99、かつての戦士たちは
最終話です。
心の奥底に染み込むような歌声が、辺りに響き渡る。
同時に、紋章が無害なものに変わったのがわかった。
中の何かを消したか、無力化したか。
アルが武器をしまい、サラが胸の前で腕を組む。
サラリと薄い水色の髪が、吹いているはずのない風になびいた。
中に入った7人が揃って近くに現れる。
その足元には、聖なる気を纏った守護獣が寄り添っていた。
白い毛皮に、白い縞模様。
大きな肢体を、聖騎士に絡ませ、従順を示すように、首を垂れていた。
女神の紋章の中に入って来た異邦人たちに寄り添って出てきた獣の正体は、神獣とも呼ばれる、『時の調べの守護獣』という呼び名の聖獣だった。
この荒れ果てた国が出来上がる前から女神に寄り添い、その身を守ってきた獣。
狂った女神のそばで、自身も闇に染まりながら寄り添い続けたその獣は今、女神のいる場所から離れ、この地に立った。
異邦人と共にこの地に姿を現し、穏やかなその姿を、人の前に晒した。
魔物になったわけでもなく、まっさらな聖なる気を纏ったその獣は、まさに女神が穢れた魔素を吐き出すのを阻止できたという、何よりの証だった。
魔王を作り上げる元凶となった釜は、薬師であり、錬金術師であるマックが、所持していた。
とても透き通った、透明な釜を掲げたマックは、四人にそれを見せて、「これでもう安心」と笑った。
ルーチェがサラの背をポン、と叩くと、サラがルーチェの肩に頭を寄せた。
エミリがアルフォードの腰に腕を回すと、アルフォードがエミリの肩に腕を回した。
今度こそ本当に、魔王との戦いの終わりだった。
「まったく……お前はいつでも止めても止まらんもんなんだな……」
「そう言うなって。だってここには俺らの居場所はねえだろ。親父たちは隠居を取りやめちまったし、店はクラッシュが継ぐしよ」
「居場所がないなんて言うなバカ息子め」
そっと家を出て行こうとするルーチェに、店にいたはずの父親が拳骨を落とす。
魔王すら倒すことの出来たルーチェでも、その拳は痛いと感じて、肩を竦めた。
何度黙って出て行こうとしても、この父親にはいつでもバレてしまう。
「そうよ。ようやくサラちゃんも帰って来てくれたのに。サラちゃんを置いていくの? ルーチェ」
そっと家から出て来て父親の後ろに立った母親も、悲しそうな顔でルーチェを引き留めにかかった。
その言葉をルーチェは微笑でかわす。
「母さん、サラは置いていかねえよ。これからかっさらいに行くんだよ。そのためだけに、俺は」
長い長い孤独の戦いをして来たんだから。
これからは、きっと。
ルーチェは指を動かし、魔法陣を宙に描いていく。
行先は、愛しい女のもと。
小さな村に両親と共にいる彼女のもとに。
「ルーチェさん、忘れものですよ」
家から出てきたクラッシュが、今まさに消えようとするルーチェに、手に持っていた物を投げた。
それを受け止めたルーチェは、バツが悪そうな顔をして、宙に掻き消えた。
「あの人、プロポーズするのに手ぶらで行こうとするんだから」
「まったく、武骨なところだけわしに似おって……」
「ふふふ、次に顔を見せる時が楽しみだわ」
ルーチェの消えた空間を見ながら、見送った三人は半分呆れた声で笑い声を上げた。
目の前の景色が変わり、街の風景から、長閑な閑散とした村に変わる。
村の中でもひときわ大きな建物の前に足を運び、ドアをノックしようとすると同時に、中からドアが開いた。
ルーチェは目元を緩めて、手に持った物を、ドアから顔を出した人物に無造作に差し出した。
リボンのついた、結晶の花が、顔を出したサラの前で太陽の光を反射する。
「あら、ルーがこういうことするなんて意外」
「クラッシュにいきなり渡されたんだよ」
ちょっと照れたようにぶっきらぼうにそう言うと、サラはくすくすと笑った。
「そこはほら。『可愛いサラにはこういう花が似合うと思って』とか言いようがあるじゃない」
