンとヴィーチェは兄妹のような関係に見えなくもないが、だからと言って許可をするのは何だか躊躇われる。


「……」


 とはいえ素直に口にできるわけもなく、なんて返事をすればいいか苦渋の色を浮かべた。


「ま、どうせおチビちゃんが村に永住するのはまだ先だろうし、それまで考えとけよ」


 やれやれと言うようにアロンがリラの心情を汲み取るような発言をした。からかうばかりの奴にしては珍しいと思ったのだが……。


「それよりもお前はしばらくおチヴィーチェの警護でもしてやれよ」

「……はあ?」


 次から次へと何を言い出すのか。そう問いかける前にアロンは語り始めた。


「大婆から聞いたぜ。お前とおチヴィーチェを傷つけようとした王子は捕まったらしいが、協力者がいるのかもしれないんだろ? だったらおチビちゃんはまだ安全とは言えないだろうし、お前も仲間のあいつに何かあったら困るじゃん?」

「……あー……」


 仲間、という言葉だけが強調された気がするが、アロンの言う通りだろう。そう、仲間なら危険な目に遭わせるわけにはいかない。……アロンに言い包められた気もしなくはないが、それを突っ込むとヴィーチェを警護する言い訳が消えてしまう。だからリラは気づかないフリをした。


「なんだ、ヴィーチェは危ないのか? そりゃリラが行ってやんねぇといけねーな!」

「お嫁さんを守らないボスなんて格好悪いわよっ! 早く行きなさいよっ」

「だーかーらっ、嫁じゃないって言ってるだろ!」


 他の仲間達も早く行ってやれとうるさく言うので、リラは言われるがまま、また森を出てヴィーチェの傍をしばらく見守ることに決めた。

 とはいえゴブリンが堂々と人前に立つとまた騒ぎになるので、大婆に再度シャドウローブを借りて、ヴィーチェにも知られないように姿を隠しながら怪しい奴が近づかないか警護をする……のだが、ヴィーチェのいる学院とやらの場所がわからない。仕方なくヴィーチェの生家であるファムリアントの屋敷へと赴いた。


 正直、ヴィーチェがいないのに屋敷に行くなんて危険かもしれないと思ったが、毒を食らって死にかけるより危険なこともそうそうないだろうと判断し、ファムリアント家の扉を叩いた。

 すぐに下働きと思わしき者が出てきたがリラを見るや否や驚かれた。それは仕方ない。ゴブリン一匹が訪ねに来たのだから当然の反応である。


「ヴィーチェのことで話がしたい。公爵はいるか?」


 そう尋ねると、相手は驚きはしたものの騒ぐことなく、その場で待つように答えてからすぐさま当主に声をかけに行ったのか屋敷内を駆け出した。

 それにしてもヴィーチェの家族である父フレクと兄ノーデルなら少しばかり信用できるが、公爵家に勤める者達は信用していいものかわからなかった。もしかしたら秘密裏に命を狙っていたらと思うと気が抜けない。

 そう警戒するリラだったが、数分後下働きの者が戻ってくると屋敷の中へと案内された。


「応接室に案内いたします」


 おうせつ……? と、疑問に思いながら後をついて行き、通された部屋は見たことがある場所だった。そこは初めて公爵家に足を踏み入れ、ヴィーチェの家族と対話したあの部屋である。

 中ではすでに兄の方が待っていた。しかし父親の姿はない。


「申し訳ありません。父は仕事で出ておりますので、僕が代わりに話を聞いても大丈夫ですか?」

「問題ない」

「ありがとうございます」


 礼を言われるほどのことではないが、と思いながらも「どうぞおかけください」とソファーに座るように告げるノーデルの言葉に甘えて、あのふかふかの椅子にリラは腰掛けた。


「ヴィーチェのことで話があると窺いました」

「あぁ……そう大したことではないと思うが、なんつーかその……ヴィーチェの警護をしたいっつーか……。ほら、一応王子は捕まったが、王子の協力者がいるかもしれないからヴィーチェはまだ安全とも言い切れないと思って……」


 一から口にするのはやはり小っ恥ずかしい。ただでさえ相手はヴィーチェとは違い感情があまり顔に出ない兄貴である。何を考えているか読めないので、リラの言葉をどう思っているか探ることもできない。


「やはりリラ殿もそのようにお考えでしたか」


 俺が、というよりアロン達の考えではあるが。とはいえわざわざ口を挟むほどのことでもないのでリラは頷くだけにした。


「エンドハイト王子が使用した毒花の件はどう考えても彼一人では手に入れることはできないはずです。現在進行形で入手経路を本人から問いただしているとは思いますが……その間にも誰かがエンドハイト王子の代わりにヴィーチェを狙わないとも言い切れません。できることなら全てが解決するまでヴィーチェは公爵家で謹慎してもらいたいのですが……」

