第十話 爪と糸
第十話 爪と糸
「諦めたかい?」
何回も襲い掛かってきていた門鞍の姿が大きく転げていったところで見えなくなった。
「……まずいな。バレたか」
チッと思わず舌打ちをしてしまう流星。その顔はさっきよりも更に険しくなっていた。
「何がバレたんだい」
「俺の覚醒者としての力だよ。こういうのは分からないってのが大きく有利に働くのさ。なにせ知らなきゃ対策も立てれないし、場合によっちゃ初見で封殺することだって出来る。その差でしのいでたんだがそれもここまでみたいだ」
流星は日頃から自分の能力を悟られないように使っている。自慢の一品ではあるが大ぴらにしていいことは少ない。
ヒーロー達のようにあえて見せつけて示威行為に使うというのもあるのだが、それよりも未知というアドバンテージを流星は大事にしていた。
だがその優勢さは破られたようだ。
「ここからは口閉じて歯を食いしばっとけ。確実に荒っぽくなるぞ」
慌てて口をつぐんだ明美は、そのまま了解の意を示すために首をコクリとゆっくり揺らす。
(どこから来る……)
あの化け狐は流星の能力によって行く手を阻まれていた。その正体が明らかになったからこそ一旦姿を視界から隠しのだ、対策を持って挑む為に。
先を急ぐその道が徐々に舗装された道に変わってきていた。奈落街の端まで進んだおかげだろう。
外は見捨てられた場所となってはいるが余裕のある分の援助を国は行っている。最低限のインフラと道の整備。あといくつかの公共機関は設置されていた。
もう十分も走れば最寄りの警察署まで辿り着ける。さすがにブラックガードといえど警察署に手を出してくるような過激派は極一部だ。
相手が紅虎組だとするなら署に入ってしまえばとりあえず安全は確保される。
より警戒度を挙げていた流星の進行方向の先に何かが投げ込まれる。それはいくつもの布や服だった。それが風に乗りバラバラと宙を舞っている。
「目隠しか! 小賢しいな」
ヒラヒラ舞うその数だけ死角が増えれば、それだけ突け入る隙ができてくる。しかもこの場所は右にも左にも碌に曲がれる場所がない一本道だ。
止まってしのぐのはあまりに不利。ならあの布の漂う場所に進むしかない。
「上等!」
来ると分かっているならまだ遣りようはあると気合をいれて突入する流星。
能力名【天衣無縫】
糸を操るという能力で何度も流星はあの狐の襲撃を防いでいた。仕掛けとしては突っ込んできたいたあの狐に糸を引っかけて軌道をそらしていただけである。
早ければ早いほど少しバランスを崩すだけでそれはとんでもない方向へ飛んでいってしまうものなのだ。
運転の妨げにならないようにぶつかりそうな物は糸を繋げて引っ張って移動させる。そして開けた通り道へ突っ込んでいく。
「さあ、勝負」
最も死角の多い中心に入ったが、それでも流星は相手の襲撃に反応する自信があった。彼は自分の周辺に目に見せないほどの細かい糸を漂わしていた。それに何かが当たるとその感触を流星は知ることが出来る。見えていないとしても何かがあるという事をいち早く察知できるのだ。
そしてそれによって右上から飛来する物体を感知できた。
襲い掛かってきた門鞍と思いそれに糸を引っかけた。だが流星は間違えた事に気付く。
「正気か!」
流星はバイクのハンドルを切り、さらに糸で自分自身を引っかけて無理やり方向を転換する。頭上から落ちてくる車を避ける為に。
明美を奪取したいなら危険な攻撃はしてこないと踏んでいた。なにせ警察に喧嘩を売ってまで執着した明美をここで殺すとは思えなかったからだ。だからこそ明美共々潰れてしまいかねないこの行動に表情を歪ませた。
「もらったぞ」
ギリギリのところで車を避けた流星だがその陰から門鞍が姿を現す。
その手にあった鋭い爪が高速で振るわれる。そして追撃とばかりにバイクの横っ腹を蹴られて流星のバイクは転倒し建物へと吹き飛んでいった。
