40話 山神の最後
◆カウントダウン◆
《 …アップデート、…否定。権限を委譲………》
《 ……委譲…… 》
《 ……………… 》
《 ……アラン…… 》
その瞬間、ミリムの胸元から、淡い光の粒子がふわりと浮き上がる。
光は糸となり、糸は流れとなり、ミリムの体から僕へと滑り込んでくる。 冷たさと温かさが同時に存在する、不思議な感触。僕の魔力の流路をなぞりながら、ゆっくりと、しかし確実に広がっていく。
僕の魔力とミリムの魔力が重なり、境界が溶け、二つの魔力が互いの形を写し取りながら、一つの流れへと再構築されていく。
――《マスターギフト ……7%》
視界がゆっくりと沈み込み、周囲の動きがスローモーションに変わる。 山神の手のひらが視界いっぱいに迫る。僕は薬指と小指の間へ体を滑り込ませた。巨大な指が目の前を通過するたび、風圧で体が吹き飛びそうになる。
――《マスターギフト ……26%》
山神が地面を叩く。大地が割れ、隆起し、岩が弾け飛ぶ。 波のようにうねる地面を、遅くなった世界の中でタイミングを合わせて跳び越える。
遅い世界で動くことほど難しいものはない。
――《マスターギフト ……39%》
叩きつけられた手のひらが止まった瞬間、僕はそこへ魔力を流し込む。
「ギフト魔力視!」
黄金の海が山神の魔力を満たした瞬間、山神の腕の内部で、何かが反転するような気配が走った。
最初に起きたのは、魔力の流れの逆転だった。 本来なら外へ放出されるはずの山神の魔力が、アランの光に触れた部分から内側へと吸い込まれるように沈んでいく。
――《マスターギフト ……52%》
山神の腕の表面が、わずかに波打つ。 皮膚の下で、光が脈打つように走り、暗い魔力の筋を切り裂いていく。
ボコッ。
腕の内部で、光がひとつ弾けた。 その衝撃は外へ破裂するのではなく、内側の魔力構造を“押し広げて”形を崩していく。
ボコボコッ……!
山神の腕の中を、黄金の光が走り回る。 まるで巨大な洞窟の中で光が暴れ、支柱となる魔力の柱を次々と砕いていくような感覚が伝わってくる。
腕の表面には、細かなひびのような光の筋が浮かび上がり、そのひとつひとつが、内部の魔力が崩れていくたびに明滅する。
――《マスターギフト ……64%》
「ガアアァァァ!!!!!」
山神が吠える。
その声は痛みではなく、魔力の制御を奪われた存在の混乱そのものだった。
黄金の光がさらに強く脈打つ。 山神の腕の内部で、暗い魔力が押し流され、魔力そのものが“ぽっかり"と抜け落ちていく。
――《マスターギフト ……76%》
そして―― ボゴォンッ!
ついに、腕の一部が支えを失い、魔力の形を保てなくなった部分から崩れ落ちるように破断した。 それは肉体の破壊ではなく、魔力で構築された巨躯が、内側から書き換えられ、崩壊していく現象だった。
「ァアアアアアアラララランンンンーー」
山神の腕が、足が、岩肌のような体が――砂利が崩れ落ちるように、ぽろぽろと剥がれ落ちていく。
だが崩れた断面の奥では、どす黒い魔力が脈打つ心臓のように膨張と収縮を繰り返し、異様な光を放っていた。
――《マスターギフト ……86%》
山神の体内を満たす魔力は、もはや“魔力”と呼べる代物ではなかった。 黒い泥のように濁り、泡立ち、渦を巻き、岩盤の肉体を内側から削り取るように暴れ狂っている。
その濁流の中心で――アントニオの意識が、ゆっくりと、しかし確実に浮かび上がってきた。
いや、浮上ではない。 憎悪という名の圧力に押し上げられ、噴き出してくる。
「坊ちゃま……山神の魔力がまた活性化しています。いえ……これは、暴走です」
ラピスの声は震えていた。 言い直したのは、そこに“アランへの憎悪”が混じっているのを感じ取ったからだ。
山神の腕や足が、まるで内側に異物を詰め込まれたかのようにボコボコと隆起し、歪んだ脈動を刻む。
皮膚のような岩盤の下で、どす黒い魔力が暴れ、形を保つことすら拒んでいる。
しかし――。
アランが魔力視でその内部を覗いた瞬間、息を呑んだ。 山神の内側では、行き場を失った魔力が渦を巻き、破裂寸前の風船のように膨れ上がっている。 ほんのわずかな刺激で、すべてが爆ぜる。 それほど危険な状態なのに、山神の体は――
“何か”が必死に抑え込んでいるかのように、ぎりぎりの均衡を保っていた。
黒い魔力の奔流が、外へ飛び出そうと暴れ狂うたび、
山神の体表に刻まれた古い紋様のようなものが、ひび割れた光を放っては魔力を押し戻す。
暴走と抑制。 破裂と維持。 その二つが拮抗し、ついに限界を超え山神の巨体が爆散した。
――《マスターギフト ……100%》
◆マスターギフト 完了◆
一瞬、すべてが真っ黒になった。 光を飲み込み、風が逆巻き、世界そのものが沈んでいく。
爆散した山神の魔力――いや、アントニオの憎悪は、触れたものすべてを黒く染め、さらに周囲へと広がっていく。 負の連鎖が世界を呑み込むかに見えた、その時。
「マスターギフト【魔力視】!」
アランの、いやアランとミリアの魔力と混ざり合い、ひとつの光となって立ち上がる。
ギフトが起動し、黒い世界に“視界”が生まれた。
真っ黒に染まった世界の中心に、ひと筋の光が灯る。 それはゆっくりと、しかし確実に周囲を照らし、鏡のように反射しながら、黒を押し返していく。
光は波紋となり、黒を溶かし、世界を塗り替えていく。
――その瞬間、山神の膨大な魔力が“変質”し始めた。
黒い奔流は、まるで熱湯に触れた氷のようにジュッと音を立てて縮み、光に触れた部分から、淡い金色へと染まり直っていく。
濁流のように泡立っていた魔力は、光を浴びるたびに泡が弾け、黒い泥が剥がれ落ち、下から本来の澄んだ魔力が姿を現す。
ドロリとした黒が、光に触れた途端――シャララ……と砂金のように砕け散り、空へ舞い上がる。
暴れ狂っていた魔力の渦は、光の波紋に撫でられるたびに速度を落とし、やがて、巨大な湖が静まるように、ゆっくりと凪いでいく。
黒い奔流は後退し、代わりに金色の光が満ちていく。 光は山神の魔力そのものを“塗り替え”、黒を押し流しながら、世界を再び形づくっていく。
まるで――闇に沈んだ大地を、朝日が一気に照らし返すように。
――世界そのものが、光によって“作り直されていく”。光が通り過ぎた場所には、もう黒い影は残っていない。 ただ、柔らかな風と、再生した世界の息吹だけがあった。
やがて光は中心へと収束し、 最後の一滴が世界に溶け込むように消えていった。
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