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はぐれゴブリンは男爵令嬢になった過去を思い出す

 物心がついた時から私には魔力が備わっていた。初めて植物の成長を促す魔法を使ってみたら驚くほどの早さで草は生い茂り、若木は立派な大樹へと成長した日のことを今でも覚えている。母が驚きに腰を抜かしていた姿は少し面白かった。


 私のいる集落に住むゴブリンはおよそ二十数名。母や集落に住むみんなの話によると数としては少ない方らしい。

 昔はもう少し多かったが、他の魔物に襲われたことによる死亡率が高いのだとか。うちの集落の大人達はあまり腕が立つゴブリンではないため、狩猟も大変そうであった。

 それでも村のみんなが育てた毒花ドラコニア・ヴェネヌムの力を借りて、獲物を仕留めることで何とか生き残ってきた。


 そんな中、私が魔法を使えるようになったので村のみんなのために果実のなる大樹を沢山実らせて生活の手助けをする。

 ゴブリンは魔力がないことがほとんどなので、魔力が宿り魔法を使用できる私はウィザードゴブリンという希少な存在ということを後に知ったが、村のみんなも母も何度も感謝し、喜んでくれた。それがとても嬉しかった。

 そんな生活を続けていると自然と魔法に自信を持つようになり、植物に関する魔法以外にも何か発動できないか色々と試したことがある。


 ある日、私は村の近くに流れる穏やかな川に映る自分を見つめながら心の中で「チェンジ」と唱えてみた。

 するとゴブリン特有の肌は色白に変わり、灰色の髪に肌の色が移るかのように緑色へと変貌したのだ。この日、初めて私に変化魔法と無詠唱が可能な性質ということを知った。

 大人達がよく語っていた人間の姿をイメージしたからか、どこからどう見ても人間と思わしき姿に思える。顔は自分なのにとても変な感じだった。ゴブリンじゃない自分は自分じゃない別人のようである。

 人間の存在は母から聞いていたが見たことはなかった。そのせいか興味を持ってしまったのが全ての始まりだったのかもしれない。


『この姿が本当に人間に近いかどうか試してみたい』


 子供の好奇心ゆえの発想。そして行動を起こした。

 村から離れて、人里へ向かう。ちょっとした冒険だった。母や大人達からは人間に近づいてはいけないと聞かされていたけれどお構いなしだった。人間はゴブリンを討伐しようとするから絶対に人間の生活する場へ近づかない。それは村の掟でもあったけど、ゴブリンの姿でなければ安全だろうと考えた。


 最初は小さな街に潜り込んだ。人間が沢山いて、村にはない食べ物や道具、乗り物などがあちこちあったから凄く目まぐるしかった。だけどその分、興味ばかりが膨れ上がる。

 他の人間から見ても自分の姿は人間と認めてくれたのか、特に騒ぎ立てられるようなこともなかった。

 その日からちょくちょく人間の姿に変えては、人のいる場所へとあちこち足を伸ばした。

 途中で転移魔法が使用可能ということに気づいてからはさらに遠くへと向かい、大きな城が聳え立つ城下町へと辿り着く。


 一際賑やかなその街は貴族も多く、煌びやかな人間が馬車に乗っているのを何度も見かけた。ちょうどその日は貴族の子供達が出席するお茶会が開かれるということを周りの人間達の会話で知る。

 そしてまた好奇心が擽った。一体どんな集まりなのだろうと。馬車の後について行けばみんなお城の中に入っていくため、さすがに一人で入るのは難しかった。


 馬車から降りる貴族の子達は私の年齢と近そうな子達ばかり。みんながみんな綺麗な服を纏っていた。

 いくら人間に変化したとはいえ、衣服を上等な物に変えるほどの力はなくて、できたとしても生地を真新しくするくらいである。

 でも人間の中でも階級が上の貴族の集まりは気になった。どうにかして中に入れないものかと考えた時、鳥の鳴き声が聞こえ、これだと閃く。


 人にもなれるなら鳥にだって化けられるはず。そう思った私の考えは見事に的中した。小鳥の姿で城の敷地内へと侵入し、中庭のような場所で貴族の子達が集まっているのを発見する。