門倉は道の真ん中に明美を片手に抱えながら降り立つ。その目線は転げていった流星に向いている。
「この俺に楯突くのが間違いなんだよカスが」
実に楽しそうに悪態をつく門鞍。その右腕には明美が抱えられていた。ひと振り目の爪で明美と流星の間に縛られていた糸を切り裂き、蹴ったと同時に彼女を掴んで捉えていたのだ。
「明美、お前もよく見とけよ。歯向かう者の末路ってやつを……って気絶してやがるのか。つまらねえなおい」
一連の流れで命の危機を何度も感じた明美の精神は踏ん張ることが出来ずにその意識を手放していた。恐怖という面もあるが戦闘の経験もない彼女の体が、バイクで走りながらの高速機動に耐えられるはずがない。
「さて息の根を止めておくか。並みの覚醒者ならこれぐらいじゃ死なないだろう。それに今晩の宴に水を差さされでもしたらしらけちまうしな」
「お待ちなさい」
流星へと向かうべく足を一歩進ませたところに後ろから待ったの声がかかる。
「ヒーローナンバー3989レッドラワン。私が来たからには悪事もここまでです。大人しく投降しなさい」
「チッここでヒーローかよめんどくせえ」
レッドラワンの登場に再び苛立ちの表情を浮かべる門鞍。
絶妙なタイミングで登場したレッドラワンをよく見ると堂々と立ってはいるが肩が動いてしまうほど大きく深呼吸をしていた。
実は後ほど合流という形を取っていたのだが、気の早い彼女は自身の能力を駆使して別ルートでバイクと変わらない速度で進行してきていた。だが預かっていたユーピーから流星達が襲われているという知らせを受け、その現場に駆けつけたのだ。
「言っとくけど俺は誘拐されたこの女を取り戻しただけなんだぞ」
「……あなたこの場所、この状況でその言い分が通ると思っていますの?」
レッドラワンにそう言われた門鞍は周りを首を振って見回す。大破した車、壊れた道路、事故そのものの現場。そして小脇に女性を抱えた巨大な狐男。
言い分としては正しいのだが、その有様は怪しくないと思わせる要素がなにひとつ無かった。むしろ今から女性を誘拐しようとしている悪漢そのものだ。
そうだと分かった門鞍は右手で頭を掻き、顔をよりいっそう険しくして舌打ちする。
「おとなしくするなら手荒には扱いませんよ」
「お断りだ。連行される謂れも付いて行く義務もねえ。それにヒーローごときが俺に命令してんじゃねえよボケ」
威嚇ともとれる言葉と態度を見せる狐を確認したレッドラワンは両手を上げ構えを取る。いつも通り手のひらを軽く開いて相手に向ける形。
なれたその様子からするにもしかしたらなにかの武術の構えなのかもしれない。
「ではヒーロー案件としてこの場で拘束させて頂きます」
喋り終わった瞬間にレッドラワンが素早く踏み込む。その動作は鋭く、初動に至ってはいつ行動し始めたのか分からないほどだ。
まずは抱えられている明美を手放せる事が第一だ。そうすれば気兼ねなく戦える。逆にそうしなければ本格的な攻撃は出来ないし、人質に取られでもしたら手詰まりに近い。
その為にまず自分の二倍近くある巨体の足を狙う。機動力を奪えば逃走の可能性を減らせる上に、焦ってくれれば明美を置いて反撃に出てくるかもしれない。
「ハアッ!」
俊敏な身のこなしから掌底打ちが繰り出され、そして空を切る。
「それで疾いつもりか?」
レッドラワンの目には捉えられない動きで門鞍は横に動き、その右足を振り抜いた。
巨体の質量とその速さ、そして筋力が合わさった攻撃を受けてゴムボールが蹴られたように勢い良く飛ばされる。
空中を飛ぶ彼女はコンクリートの壁に激突しようとしたその時、流星がその体を使って受け止めて激突を和らげた。だが速度が早すぎたのか完全にはその速度を抑えられずに壁に音を立ててぶつかってしまう。
「生きてたか。だがヒーローをわざわざ助ける? 裏の人間とは思えねえな……かといって表にしてはやり過ぎだ」
