33話 狙われるラホ村
◆激昂するアントニオ◆
バレリーニ家ではアントニオが苛ついていた。
彼の計画は、山神騒動の混乱の中で自らが人々を救い、アントニオが町の英雄と持て囃されるための舞台作りであった。
しかし現実は、町は平和そのもの。 騒動といえば、ジャミールが集めた人間が行方不明になっているという噂だけだ。
ジャミールはやりすぎた。ついいつもの癖で“院長を篭絡して自分の手駒として動かそうと思い、何でも言う事を聞くように篭絡したつもりだった。しかし院長はジャミールに頼られたことが嬉しく、つい「孤児が失踪した」と周囲に触れ回ってしまった。結果、噂は町中に一気に広まってしまった。
その孤児たちは森でアランに助けられており、“餌”として用意するはずだった人数が決定的に不足していた。 そのため、バレリーニ家の”山神覚醒計画”は予定通りには進まなかった。
もちろんアントニオはそんな事情を知らない。 彼はただ、舞台が整わないことに苛立ち続けていた。
「どうなっているんだ。いつまで待っても山神が覚醒しないではないか?」
アントニオの怒声が飛ぶ中、部屋の扉がそっと開いた。 ひとりの使用人が、アントニオの方をちらっと見ると、ジャミールの耳元でそっと何かを告げた。
「アントニオ様、少々失礼を」とだけ告げ、使用人を部屋の隅へと連れていった。
使用人は声を潜め、囁いた。
「ジャミール様! 報告が……ラホ村で、行方が分からなくなっていた孤児たちが目撃されたとのことです!」
「……ご苦労。ここから先は私が伝えよう。お前は下がれ」
ジャミールの目が細くなる。 使用人は深く頭を下げ、音もなく部屋を出ていく。
ジャミールはゆっくりとアントニオへ向き直った。
「アントニオ様。どうやら――計画がうまく進まなかった原因が、見つかったようでございます」
「原因だと?」
「はい。行方不明になっていた孤児たち……あれは“餌”として必要な人数でした。しかし、どうやら森で誰かに助けられていたようでして」
アントニオの眉が跳ね上がる。
「誰だ。誰が余計なことをした?」
ジャミールは、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「……アラン様でございます」
その名が出た瞬間、アントニオの表情が一変した。 怒りが、憎悪が、瞬時に燃え上がる。
「アラン……! あの出来損ないが……また俺の邪魔を……!」
拳を握りしめ、歯を食いしばる。
「どこまでも……どこまでも俺の前に立ちはだかるつもりか、あいつは!」
アントニオの怒号が部屋に響き渡る。 アントニオは荒い息を吐き、壁を殴りつける。
アントニオの怒りは、もはや抑えようのない炎となっていた。 机を叩き割らんばかりの勢いで拳を振り下ろし、荒い呼吸を繰り返す。
「アランめ……! 俺の計画を、また台無しにしやがって……!」
部屋の隅で控えていたジャミールは、アントニオの怒気を横目に見ながら、静かに、しかし確実に火に油を注ぐような声で囁いた。
「……アントニオ様。餌が足りないのが問題でございます。 山神が覚醒しないのも、すべて“数”が不足しているからに他なりません」
「そんなことは分かっている! だが、孤児どもはもう使えん。アランに奪われた!」
アントニオは苛立ちのまま部屋を歩き回る。
その目は焦りと怒りで濁り、理性の光はほとんど残っていなかった。
ジャミールは、あえて一拍置いてから言葉を落とす。
「……でしたら、補えばよいのです。 ラホ村には、まだ“人”がたくさんおります」
アントニオの動きが止まった。
「……ラホ村の、住人を……?」
「はい。アラン様の領地でございます。 彼が治めている場所から奪えば……アラン様は必ず動揺する。 そして、山神の覚醒に必要な人数も揃う。 一石二鳥でございます」