(人間の子供がいっぱいいるわ……)


 木の枝に止まり、煌びやかな服を身に纏った子達がお茶を飲んだり、美味しそうな食べ物を口にしたり、楽しげに話などをしていた。

 集落には歳の近い子がいなかったから、あの子達はどんな話をするのか気になって耳を傾けてみる。

 ある者は正装を褒め、ある者は親の偉大さを語り、またある者はのほほんとその時を過ごしていた。

 私もあの輪に入れば楽しい話ができるだろうか、仲良くなれるだろうか。


 お茶会とやらの様子を見れば見るほど同じような年代の友達が欲しいと考えてしまう。

 そんな中、一人の男の子が沢山の従者を引き連れ歩いている姿が目に入る。大物と言わんばかりの存在感。何人もの子達が頭を下げるので貴族の中でもさらに上位に立つ子なのだと瞬時に理解した。


「ファムリアント家の娘は噂通りゴブリンの話しかしなかったな。面白い気の引き方をする」


 まさかここで自分の種族名が出るとは思わなくてドキッとした。一体どんな話をしていたのか、気になり高貴なその子に注目する。


「エンドハイト様、あのような戯言を真面目に聞き入れるものではないかと存じます」


 エンドハイトと呼ばれる子の近くにいた従者と思わしき女性が口を開く。すると彼はハッと鼻で笑った。


「作り話を聞いてやってるだけだ。そもそもゴブリンは醜くて、卑劣で、とにかく気味が悪い。殺されても仕方ない種族なのに、あそこまでヒーロー扱いするギャップを楽しんだまでだ。本気で受け取ったわけではない。勘違いをするな」


 その言葉を聞いて酷く胸を抉られるような痛みが走った。彼に問いかけた女性は淡々と「はい、失礼いたしました」と頭を下げるだけ。今言い放ったゴブリンに対する悪態については言及することなく。

 つまりそれが人間によるゴブリンの認識なのだろう。私は、私達種族はそのような目で見られていたのかと思うととても悲しくて、とても腹が立った。


 人間に討伐されるのはその昔、ゴブリンが考えなしに人間を襲ったからと聞かされた。そのためゴブリンは人間にとって悪であると決めつけられたから、生き残るためにも人間から隠れる生き方を選ぶ。

 昔のゴブリンのやり方は確かに討伐されても仕方ないと思っていたし、逆の立場なら同じことをしていたかもしれない。だから静かに悪事を働くことなく過ごしていたのに、なぜ見ず知らずの人間にここまで悪く言われるのか納得できなかった。