レッドラワンを庇った流星の行動に疑問を浮かべていると猛スピードでカーブを曲がる車の音が響いてきた。
「気になるしトドメも刺せてないが今日はここまでだ。今日は大事な用事があるんでね。それともまだ諦めずに追ってくるか? 俺と部下全員を相手にして勝つ気があるなら歓迎してやるぜ。ハッハッハ」
そこまで言って門鞍は楽しそうに笑って走り出していった。それと同時に流星はその場に膝をついた。
「さすがに戦闘スーツ来てたら重いな……」
止めきれなかった勢いで背中を打っていた流星は軽い呼吸困難に陥り苦しげにしながらも軽口をたたく。
「感謝します。しかしヒーローを一般人が助けるのは非常識だと思います」
守る側が守られていたでは笑い話にもならない。
「常識的な人とは名乗り難いな。体は動かせるか?」
倒れた体を左手だけをついて半分起こしたレッドラワンに話しかける。
「おかげさまでと無事と言いたいところですがあの狐の蹴りを受けた右手が動きませんし、スーツの機能が一部停止しています」
右手はなにか異常が発生しているのか小刻みに震えていた。そして右腕と右肩のあたりまでの機械部分が壊れてショートし軽く火花が散っている。抑えきれなかった衝撃で兜部分の一部が欠けてレッドラワンの右目が見えていた。
「あれほど覚醒してるバリアントの攻撃を受けてそれなら儲けものってとこさ。あいつら平然と鉄板を叩き折るからな」
覚醒度は覚醒者としての度合いを示す段階で零から十まである。あの門鞍はその中でも六か七まで進んでいると思われた。獣型でそこまでの覚醒度があるならそのパワーとタフさは人間どころか生物の限界を軽く超えたものになる。
レッドラワンの鍛えられた体だけでは腕どころか命が危なかっただろう。だが最新鋭の防護スーツが彼女の身を守った。
「ユーピーいるな」
『いますゾー。ここにいますゾー』
どこからともなくユーピーがコロコロと転がって現れる。
「バイクはまだ動きそうか?」
『診断結果としては問題無く動くね。ただ表面は削れ放題だけど』
さきほど転倒した際も糸をバイクと自分自身に絡めとることでその被害を最小限に抑えた。しかしそれでも地面や壁にぶつかった個所の表面は剥げたり凹んだりしてしまっていた。
「修理代で大赤字だな」
『しばらくは旨い酒は飲めないし綺麗なネーちゃんとも遊べないな』
二人が喋っているとバイクがひとりでに動いて近づいてきた。ユーピーがコントロールすれば自分で立ち上がり自走することも可能だ。
「とりあえず逃げるぞ」
「逃げる? 彼女を取り戻さなくていいのですか?」
脅されて命令を無理やり聞かされているのが分かり、しかも身の危険まで迫っているかもしれない。そんな明美をここで救い出さなければさらに警戒されて更に手が出しづらくなる。
遠目に見える曲がり角から何台かの車が猛然と出て来るのが目に入る。
「多勢に無勢でしかも負傷者までいたら手がないだろ。ここは一旦撤退する」
「いけません! ここを見逃がせば目が無くなります。私のことは気にせずに行ってください!」
負傷している右腕を抑えながら立ち上がったレッドラワンは力強く流星に進言する。
「却下する」
するりとレッドラワンに糸を巻き付け軽く拘束するとそのまま肩に担ぎあげてバイクに乗り込む。
「な、なにを」
「ほーらここで暴れるとバイクが倒れて事故になっちゃうぞー。一般人に怪我を負わせてもいいのかなぁ?」
「卑怯な!」
さっさとアクセルを回してバイクを発信させる。片手がレッドラワンで塞がっているが、ユーピーに運転を任せていた。よほど高度なテクニックを要求されない道のりなら、ハンドルを握っていなくても目的地に着くことはできる。
あまりの問答無用ぶりに抗議の声を上げ続けるレッドラワンだが、それをやんわりと宥めながら不本意な逃走を続行した。