「無理だろうな」

「僕も同意見です」


 何せあのヴィーチェである。大人しくなんてできるわけがないし、脱走のプロだ。あの手この手で逃げ出す未来しか見えない。


「学院内は基本的に特別な行事でもない限り、外部の人間は入ることを許されません。ですがリラ殿はちょうどいいものをお持ちですよね」

「?」


 一体なんのことだ? そう問いかける前にノーデルはリラが纏うフードを指さした。


「姿さえ見えなければヴィーチェの護衛も容易です」


 なるほど。つまりヴィーチェを警護することについては構わないということだろう。

 その後、ノーデルから学院の近くまで馬車を出してもらい、学院と女子寮の地図まで貰った。


 早速、その日から学院で授業を受けるヴィーチェに危険はないか監視を始める。暇ではあったが、特に何事もなく平和であった。

 学院が終わってからはヴィーチェは女子寮の前で友人の帰りを待っていた。正直不用心ではあったけれど、しばらくしてから友人とアリアスがやって来て立ち話をする。

 話の中でエンドハイトに関する話題が出ると、リラは何か新たな情報が出たのかと聞き逃さないために耳を傾けたその結果、エンドハイトは協力者を庇っていると情報を得た。それがリリエルという娘。

 その名はリラにとっても聞き覚えがあったのだ。なぜならヴィーチェを魔物の森の奥にある危険地帯へと連れて行き、さらに落とし穴へと突き落とした人物の名だったから。

 リリエルにさらなる警戒心を高めていたら、なんとその本人がヴィーチェたちの前へと現れ、さらに事情聴取に協力すると申し出た。その条件のひとつにヴィーチェの同席である。

 嫌な予感しかしない。ヴィーチェはその条件に頷き、翌日城に向かうことが決定した。


 その後はヴィーチェが女子寮に戻るのを見届け、リラはノーデルの計らいにより待機してもらった馬車に乗り込んで、その日の護衛を終了した。

 女子寮に入ってまでの監視はさすがにノーデルがやめてほしいと訴えていたので、リラもそれに納得した。いや、納得する他ない。さすがにそこまでのプライベート空間を覗き見する趣味はないので。

 しかしリリエルも同じ建物内にいると思うと不安であったが、後に聞いたノーデルの話だと寮は使用人もいるため、学院よりかは安心なのだと。

 それからは再びファムリアント家へと戻り、ノーデルに報告をする。その頃には父のフレクも家に帰ってきていたので、二人にリリエルの件を含めてヴィーチェの明日の予定を伝えた。


「なるほど。ヴィーチェは明日登城するのか。ならば国王から話を通すので、リラ殿はシャドウローブを使って城に入り、明日も引き続きヴィーチェの警護を頼みたい」

「え……いいのか、それ?」


 いくら王に話をするからといって、傍から見れば不法侵入だ。娘のためとはいえ、それを許すのはいかがなものか。


「リラ殿の姿を見せると相手も警戒して何もしないまま終えてしまう可能性もあるだろう。それにそなたは身を呈して王を守った功績もある。国王も許してくれるだろうし、息子の育て方を誤った彼に断る権利なんて微塵もない」


 公爵は悪い笑みを浮かべる。やはりそう簡単にヴィーチェに与えられた屈辱を許していないのだろう。しかし当の本人ヴィーチェは全く屈辱として受け取っていないのだが。まぁ、傷つくよりかは全然いいのだが。


 こうしてリラは翌日、ヴィーチェとともに城へと乗り込み、それまでずっと様子を窺っていた。

 そして明かされる真実。エンドハイトに毒花を渡しただけじゃなく、リリエルの正体が同種族であったこと、そして悪魔アンドラスと契約していたこと。

 情報過多のため頭の中で整理する暇はないが、ひとまず悪魔の雇い主であるリリエルを羽交い締めにし、アンドラスの気をヴィーチェから自分へと向けることにした。






(……あれを敵に回したくないな)


 リリエルを後ろから取り押さえながら、ヴィーチェと悪魔とのやり取りを見ていたリラは心底そう思った。

 最初は悪魔に掴みかかるものだから、あいつはまた無謀なことを! と、リリエルを放して助けに向かおうかと思ったが、すぐにヴィーチェがキレているということに気づく。

 アンドラスもなぜかはわからないが圧倒され、手も足も出ない状態らしく、それを見たリラは大丈夫そうだなと判断し、ヴィーチェに任せることにした。

 いや、まさか悪魔が命乞いするまでヴィーチェを恐れていたとは。確かにヴィーチェは普通の人間とは違う握力も持ってるし、魔力にも目覚めたが、それでも人間と悪魔の力の差は埋められないはず。

 ヴィーチェから解放されたアンドラスは生命を吸い取られたように弱々しくなっていて逃げるように消えたし、これではどっちが悪魔だかわからない。

 ま、ヴィーチェが無事ならそれでいいが。そう思ったところでヴィーチェはリリエルと悪魔との契約書を笑顔でビリビリに破った。


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