 その後のことはあまり覚えていない。放心状態で村に帰ったから。


 しかし悪いことというのは立て続けに起こるもの。村に帰った私は信じられない光景を目の当たりにした。


「えっ……?」


 荒らされた石小屋。転がる仲間達の遺体。むわっとした血生臭さ。知っているはずの故郷が随分と様変わりしていた。

 そんな状況で立っていたのは人間の男一人と大きな狼の魔物が一匹。男は私の存在に気づくと小さく舌打ちをした。


「チッ。まだいやがったか。ゴブリンは大した金にも素材にもならねぇが仕方ねぇ」


 彼が何を言っているのか理解できなかった。それでもわかったことがある。

 男の隣にいる狼の魔物の牙や口周りには血が付着していた。倒れている仲間の身体にも歯型のようなものがついているので誰が村のみんなを襲ったのか一目瞭然だった。

 魔狼、ダイアウルフは男に従う魔物……従魔というやつなのだろう。つまり男の命令で村を襲ったと言える。


「ど、うして……こんなこと、を?」

「ここにゴブリンがいたからに決まってんだろ。ゴブリンがいて殺さねぇ理由なんてないだろうが」


 馬鹿にするように鼻で笑う男。それは先ほど見たエンドハイトという少年を思い出すような態度であった。


「まぁいい。お前らゴブリンは気持ち悪いからさっさと死ねよ。行け」


 男の言葉にまた胸が痛くなった。まるでナイフに突き立てられたように。そして男の命令を聞いたダイアウルフがゆっくりこちらへと近づいてきた。

 ふつふつと湧き上がるのは今までにない怒り。こんな危機的状況の中、私は自然とある魔法が使える自信が芽生えた。


 マインドコントロール。ダイアウルフの目を見て心の中で魔法を唱える。するとどうだろう。ダイアウルフは歩みを止めて、まるで命令待ちをするかのようにその場に座り込んだ。


「? おい、どうした? さっさとあのゴブリンを始末しろ」


 男がダイアウルフに命令するも魔狼は無視する。そして私は静かに笑みを浮かべて口を開いた。


「あの男を噛み殺して」


 その瞬間、ダイアウルフは男の方へと方向転換し、勢いよく駆け出した。


「は!? おい! 俺じゃない! 俺の言うことを━━」


 そして男は飼い狼に腹部を噛み付かれた。洗脳魔法を受けたダイアウルフは私の命令に従い、主人の息の根を止める。何とも呆気ない。恐るるに足りない。

 ぴくりとも動かなくなった男を見捨てたダイアウルフはこちらを見て次の命令を待っていた。


「その男を銜えて沢山の人間に見せてきて」

「ワヴッ!」


 返事をするように吠えた魔狼は言われた通りに男の死体を口に銜えるとすぐさま走り出した。

 ここから人間のいる街まで少し距離はあるが、魔狼が男の死体を銜えて人間に見せつければ、人間を襲った魔物として討伐されるだろう。

 人間なんかに心を許してバディを組むダイアウルフも死ぬべきだ。


「……」


 一人になり、改めて悲惨な状況になった村を見て回る。村の半数以上がすでに死に絶えていた。その中に母の姿はない。どれだけ捜しても母らしき姿はなかった。

 母以外にも見当たらない仲間達がいたため、彼らは上手いこと逃げたのかもしれない。それとも別の場所で殺されてしまったのか。

 その後、私は誰かが戻ってくるのを期待しながら、死んでしまった家族同然の仲間の遺体を埋葬した。


 結局、数日待っても誰も戻ってくることはなかったけど。


 誰もいなくなった村に留まり続けることもできず、私は村で唯一生き残ったドラコニア・ヴェネヌムの種だけを形見のように持って故郷を捨てた。


 村の近くに流れる川に映る自分の姿を見ると急に胸が苦しくなった。エンドハイトや従魔使いの男の言葉が何度も繰り返し、胸を抉ってくるから。

 何も迷惑をかけていないのに、私達ゴブリンはそんなにも醜く、気持ち悪い存在なのだろうか。生きているだけで罪深いと言わんばかりに殺されなければいけないのだろうか。

 じわりと涙が溢れ、人間の言葉に傷ついた悔しさと、理不尽な目に遭わなきゃならない現状の腹立たしさ、それと仲間や母を失った悲しみでぐちゃぐちゃになった感情が爆発するように私は泣き喚いた。


 そして私は決心した。ゴブリンを馬鹿にする人間を許してなるものかと。特にあのエンドハイト。高い身分である奴のプライドをへし折り、今度は私があいつを嘲笑ってやろうと心に誓った。八歳の出来事である。


 それから数年の月日をかけて、人間の常識や生活の知識、それとエンドハイトに関する情報を調べ回った。

 エンドハイトが第二王子だと知った時はそこまで身分が高いとは思わず驚いたけど、あの王子が次期国王とも言われていたので、ならばその座を引きずり落としてあげようと考えた。

