41話 悔恨を越えて、未来へ
◆戦いの果てに◆
静寂が訪れた。
アランはゆっくりと目を開ける。
視界に広がるのは――かつての荒廃が嘘のように、穏やかに息づく新しい世界。 風が頬を撫でた。 優しく、柔らかく、どこか懐かしい風だった。
「……終わったんだ」
アランの呟きに応えるように、再生した大地が光を返し、空が澄んだ青を取り戻していく。
足がもつれそうになりながら、リリアナは必死に走っていた。 胸が痛い。息が苦しい。視界が涙で滲んで、地面が揺れて見える。
「ミリアちゃん……ミリアちゃん……っ!」
叫んでも、声が震えてうまく出ない。 それでも叫ばずにはいられなかった。 だって、あの小さな背中が――もう、消えてしまいそうだったから。
アランの腕の中で、ミリアの身体は砂のように崩れ始めていた。 その光景を見た瞬間、リリアナの心臓がぎゅっと掴まれたように痛む。
「リリアナ、ミリアを見てみなさい。こいつは人間じゃない」
村長の声が耳に刺さる。 けれど、リリアナは振り返りもせず、涙で濡れた顔を上げて叫んだ。
「そんなの関係ない!!」
声が裏返り、喉が裂けそうだった。
「ミリアは……ミリアは私の妹だもん……! おねーちゃんは、妹といつも一緒で……面倒みて……危ないことしたら叱って…… だから……だから……!」
言葉が続かない。 胸の奥から込み上げてくるものが、もう抑えられなかった。
「だから……お家に帰ったら……うんと叱らなくちゃ……勝手に森に行っちゃダメって……言わなきゃ……なのに……!」
ミリアの身体を抱きしめた瞬間、腕の中でさらさらと崩れる感触がした。 その現実が、リリアナの心を容赦なく引き裂く。
「いやだ……いやだよ……ミリアちゃん……! 置いていかないで……っ! 私の妹なんだよ……! 一緒に帰るんだよ……! ねぇ……返事してよ……!」
声にならない叫びが、喉の奥で何度も何度も震えた。
涙が止まらない。 呼吸が乱れて、胸が苦しくて、世界がぐちゃぐちゃに歪む。
崩れていくミリアの身体を必死に抱きしめながら、リリアナは地面に崩れ落ちた。
「うわぁああああああああん!!!」
「ミリアは……山神と関係があったんだと思う」
アランは、崩れた大地を見つめながらぽつりと呟いた。
「僕の魔力を求めていたのも……人面岩で吸われた魔力が関係しているのかもしれない」
その声には、確信よりも“もしも”への痛みが滲んでいた。
「だからと言って、坊ちゃまの魔力をはいそうですかと簡単に差し上げるわけにはいきません」
ラピスは静かに、しかし揺るぎなく言葉を返す。 アランは拳を握りしめ、唇を噛む。
「……それに」
アランは、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「山神の中にあった“あの感情”……あれは、アントニオのものだった気がするんだ。
怒りも、執着も……全部、あいつの心の残滓だったのかもしれない」
言葉を選ぶように、慎重に続ける。
「もし本当にそうだったなら……ちゃんと向き合って話をすれば、違った結末に辿り着けたのかな」
風が吹き、焦げた草の匂いが微かに漂う。 アランの問いは、誰に向けたものでもなかった。
ただ、胸の奥に残った後悔が形を持って溢れ出しただけだった。
「坊ちゃま」
ラピスは一歩前にでて、アランの側に立つ。
「……あの山神は、坊ちゃまを執拗に狙っていました。仮に話し合いを試みたとしても、あの性格が変わることはなかったでしょう」
淡々とした口調なのに、どこか優しい。 アランの罪悪感を、そっと受け止めるような声音だった。
「結果として、ラホ村が危険に晒された事実は変わらなかったはずです。 坊ちゃまが悪いのではありません。 あれは……最初から、避けられぬ衝突だったのです」
アランは目を閉じ、深く息を吐いた。 胸の奥の痛みは消えない。
それでも、ラピスの言葉が、ほんの少しだけ心を支えてくれる。
遠くで、リリアナの泣き声がまだ響いていた。 その声が、アランの胸に重く沈む。
「……そうだとしても」
アランは小さく呟く。
「僕は……もっと、できたはずなんだ」
その悔恨は、風に溶けて消えていった。
◆ラホ村の再出発◆
「お姉さま、フレイムベアを3体狩ってきました。これで村人たちの食料問題も解決ですね」
「甘いですね、ヴェルノ。食料だけあってもお金が無ければアラン様の食後のデザートを買えないではありませんか」
ラピスは淡々と双剣についた血を拭い落とす。足元には、つい先ほど仕留めたニードルアーマーの死骸が山のように積まれていた。
「アランさま~~ぁ、お布団を温めておきました。今夜こそ一緒に、あ・さ・ま・で――きゃっ(ハート)」
「おい貴様、時世の句は決まったか!」
ヴェレノとドルチェッタ、そしてラピスがいつものようにじゃれ合っている。 彼らはすっかりラホ村の一員となっていた。
最初はフローネを攫うために来たはずだったが――
ヴェレノはラピスとの圧倒的な力量差を見て心を折られ、ドルチェッタは……まあ、性癖に刺さったというか、ツボに入ったというか……結果的に村に居ついた。
そして、教会のギルは未だにフローネを諦めていない。
定期的に護衛騎士を連れて村の近くまで来ては、フローネにちょっかいをかけようとしている。
そのフローネだが、彼女が授けるギフトが“珍しすぎる”と噂になっていた。 教会で授かるギフトは戦闘系か、腕力・脚力などの基本能力が上がるものばかり。
だがフローネは――柔毛崇拝の本能や滅菌断界など、誰も見たことのないギフトを次々と授けていた。
「領主さま、魔物の素材はこのダニエルに任せてください。どこよりも高く売りさばいてみせます」
「ダニエルさん、期待してますよ」
「アラン、狩りに行こうぜ!」
「新しい盾が欲しくて金が……」
「みんな無茶をしないでくれよ、回復役は俺だけなんだから」
「リックはアランの足を引っ張らないようにね」
盾の守護者のみんなは、僕を元気づけるために、よく狩りに誘ってくれる。
「アラン様、次の剣術大会には出られるんですよね」
「うん。バレリーニ家の名誉の為にも、優勝しないとね」
「坊ちゃま……」
ラピスがこれからも僕を支えるとでも言うよに横に静かに立つ。
「まずは、このラホ村を一番の村にするのが目標だね」
「坊ちゃまなら、たやすいかと」
―アラン編 終わり―
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
バレリーニ家の屋敷から、ジャミールがふっと姿を消した。
辞表も置き手紙もなく、ただ静かに、痕跡を残さずに。
屋敷の者たちは口々に「執事殿は急な用事で外へ」と言うが、その“用事”が何なのかを知る者はひとりもいなかった。
ただ、彼が消えた日を境に、町には妙な噂が流れ始める。
夜更け、黒い外套の男が孤児院の裏口に立っていた
森へ向かう荷馬車を、誰かが遠くから見張っていた
山道の祠に、見慣れない足跡が残っていた
どれも断片的で、誰もその男の顔を見たわけではない。 だが、噂を耳にした者は決まって同じことをつぶやく。
「……あれ、バレリーニ家の執事に似ていた気がするんだよな」
確証はない。 だが、屋敷から消えたはずの男の影だけが、どこかで静かに、確実に動いている。
まるで、誰にも悟られぬように、何かの“段取り”を整えているかのように。
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