ゴブリンは力加減を誤り、同胞を引き取る
「これで悪魔との繋がりが消えたわ。キャンルーズ様っ」
「っ、勝ったつもりでいるんじゃないわよ!」
悪魔との契約をヴィーチェに破棄されたことが余程気に食わなかったのだろう。身動きが取れないはずのリリエルの様子が変わった。
なんとリリエルは羽交い締めにするリラの腕から抜け出したのだ。もちろんリラは手加減などしていなかった。それなのにリラの力を上回るほどの抵抗力。どこからそんな力があったのか。
それどころかリラから離れたリリエルの足元周りから巨大な大木の根と思わしき植物が床を突き抜けてきたのだ。
ゴブリンである彼女が人間に化けていたことを考えれば十中八九魔法であることは間違いない。
魔力持ちが少ない種族であるゴブリンが魔法を使えるというのはとても稀だ。さらに魔法呪文を口にしなかったことから、リリエルは無詠唱が可能なウィザードゴブリンとしてもかなりレベルが高いことを物語っている。
「すぐに火魔法か斬撃で対処を!」
アリアスが兵士達に命ずると、近衛兵達は火属性の魔法を撃ち込んだり、武器を手にして植物に斬りかかる。木の根は動けるようだが、攻撃を食らうと活動はすぐに停止した。しかしリリエルを守るように新たな大木が出てくるばかりで一向に全て駆除することができず、まるでいたちごっこである。
リラはどうすればいいか悩んだ。兵士達が攻撃の手を緩めないのはいいが、大柄の自分がそれに加勢する隙が全くないのだ。王室の兵士の連携が良いのだろうが、リリエルとの攻防が長引く度に手を出せない自分に歯痒さを感じる。
どうやらリリエルを挟んだ向こう側にいるヴィーチェも同じらしく、この状況をどう打破するか考えているようであった。
その時だった。ヴィーチェの後ろから細い蔓がゆっくりと伸びていることに気づく。まるでヴィーチェを狙っているかのように見えるその存在にリラ以外は気づいていないように思えた。皆、リリエルにしか集中していないのだ。
「ヴィーチェ!!」
本人に気づいてもらおうと叫ぶも、暴れ回る植物に向けて放つ火魔法による攻撃音により、ヴィーチェに声が届いていないようだった。
走ってヴィーチェを助けるには時間がない。それならばと一番近い術者を止めるしかなく、リラは火魔法で燃え盛る大木の隙間へと腕を捩じ込んだ。
火の中に飛び込むようなものだからとんでもなく熱いが、そんなことで躊躇してる暇はない。そしてリリエルの首根っこと思わしき感触があったのですぐに掴んだ。
「なっ!?」
「いい加減にっ、しろ!!」
「きゃあっ!!」
植物に囲まれたリリエルを一気に引っ張り上げて、そのまま床に叩きつけた。これくらいすれば植物を操るのも少しは鈍るだろう。
相手が身体を起こす前にもう一度取り押さえておくか、と思ったリラだったが、すでにリリエルは伸びてしまって動く気配はなかった。
どうやら火の中に腕を入れたものだから熱さも相俟って、リリエルを床へと叩きつける力加減を誤ったと思われる。
「……やり過ぎたな」
少しばかり乱暴に扱ってしまったが、後悔はしなかった。自業自得だろうと思ったため。
リリエルの意識がなくなったので暴れ回っていた植物はピタリと動かなくなり、火魔法で燃やされるのをただ待つだけの存在となった。
ひとまず落ち着いたと考えていいだろう。少しだけホッとした矢先だった。
「リラ様ーーっ!!」
「ぐえっ」
大人しくすることを知らないヴィーチェが勢いよくリラに飛びついてきた。もはや攻撃の部類と言っても過言ではない。
「炎の中に入っていくだなんてどうしてそんな危険なことをなさるのっ!?」
「そんなの、お前……っ」
お前が狙われていたから、と素直に言えず言葉に詰まる。それにヴィーチェが「私のせいで」と、またしょぼくれたらリラが落ち着かなくなってしまう。
「とにかく早く治しましょっ! ヒール!」
火傷を負ってしまった腕にヴィーチェが回復魔法をかける……が、反応はなかった。回復魔法はヴィーチェと相性が悪いのか、それともまだ魔力が目覚めたばかりだから簡単に使用ができないだけなのか。
どちらにせよ、魔力があるからといって全ての魔法を使いこなせるわけではない。
「回復魔法が使えないなら水で冷やす方がいいわね。ウォーター!」
次は水魔法に挑戦してみるヴィーチェだが、一滴も水が出てこない。水魔法も縁がないらしい。
「回復魔法どころか、初級魔法とも言われる水魔法すら出せないなんて……! 火魔法は使えたのに私ってばなんて……」
その言葉から察するに自分を責めるようなことを言うのではないかと思ったリラが、別にお前は何も悪くないと伝えるため「オイ」と口にした。
「なんて戦闘向きな魔法を持っているのかしら!」
「そうきたか」
そうだ。ヴィーチェとはそういう人間だ。自分にも他人にも前向きな奴だった。
「他にも何が使えるか試さなきゃいけないけど、攻撃系を出せる自信は物凄くあるのよっ。これならリラ様の隣で戦う手段が増えて良いことだわっ」
「令嬢の発言とは思えないな」
戦闘狂かこいつは。それともあれなのか、令嬢としての生活を強いられたことによる発散的な……? いや、でもこいつは昔から令嬢にそぐわないやんちゃな娘だったから発散も何もないのでは?
