第十一話 狼煙が上がる
第十一話 狼煙が上がる
警察とは社会秩序を守る為に日々活動する。しかしこの都市『武蔵野』ではただ違反を摘発し治安維持をすればいいというわけではない。
なにせ相手が重火器を持ったものよりも恐ろしい覚醒者である可能性があるからだ。
拳銃は当たり前に標準装備で、防護スーツを着てショットガンやライフルのような殺傷能力の高い武器も持ち歩いている。場合によってはそれで足りないという事すらある。
そんな時勢の中でもさらに荒れている壁の外側でならそれはさらに酷い。半数以上が警官の言うことなど聞く気もない。手を挙げて大人しく捕まるより反抗して暴れるほうが多いのだから、その荒廃ぶりは察してあまりあるだろう。
そんな外側に設置された第十五警察署は強化コンクリートの塀に囲まれた要塞と化している。常に見張りの警官がいて自動機銃が周辺を警戒していた。
ここが特別厳重というわけではなく外側に配置された署はほとんど同じくらいに守りを固めているのが普通だ。
いざという時にはここへ逃げ込めるようにと作られたそこは、ただの警官の詰所ではなく要塞としてそこに建設されていた。
そんな第十五警察署にある一室のドアを勢い良く開けてレッドラワンが入ってきた。
「こんなとこで座している場合ではありません。すぐ助けに向かいますよ」
「相変わらず元気だな。腕は大丈夫だったのか?」
先ほどまで負傷し、防護スーツも壊れていたレッドワン。しかし見た目だけなら元の状態に戻っていた。
「骨が折れていましたがどうということはありません。治癒促進剤を打ちましたので三日もすれば治るでしょう」
「よくやるね」
怪我の治りを早めるというとても効果的な薬の治癒促進剤。だが代謝を早めるそれを打つと高熱を発して体調が悪くなる副作用がある。
今レッドラワンも熱が出て体が重くてダルイ状態なはずだが、そんな様子を見せずに真っすぐ立っていた。
「……何をしてますの?」
それなりに広さのある一室の真ん中に座る流星。その周りにはいくつもの資料が空中に映し出されていた。
「ちょっとばかり整理をしてたのさ」
そこには今回の件に関わることが並べられ、その詳細が書かれていた。それは紅虎組から依頼人の七橋斗夢まで様々だ。
「ご自分でお調べになったのですか?」
彼女は少し懐疑的な気持ちでそれを見ていた。なにせ紅虎組や羅剛に至っては幹部の名前や過去に起こした事件まで載っている。
二度目に会った時はどうも警察の知り合いがいるようだし、何より一般人にしては荒事に飛び込みすぎだ。
一体この男は何者なのだという疑問がレッドラワンには湧き上がっていた。
「まさか。時間をかけたならともかく、こんな短期間に一人で集められる量じゃない」
「ではどうやって」
「俺には優秀な助手がいるんでね」
『超絶高性能ロボット助手ユーピーとはオレのことヨー!』
元気な声で映像を映し出していたユーピーが手を挙げてピョコンとジャンプして、一緒に立体画像も小さく揺れた。
『戦闘はからっきしだけど調べものは得意だゼェイ』
「そ、そうなんですか。それでその資料を見て彼女を助ける算段が付くのですか?」
レッドラワンにとって今重要なのは遡乃明美をいかに救出するかにある。今更ことの騒動を見直したところでそれに繋がるとはとても思えなかった。
「さっきの逃走劇の前。俺がメッセージを送ってやり取りしてだろ。結果かっ攫うことになったがあの時から何か引っかかってたんだ。どこか変だと」
口に手を当てながら難しい顔をして流星は近くのテーブルにあったコーヒーに手を伸ばした。
「脅されて無理やり今回の騒動を引き起こした。それは間違いない。問題は脅された内容だ」
「それは……やはり命とか財産ではないでしょうか?」
「命だったら最初に警察と司法取引した時にそのまま逃げてればいい。あのまま話が進めば監視付きではあるが内側に住むことだって出来たんだ。それに刹利を裏切ったって命の危険に晒されるんだ。それなら刹利に協力してもらって脅した相手をどうにかしたほうが利口だろ」
一つの組織を壊滅に追い込めた功績は大きく、たとえ外側の住人であったとしてもそれ相応の報酬は約束される。
「内容は実の息子の命。恐らくだがいつでも危害を加えられるとか言われたんだろう。問題はなぜさっきは逃げれて前は逃げなかったのか、だ」
彼女の普段の態度は冷徹そうに見える女傑。脅したところで動かなさそうというのが流星の第一印象だった。イタチの話を聞いて最初は元から羅剛を嵌める為に近づいたのではないかと思ったくらいだ。
だが実際には脅されて無理難題をこなし、今も囚われの身だ。
「分からん。分からん。分からん。なんであの女は最後に笑って首を振ったんだ」
門鞍に連れ戻される寸前に彼女は気を目を覚ましていた。そして流星を見ながら静かに微笑んで「もういい」と首を振った。
逃げたのなら脅迫に効果がなくなった、もしくは害される心配が無くなったとみていい。ならば逃走に失敗して抱く感情はネガティブなもののはずだ。決して笑顔で表せるものじゃない。