 ゴブリンを卑下した男が人間に化けたゴブリンに骨抜きされ、その正体を大勢の人の前で明かしてやれば王子の見る目のなさに国民は失望するだろう。


 大まかなプランを考え、私は行動に移した。エンドハイトに近づくには貴族の子供が通うジェディース学院に通うのが手っ取り早いだろうと判断し、貴族の養子になることにした。

 洗脳魔法が扱える私にとっては貴族の娘になることは、とても簡単だった。子供のいない貴族を探し、そして見つけたキャンルーズ男爵夫妻に洗脳魔法をかければあっという間に私はリリエル・キャンルーズとしての地位が手に入る。


 自分の部屋を与えられた私だけど、貴族の娘ではあるものの男爵家という下流貴族のために沢山ではないが程々の贅沢をした。

 窓辺にはドラコニア・ヴェネヌムを植える鉢を置いて、毎日丹精込めて育てた。学院に入って寮生活をする際もその鉢を持って行くほど大事に。


 そして待ちに待ったエンドハイトとの出会い。魅了魔法も扱えるようになった私はもはや無敵であった。一日にしてエンドハイトは私に興味を抱いたのだから本当に呆気なく張り合いがない。

 時々、ゴブリンの妄想を口にするヴィーチェ・ファムリアントの存在はとても鬱陶しかった。

 なぜ人間の誰もが嫌うゴブリンに好意的なのかも理解できなかったし、何度もゴブリンに会ったと語るその妄言が許せなかった。ゴブリンの名を利用して目立ちたい頭のおかしい女だとずっと思っていた。


 あの日、エンドハイトの生誕パーティーにて同胞ゴブリンが現れるまでは。


 婚約破棄を突きつけられた瞬間に突入してきたから、あまりのタイミングにまさかと思った。大柄のゴブリンはヴィーチェを連れ去ったが、その理由もわからなくてただの偶然なのかもしれないとそう考える。

 どちらにせよ自分の正体を明かす場が奪われてしまい、計画を練り直さなければならなくなった。


 だけど後にエンドハイトからヴィーチェと城に侵入したゴブリンは昔から交友関係を築いていたと聞かされ、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 なぜゴブリンが人間の小娘なんかに? そんな疑問でいっぱいだった。まだヴィーチェの方が実は私と一緒で人間に化けたゴブリンだったという方がしっくりくるし、むしろそうなのかもしれないと考えていた時期だってあったのに。


 ヴィーチェがゴブリンを誑かしたのか。そんなハニートラップにハマったゴブリンもなんて愚かな。同種族として呆れる他ない。

 それならもういっそのこと目障りなヴィーチェとともに死んでしまえばいい。そう思ってエンドハイトに大事に育てたドラコニア・ヴェネヌムを手渡し、洗脳魔法を使用してヴィーチェとゴブリンを襲わせたけれど失敗に終わった。ゴブリンは出しゃばるし、ヴィーチェは魔力に目覚めるし意味がわからない。


 それでも何とかしてヴィーチェを排除しようと、悪魔の召喚に成功して契約を結んだ。そしてようやく城内で正体を明かし、悪魔アンドラスも呼んだというのにヴィーチェによってアンドラスは尻尾を巻いて逃げるし、契約も破棄された。

 だったら自分の手で始末しようと魔法を展開したのに今度はゴブリンによって首根っこを掴まれ、床へと叩きつけられた。その際に後頭部を打ってしまい意識を飛ばすという自分のことながらなんともダサく呆気ない最後を迎える。


 もういい。もう疲れた。何もかも上手くいかないし、このまま死ねば死後の世界とやらで母に会えるかもしれないのだから。


 お母さん、会いたいよ。






「……か……さ、ん……」


 無意識に言葉を口にしていた。自分の声で意識が浮上し、ゆっくり瞼を開ける。


「!?」


 視界に入ったのは私を見下ろす沢山のゴブリン達の顔だった。


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