39話 山神 本体 VS 分体
◆分体の反逆◆
「アラァァァ……アーンーー」
山神の喉奥から、岩が擦れ合うような声が漏れた。 咆哮というより、呼んでいる。
巨体が軋み、山神はゆっくりと首を巡らせる。 森も空気も押しつぶすような重圧の中、山神は“何か”を探すように周囲を見回した。
そして――アランと目が合った。
その瞬間、山神の瞳の色が、濁った岩灰色から、ぎらりとした深紅へと変わる。 まるで「見つけた」と言わんばかりに。
山神の腕が振り上がる。 家ほどもある手のひらが、影となってアランの頭上を覆った。
「くっ……!」
アランは反射的に横へ飛び退く。 直後、手のひらが地面を叩きつけ――
バァァ――ン!!
大地が裂け、岩が砕け、破片が四方へ弾け飛ぶ。 アランの頬をかすめた石片が、鋭い痛みを残した。 山神は、逃げたアランを追うように、再び首を傾ける。 その視線は、ただひたすらにアランだけを追っていた。
そのとき――
ミリアが山神へ向かって歩いていた。 最初は普通に歩く速度で… だが、山神に近づくにつれ、歩幅が大きくなり、早歩きに変わり――ついには走り出した。
「ミリア!!」
ミリアが山神の腕へ飛び乗った。 岩肌のように硬い腕は、走るたびにゴゴゴと低く震え、まるで山の斜面を駆け上がっているようだった。
山神が腕を振るたび、風圧が刃のように横から叩きつける。 それでもミリアは小さな影となって、巨体を駆け上がり――山神の顔面へ肉薄した。
その瞬間、ミリアは大きく跳ね上がる。 空中で身体をひねり、右拳を引き絞る。
(――殴った!)
拳が山神の顔へ叩き込まれる――そう思った“その刹那”。
パァーーアーン。
山神の巨大な手のひらが、まるで“鬱陶しいハエを払うように”軽く横へ払った。
「――っ!」
ミリアの身体が、空中でぐにゃりと歪む。 それは“巨大な質量の壁”になすすべもなく……
次の瞬間―― ドオンッ!!
ミリアは遠くへ弾き飛ばされ、地面へ叩きつけられた。 土煙が爆ぜ、地面が沈むほどの衝撃が走る。 小さな身体が跳ね返り、土の上を転がる。 山神の腕を駆け上がったあの軽やかさは、今は跡形もない。
山神は、ただ無造作に手を払っただけ。 それだけで、ミリアは空へ放り出され、地面へ落ちた。
圧倒的な巨大さと、力の差がそこにあった。
ミリアの体は左腕が不自然な角度で折れ曲がり途中で亡くなっていた。頭部も半分ほど欠けているのに、血は一滴も流れていない。しかしその顔は――まるで何事もなかったかのように、いつも通りの無表情だった。
その姿が、アランの心を深くえぐった。
(……え?)
理解が追いつかなかった。 目の前の光景を脳が拒絶している。 でも、目はその姿を見ている。
――ミリアは、人ではない。
その事実が、アランの胸に深く沈み込み、静かに、しかし確実に、彼の心を締め上げていった。
「ミリア、君、その姿は…」
「ア……ラ…ン まりょ……」
バアアアアーーン!!
山神の手が振り下ろされた瞬間、世界の色が一度だけ白く弾けた。 風が荒れ狂い、土埃が舞い上がる。 誰もが目をそらした――ただ一人、アランだけを除いて。
アランの視界は、山神の掌の下にある“ミリアのいた場所”から動かなかった。
胸の奥で、何かが“ちぎれる音”がした。
「うっ……うわぁああああああああああああああ!!!!!!」
喉が裂けるほどの叫びが勝手に飛び出した。 叫んでいるのに、声が自分のものに聞こえない。 耳鳴りがして、世界の音が遠ざかっていく。
(いやだ……いやだいやだいやだ……)
頭の中で、同じ言葉が壊れた玩具みたいに繰り返される。 思考がまとまらない。 理解したくない。 理解した瞬間、自分が壊れると本能が叫んでいる。
(なんで……なんで……なんで……!)
胸が痛い。 痛いのに、心臓が動いている実感がない。 体温が全部どこかへ流れ出していく。
視界の中心にあるのは――自分が守ると決めた、小さな背中があったはずの場所。
その“空白”が、アランの心を容赦なく抉り続ける。
罪悪感が、喉の奥に黒い泥のように溢れ出す。 呼吸ができない。 胸が潰れる。 視界が揺れる。
世界が、音も色も温度も、全部――アランひとりを置き去りにして崩れていく。
◆無慈悲◆
山神が、ゆっくりと、しかし確実にアランへと手を伸ばした。 その動きは重く、地面そのものが悲鳴を上げるように震える。 空気が押しつぶされ、肺が勝手に縮む。
視界いっぱいに山神の手のひらが広がり、世界全てが山神一色になった。
アランは反射的に魔力視を発動させた。 視界が一瞬だけ青白く輝き、山神の内部に渦巻く魔力が露わになる。
(……操る……!)
必死に意識を伸ばす。 山神の魔力に触れようとした瞬間――アランの精神が、海に投げ出された小舟のように揺さぶられた。
(な……に、これ……!)
山神の魔力は果てしなく広がる“世界”だった。 ひとつの生命体の中にあるはずの魔力ではない。 山脈そのものが動いているような、底の見えない深さ。
アランが操ろうと伸ばした意識は、小さな桶で海の水を掬おうとするようなものだった。
触れた瞬間、圧倒的な質量に押し返される。 魔力の奔流が逆流し、アランの意識を飲み込もうとする。
(だめだ……! 全然……届かない……!)
額から汗が噴き出す。 膝が震える。 視界が揺れる。
それでもアランは必死に抗った。 山神の手が、もう目の前に迫っている。
(止まれ……止まれ……止まれぇっ!!)
叫びにも似た意識の圧力をぶつける。 だが山神の魔力は、アランの抵抗など存在しないかのように、ただ静かに、深く、重く流れ続けていた。
まるで――“人間の意志など、そもそも干渉できる領域ではない”と告げるように。
山神の影がアランを覆い尽くす。 地面が震え、空気が裂ける。
(……届かない……! 僕じゃ……山神には……!)
その時、視界の端に光る文字が走った。
いや、光る文字と一緒に同じ言葉がミリアの口から聞こえた
《リバース マスターコア ……リロード マスターギフト》
《 …… ………… ………………コンプリート》
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