そう考えたリラだが、結局ヴィーチェらしい言動なので今さらだと割り切る。
その間にも気絶したリリエルは他の兵士達の手によって捕縛されていた。それを見ていたリラとヴィーチェの元にアリアスが歩み寄ってくる。
「リラ殿の火傷はうちの者に治療させるよ。ヴィーチェ嬢の方は━━」
「本当っ? ぜひともお願いするわ!」
「……ヴィーチェ嬢は大丈夫そうで何より」
ヴィーチェに怪我はないか尋ねるアリアスの言葉を遮ってリラを託す姿はどこまでもリラファーストである。アリアスもそんな令嬢に苦笑するが、本人も彼女がそういう人物だと理解しているからこそ応対が早い。そもそもヴィーチェに対するアリアスの順応が早いのもある。
すると今度はフードゥルト国王がリラ達の元へやってきた。
「ヴィーチェ嬢、リラ殿、助力感謝する。あのゴブリンの娘はこちらに任せてくれ」
「あー……それなんだが、あいつの身柄はこっちに預からせてもらえないか?」
そう頼むと国王は怪訝そうな顔を見せた。そりゃそうだろうなとリラも理解した上での発言である。
「顔見知りか? それともそちらの仲間か?」
「どちらでもない。違う集落のゴブリンだと思うが、今まで人間に擬態していたのなら何らかの理由ではぐれになった奴だろう。どちらにせよ、同胞が犯した罪はこっちで罰したいから庇うつもりはないし、そちらの意を酌んでその内容も決めてもらっても構わない」
「……」
国王はどう判断するか悩んでいるようだった。同種族を庇い立てするように見えているのだろう。リラの言葉を信じて罪人を託すのは国のトップとしてそう簡単に決められるものではない。
……まぁ、駄目と言われたらそれに従うしかないが、やはり同じ種族ゆえにこっちでケジメをつけさせたい気持ちはある。もちろん擁護するつもりはない。
「フードゥルト国王陛下、私もリラ様の提案に賛成します。キャンルーズ様は元々エンドハイト様のせいで人間に強い憎悪を持つようになっていますので、今後詳細を伺うにしても素直に口を開くかもわかりませんわ。それでしたら同種族のリラ様達に話を聞いていただいた方が彼女も少しは心を開き、これまでの行動もすぐに明らかになると思いますの」
エンドハイトのせい、というヴィーチェの発言。そこだけを強調しているように聞こえたのは気のせいじゃない。そのためか、フードゥルトもまた自分の息子が引き金となったことに後ろめたくなったのだろう。言葉を詰まらせていた。
「リラ様を瀕死の重症を負わせたご子息の処遇をそちらにお任せしているのはリラ様の広いお心あってこそです。ですからキャンルーズ様をリラ様に託してもよろしいのではないでしょうか?」
にこにこ笑いながら説得しているように見えるヴィーチェだが『王の息子という身内の処遇についてはそっちに信用して任せているのだから反対をするのは筋違いでは?』という裏を含んでいるように聞こえなくもない。国王もそのように受け取ったようで少し顔色が悪い。
しかしリラは理解している。ヴィーチェにそのような深い意味で言っているわけではなく、本音を口にしているということを。そもそもヴィーチェは思っていることを言葉にするのがほとんどの娘なので、遠回しにネチネチ言うようなタイプではない。
「……そうだな。ヴィーチェ嬢の言うことも一理あるし、リラ殿には庇ってもらった恩もあるので、その頼みを聞き入れよう」
国王が折れた。国のトップがそれでいいのか気になるが、息子のせいで被害を受けたリラとヴィーチェを前にして王子の教育を怠った王としての責任や罪悪感があるのかもしれない。
全ての元凶であるエンドハイトはリリエルの正体を知ったことによりいまだ呆けている状態だった。
「その代わりリリエル・キャンルーズがこれまでどのように人として生きて、キャンルーズ家に潜り込んだのか、彼女に関する情報は全てこちらに提供を願おう。場合によってはキャンルーズ家も処罰の対象となるのだからな」
「あぁ、約束する」
「父上、話も一段落したところなのでリラ殿に治療を行ってもよろしいですか?」
「もちろんだ。では、リラ殿。リリエル・キャンルーズの身柄は後ほど渡すので早く治してもらうといい」
「感謝する」
こくりと頷いたリラはアリアスに連れられ、客人が泊まる用の部屋と思われる別室へと待機した。
しばらくして治療魔法が得意な神官らしき人間の回復魔法によって、紅斑していた腕は元通りになり、痛みもすぐになくなったのがわかる。回復魔法とは本当に便利なものだなと思わずにはいられない。
「リラ様、もう痛みはないかしら?」
「何ともない。治った」
「良かったわ! リラ様に傷一つでも残したら兵達の攻撃を止めさせて、キャンルーズ様に手を上げていたかもしれなかったもの」
「……死人が出るからやめておけ」
ヴィーチェの物理的攻撃は半端なものではない。そもそも本人は力加減ができるのかもわからないし、それでまた頭に血が上った状態で殴ってみろ。絶対に重症を負うことになる。兵士達も巻き添えを食らいかねない。
「リラ殿、御身を大切にしてください。下手をすればヴィーチェ嬢の存在は我が騎士団並、もしくはそれ以上の力があってもおかしくはありませんので」
ぽそりとアリアスが耳打ちをする。頼むからそこは王城に勤める騎士団がヴィーチェより上であってくれ。これでは貴族の娘が国を滅ぼしかねない力があると言っているようなものだ。
……いや、悪魔が気に入る魔力量やその悪魔が屈するヴィーチェの存在を目の当たりにすると、そう考えるのも普通かもしれない。
自分の状態により世界の命運が左右される。ヴィーチェの兄、ノーデルにも注意をされたことを思い出すと、リラは改めてとんでもない娘に好かれてしまったなと思い知った。