「脅されて理不尽を良しとする女でも、諦めてしまうような女でもなかった。なのになんであんな顔したをした……」
母親に危険が迫っているかもしれないという曖昧さから始まった今回の依頼。進めば進むほど増える疑問。そして逃走に失敗したのに満ち足りた表情だった明美。
それは違和感を通り越して苛立ちを流星に与えていた。
「なにか足りてない。見落としてるのか? いったいなんなんだ……」
もう一度流星は並べられた資料に目を通していく。
「あなたが行かないなら私一人でも行きます」
動こうとしない流星に業を煮やしたのかレッドラワンは部屋から立ち去ろうとする。
「おっと、門鞍一人に勝てないあんたじゃ救出は無理だろ。それに英雄会の本部から許可下りなかっただろ?」
「そ、それは……」
「社会の脅威の排除がヒーローの仕事だもんな。この案件は限りなく黒に近いがグレーゾーンな話。警察みたいに捜査権のないヒーローじゃ羅剛を相手する名目が立たない」
今にも駆け出しそうだったレッドラワンはその場で足を止めてしまう。
警察署の近くにある英雄会の支部に戻った彼女は実際に応援要請を本部に送っている。しかしそれは流星の言った通りの理由で却下された。ヒーローはルールをもって悪を倒すのが仕事。彼女がやろうとしていることはその領分を超えてしまっていた。
「それでも彼女を助けることは正義のはずです!」
どうにもならない現実を前にして彼女は必死に声を張り上げる。
「俺もそう思う。だからこそ、その方法を探さなきゃいけない」
熱くなりながら拳を震わせるレッドワンと、冷たい視線で資料を見つめる流星。
そんな彼らがいる部屋にざわつきが聞こえ始める。
「いるか代行屋」
やってきたのは別の方面から明美周辺を探っていた警察特別室のイタチだった。
「なにかあったのか?」
警察署が騒々しいなんてのはあまりいい事があったとは思えない。
「さっき入った情報なんだが、羅剛に動きがあったらしい」
「羅剛?」
聞きなれない名前にレッドラワンが聞き返す。
「えーと確かこれか。刹利の商売相手であり関係性も深いブラックガード」
流星が並べていた資料から読み取って答える。
「裏の武器商だった刹利の一番の得意先だ。それにあまり知られてないがトップ同士が義兄弟の盃を交わした仲という話もある」
「まさか報復を?」
その関係性を聞いてレッドラワンは仇討ちを想像した。
「そうだと見て間違いないだろうな。ちょうど今夜に紅虎組は幹部会が開かれるそうだ。どうやってそれを知ったかは知らないがまとめてやるには絶好の日だ」
だがこの予想は刹利への一斉検挙は紅虎組が影で糸を操っていたと知っているからこそ成り立つものだ。警察でも知っているのはイタチとその上司くらいだし、流星達もやっとそうだと分かったのはさっきの話だ。
いったいどうやって羅剛はこんなにも早く紅虎組に辿りついたのかという疑問が残ってしまう。
「なんで羅剛が動いてるって分かったんだ?」
「実は羅剛が紅虎組を襲撃するかもしれないというタレコミがあったんだ。それで警戒網をしいていた」
「ん? いや待て――こう仮定して――これが目的で――考えられるのは」
イタチの言葉を聞いた流星はブツブツと独り言を言い出す。すると急に座っていた椅子が飛ぶ勢いで立ち上がった。
「これか!」
部屋どころか廊下にまで響くその大声に、イタチもレッドラワンも驚いてそれを注視する。二人の見た流星の表情は目を見開いてとても愉快そうに笑っていた。
「なるほどなるほど、そういうことか。恐れ入るぜまったく。あ、もしもし――」
何かを一人で納得して何度も頷いていた流星は懐から携帯電話を取り出して通話を開始する。
「俺だよ俺。響子さんに頼みが――そう――――。いやだから――。呼べば来るやつでいいから――」
さっきの大声とは違い電話の内容はレッドラワンにはよく聞こえてこなかった。意表を突かれて固まっていた彼女の足元に、いつの間にか投影をやめたユーピーが転がってきていた。
『アララ、はじまちゃったヨ』
「彼はどうしたんですか?」
いきなり豹変した流星の事が気になり質問を投げかける。
『たまにだけど急にああなるんだ。ホラ眉毛見てみなよ。ピクピク動いてるだろ? 感情が高まりすぎるとあんな癖が出るんだ。仕事は冷静沈着に、用意周到さこそ勝利の道とかよく言ってるけど、本人は激情家だから笑っちゃうよネ!』
まだ出会って短い時間ではあるが、レッドラワンの持つ流星のイメージも物事に動じずに対処して状況を切り抜ける人だと思っている。
実際に目のあたりにした明美との逃走劇は見事な手際だったし、とっさに自分をかばった判断も一般人とは思えない対応力だ。納得はしきれないが状況が不利に傾いた時、すぐ撤退を選択したのも適切な判断だったのだろう。
そんな彼が情動に従ってしまえばどうなるのか。
『一見の価値あるよ。なにせこうなったらどう転んでも、とっても派手でオモシロいことになるから』
「さあここが格好の付けどころだ」
通話を終えてこちらに振り返った流星。口端を吊り上げ白い歯を覗かせたその顔にレッドラワンは僅かに背筋を震わした。