アントニオの口元が、ゆっくりと歪む。 怒りに濁った瞳に、醜悪な満足の色が浮かんだ。
「……そうか。あいつの村を使えばいい。 アランめ、バレリーナ家の役に立つのだ、ありがたく使ってやろうじゃないか」
拳を握りしめ、アントニオは低く笑う。
「アランめ……どこまでも俺の邪魔をするなら……今度は俺が、お前の大事なものを踏みにじってやる……!」
その声には、もはや貴族の矜持も、理性もなかった。 ただ、敗北と嫉妬に狂った男の、底の見えない悪意だけがあった。
ジャミールは深く頭を下げながら、その背後で薄く笑みを浮かべた。
◆守るべき日常と、迫りくる悪意◆
アランは目の前の光景を理解するまで、しばらく呆然としていた。
小さな子供が、ニードルアーマーの巨体を真正面から力でねじ伏せたのだ。常識ではありえない。
「はっ! 坊ちゃま、危険です。お下がりください!」
ラピスが我に返り、双剣を構えてアランの前に立つ。
「その必要はないよ。ほら、見て」
アランが指さした先では、ミリアにしがみつき、泣きじゃくるリリアナの姿があった。
「うわぁ〜〜ん!! ミリアぁ……怖かったよぉ!!」
ミリアは無表情のまま、リリアナの背をぽんぽんと叩いている。
その様子を見て、ラピスもようやく剣を下ろした。
「どうだろう、この子をしばらく村に置いてもらえないかな?」
アランが村長に提案すると、即座に拒絶の声が返ってきた。
「そんな危険な存在、村に置けるわけがない!」
村長の言葉に、涙を拭いたリリアナがギロリと睨む。
「な、なんだ文句があるのか! 儂は当たり前の――」
「ミリア、これを遠くに投げちゃって!」
ミリアは無表情のまま村長の襟首をつまみ上げた。
その動作は、まるで“落ちていた洗濯物を拾う”くらいの軽さだった。
「ちょ、ちょっと待て! 話せばわか――」
ぶんっ。 ぽいーーーーーっ。
村長の身体は、綺麗な放物線を描きながら空へ飛んでいった。
騒動が落ち着き、村長もしぶしぶミリアの事を認めた。
アランはマリンを呼び、孤児たちの今後について相談を始めた。
「マリン、ラホ村に孤児院を建てようと思うんだ」
「こ、孤児院を? アラン様、物置とは訳が違うんだよ。 寝る場所、食堂、台所、洗い場……それを何人分も必要なんだよ?」
「大丈夫。ここにはプロ顔負けの建築家がいるから」
そう言ってアランは、近くでこちらの様子をそわそわと伺っていた三人を手招きした。
「ほら、来て。紹介するよ」
三人は慌てて駆け寄り、整列する。
「右からエビ―バ、バネーラ、セメリオ。 元々は家具づくりや細工が得意だったんだけど、ギフトを鍛えた結果――」
アランは誇らしげに続ける。
「エビ―バは家具、バネーラは水回り、セメリオは建物をミニチュアじゃなく、そのものを作れるようになったんだ。 三人で思い描いた建物を“そのまま形にする”ことができる」
マリンが目を丸くする。
「そ、そんなことが……!」
「ただし、三人の魔力量はまだ多くない。 だから三人の合体技で大きな建物を作れるのは、月に一つが限界なんだけどね」
アランがそう補足すると、三人は胸を張って声を揃えた。
「「「任せて! かっこいいの作るね!」」」
だがアランの胸には、別の不安があった。
(……父上たちは孤児たちを“素材”として集めていた。あの干からびた遺体と同じ運命にするつもりだったのだろう。孤児が消えたと知れば、必ず追跡してくる)
アランは拳を握りしめる。
(遅かれ早かれ、このラホ村に手を伸ばしてくる……)
アランは静かに覚悟を固めた。
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