「柄じゃねえんだよ」
「まあ、そうよね。でも、そういうところも好きよ、ルー」
サラは口もとを綻ばせて花を受け取り、そのままルーチェの身体に抱き着いた。
抱き着いてきたサラの背には、しっかりと荷物が背負われており。
「お父さーん、お母さーん。私、ルーと新婚旅行に行ってくるわね」
「まだ新婚でも何でもねえだろ……もう少し待てっての。ってことでおじさん、おばさん、サラかっさらってくからよ」
ルーチェも中に声を掛けて、サラの腰に腕を回した。
目の前のサラサラの髪にキスを落とし、嬉しそうに上を向いたサラの弧を描いた唇にも、一つキスを落とした。
中からサラの両親が顔を出す頃には、二人は微笑みながら、どことも知れない地に跳んでいた。
誰もいない玄関先に現れたサラの両親も、これからはいつでも逢えるんだから、と苦笑を口もとに湛えながら、脳裏に焼き付いた幸せそうに笑う娘の顔を思い浮かべていた。
回した腕に感じるその身体が、自分の身体に回る細い腕の感触が。
ジワリと心に灯を点す。
願ったモノ全てが、この腕の中にある幸福を、ルーチェは噛み締め、目を瞑る。
頬を撫でる白い指に唇を寄せれば、それは仄かに塩辛かった。
ほんとにルーチェは泣き虫なんだから。
そう言って笑う彼女がこの手の中にいる幸せに、賢者と呼ばれた男は、我慢することをやめて、声を上げた。
魔王は二度とこの地に現れることはない。
その一報は、国を駆け巡ることもなく、静かに、ただ未来を示す光の道を確固たるものとしたのみだった。
その偉業を知る者は、静かに祝杯を挙げ、その口もとを綻ばせ。
その偉業を見守った者は、その腕の温もりで迎えた。
その偉業を支えた者たちは、秘蔵の杯を呷り、その者たちを称え合った。
ただ静かに、日が昇り、沈んでいく。
それがいかに尊いことかを、噛み締めながら。
「それにしても、魔大陸がこんなに人であふれるとは思わなかったぜ」
「いいじゃないの。そうでもないと、私達商売あがったりよ」
「……っつうか何で俺、流しの商人なんてやってるんだろうな」
「私が、商人の奥さんになりたいってわがままを言ったから、でしょ」
かつて魔大陸と呼ばれ、人が足を踏み入れることの出来なかった穢れた大陸は、今や異邦人たちが闊歩する大陸へと変貌していた。
強大な闇を作り出していた魔王は消えてなくなり、異邦人が気まぐれで浄化をして歩いてからというもの、魔大陸は異邦人たちにとっては遊び場と同じような扱いとなっていた。
かつて強大な魔と対峙した偉大なる魔導士と賢者は、大きな地図を片手に、アイテムを売りさばいて西から東へ、北から南へ奔走する。
……商人として。
魔大陸に遊びに来る異邦人たちは、流しの商人である彼らをとても重宝し、二人からは想像もつかない『掲示板』という場所で、居場所やアイテムラインナップの情報を共有した。
その名も『魔大陸移動商人掲示板』。
その特徴は、目深にかぶったそろいのフードと、二人の手首に輝く、おそろいのブレスレット。
お互いを見つめて微笑むその姿は、とても仲睦まじい夫婦に見えるという。
「あ、アイテム屋いた! すいません。珍しいの売ってませんか」
「お、いいタイミングだな。今日は超レアなモン持ってるぜ」
遠くから手を振る異邦人にそう答えたルーチェは、持ち上がる唇をそのままに、隣にいるサラの唇に軽くくちづけてから、その手を繋いで、異邦人に向きなおるのだった。
END
途中とても更新頻度が落ちてしまい完結まで何年もかかってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
VRMMORPGの中のNPCと呼ばれた男の基軸、楽しんでもらえたら嬉しいです。
ここまで長々とお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




